第491話 対金毛の角ウサギ(後編)

 大きくなったオレンジの輪の中央で、金毛の角ウサギが駆け回っている。


「これで逃げられなくは出来たけど、狙いを付けるのは難しくなったわね」


「問題ありません。『時間操作』タイプAを使います」


「『時間操作』を? 成程。確かタイプAは周りの時間を遅くするのだったわね。それなら狙いも定め易くなるわ」


「はい。でもタイプAは自分の時間速度を早めるタイプBよりも魔力の消耗が激しいうえに、ここからハーンシネア山脈までとなると、遅くさせるのも限度があります。射撃一発分減ると考えてください」


「次で仕留めろと。分かったわ」


 バヨネッタさんが了承してくれたところで、俺は『時間操作』タイプAを展開した。俺とバヨネッタさんの周りの動きが遅くなり、ウインドウに映る金毛の角ウサギの動きも緩慢なものとなった。


 ピョンピョンと細かく飛び跳ねている金毛の角ウサギだが、明らかに遅い。止まっているとは言えない程度だが、これなら狙いも付けやすいだろう。


「今!」


 そしてバヨネッタさんが、一瞬動きを止めた金毛の角ウサギを狙って、側車のトリガーを引いた。熱光線は相変わらず一瞬にしてハーンシネア山脈へと到達したのだが、金毛の角ウサギはそれを見事に大きくジャンプして避けてみせたのだ。こいつ、一瞬止まったのはブラフか! やってくれるじゃないか! だったらこっちだってやってやるよ!


「バヨネッタさん!」


 俺は第四の坩堝、喉の坩堝を無理矢理開き、バヨネッタさんの方に目を向けた。それに対してバヨネッタさんの動きは早かった。こちらへ目を向ける事なく、ウインドウを見続けており、大ジャンプで方向転換出来なくなっている金毛の角ウサギ目掛け、照準を合わせてトリガーを引いたのだ。


 俺がウインドウを目線を戻した時には、熱光線は一直線に空中の金毛の角ウサギの頭蓋を貫いていた。


「良し!」


「いやったあ!」


 と思わずバヨネッタさんと抱き合って喜んだところで、俺の記憶はプッツリ途絶えた。



 次に目を覚ました時には、俺はサングリッター・スローンの自室にいた。サングリッター・スローンは上部、中部、下部と分かれているのだが、操縦室やバヨネッタさんの自室がある下部には、乗組員ように別部屋も設けられている。その一室だ。どうやら無理をしたせいで気を失った俺は、この自室に運び込まれたようである。


「あの後、どうなったんだ?」


『バヨネッタが側車からツヴァイリッターを操縦して、サングリッター・スローンの中へハルアキを戻し、魔法で浮かせてこの自室まで運んだのだ』


 とアニンが説明してくれた。そうだったのか。迷惑かけちゃったな。


『迷惑と言う程でもないだろう。当初の目的であった金毛の角ウサギは討てたのだ。あの魔女も無理をしたハルアキを責めやしないさ』


 それはそうかも知れないけど。まあ、何であれ、まずは皆と合流かな。俺は『空間庫』からペットボトルの水を取り出して喉を潤すと、操縦室へ向かおうと自室から出る。と、ダイザーロくんが待機していた。


「そんな従者みたいな事しなくて良いんだよ。俺たちは仲間だから」


「まあ、そうなんですけど。ハルアキ様が起きたら、操縦室へ来させるようにバヨネッタ様から言われまして」


 バヨネッタさんにも困ったものだな。それにしても、俺を呼ぶ必要?



「すみません、ご迷惑をお掛けしました」


 操縦室に行くと、皆が集まって何やら話していた。それを玉座から不機嫌そうにバヨネッタさんが見ていた。膝に乗せているミニピンサイズのミデンがいなければ、今にも爆発しそうだ。


「やあ、ハルアキくん。無理したみたいだけど、もう大丈夫なのかい?」


 最初に声を掛けてくれたのはミカリー卿だ。優しい。


「ええ。もう大丈夫です。まあ、あんな無茶はしたくないですけど。それで皆さん神妙な顔をしていますけど、どうかされたんですか?」


 おれが質問すると、全員から嘆息が返ってきた。どうやら深刻な問題らしい。


「もしかして、あの金毛の角ウサギでは、アルティニン廟の竜の口は閉じなかったんですか?」


「いや、閉じた」


 と武田さんがはっきり答えてくれた。それなら、皆して何をそんなに深刻に悩んでいるのだろう。


「これは私たちが、そこら辺の事をはっきりさせておかなかったから招いた事態だと言えるよねえ」


「そうですかい? 急がなきゃならなかったんだから、そんな事言ってられなかったでしょう。そんな暇なかった」


 ミカリー卿の言葉にデムレイさんが反論している。


「結局、何なんです?」


 バヨネッタさんはずっとムスッとしているので、武田さんに尋ねると、嘆息しながら答えてくれた。


「ビチューレの各王家が、俺たちが仕留めた金毛の角ウサギの所有権を主張している。金毛の角ウサギを所有するのは自国こそ相応しいってな」


 成程。それは面倒臭い話だ。まあ、前の金毛の角ウサギをバラバラにした事で、もしくは経年劣化で効果が薄まったとなると、新たな金毛の角ウサギが欲しくなるのは当然だよなあ。


「今は誰が? どこが? 金毛の角ウサギを持っているんですか?」


「ん」


 と武田さんは視線をバヨネッタさんに向ける。ああ、不機嫌な理由が分かったよ。面倒事を嫌うからなあバヨネッタさんは。それに巻き込まれたとなると尚更。


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