第249話 転生勇者
「ぶふうっ!!」
「笑うなッ!!」
そう言われてもな。怒って椅子の上で暴れている武田の姿が、また笑いを誘い、ニヤニヤが止まらない。
「成程、セクシーマン(笑)ですか」
「(笑)を付けるんじゃねえ!」
「草生やした方が良かったですか?」
「馬鹿にしやがって……! 向こうじゃ良い名前なんだぞ!」
確かに。セク・シーマンだと、聖峰とかそんなところかな? でも日本人からしたら、笑いの止まらない名前だ。
『ハルアキくん。笑っているところ申し訳ないが、これは笑い事じゃない。大問題だよ』
と取調室のスピーカーから、オルさんが話し掛けてきた。
『大問題、ですか?』
俺は自分のにやけ顔をつねって、気を引き締め直す。
『ハルアキくんには、『空識』に付いて少し話をしたよね?』
オルさんがこの取調室の調整をしていた時の話だ。一生で一人とさえ出会わないユニークスキルの存在は、向こうの世界の人間でも知らない人が多い。ユニークスキルは知っていても、具体的にはどんなユニークスキルがあるか知らない人が大抵だ。
だが、この『空識』と言うユニークスキルについて言えば、バヨネッタさんだけでなく、オルさんにアネカネ、ミウラさんまで知っていた。言わば超有名スキルだったと言える。だからこそ、オルさんは短い期間で『空識』対応の取調室を用意出来たのだ。
『空識』は西の大陸ではとても有名なスキルである。何故なら、それは勇者が所持していたスキルだからだ。パジャンの勇者ではなく、モーハルドの勇者が。
パジャンでは勇者は異世界から召喚するものだが、モーハルドは違う。生まれてすぐに神の祝福を授かった際に、それがユニークスキル持ちで、英雄運の持ち主だった者が勇者となる。モーハルドにはそんな伝統があるのだとか。残念な事に、魔王が存在する現在、モーハルドに勇者は存在しないようだが。
「まさか……」
『ああ。五十年前、魔王と戦ったモーハルドの勇者の名前が、セクシーマンだよ」
驚愕するとともに武田の顔を見遣ると、武田は顔を真っ赤にして俯いていた。
「嘘でしょ? え? 本当にそのセクシーマンなんですか?」
俺の問い掛けに、武田は更に顔を赤くしながら頷いた。
「いや、マジで何やっているの?」
「正義の執行を」
「馬鹿か!? 芸能人の尻を追い掛け回す事の何が正義の執行だよ!?」
「あれは向こうがいけないのだ! 俺の心をもて遊びやがって!」
「はあ!?」
何言っているんだこいつ!?
「ライブにも行った! 写真会や握手会にも行った! 彼氏なんていない。ファンが私の彼氏よ。と彼女は公言していたんだ!」
と吐露した武田は泣き出してしまった。勘弁してくれよ。三十過ぎたおっさんの泣き顔なんて、誰が見たいんだよ。
なんでも、武田がゴシップに舵を切ったのは、好きだったアイドルグループの推しが、週刊誌にスクープされたのが発端なんだそうだ。俳優との密会デート。しかも相手は妻子持ち。スクープ写真の撮られたアイドルは、直後のライブで身の潔白をファンに説明し、舞台上で涙も流していたらしい。武田はそれを信じたそうだ。その頃の武田と言うか、武田はこの人生で、『空識』のスキルをそれまで全く使わずに生きてきたらしい。便利だが、それだけ危ういと理解していたようだ。
そうしてファンの声援とともに何事もなくライブは終わり、会場を後にしようとした時、武田は会場周りにたむろする取材陣に気付いてしまった。そして武田はこう考えた。ここで推しのアイドルを助けたら、一躍ヒーローなんじゃないかと。『空識』を使えば、隠れているパパラッチの場所なんて一目瞭然だ。それを推しのアイドルに教えてあげれば、感謝される事間違いなし。そして上手い事いったら、推しのアイドルとラブラブカップルになれるのではないかと。
武田はそんな下心を持ちながら、『空識』を発動させた。結果に武田の心は砕けた。推しのアイドルが会場の楽屋で話している話を聞いてしまったからだ。不倫は事実だった。グループのメンバーに相手の俳優は奥さんと別れて私と結婚すると宣言していた。武田は泣いた。こんな馬鹿な女を好きになったのかと一週間泣き崩れたそうだ。
「初恋だったんだ」
知らねえよ。だがそれ以来だ。武田がこの世界で自身の『空識』を使う事に、ためらいがなくなったのは。もちろん最初のターゲットはそのアイドルだった。きっちり芸能人生を終わらせたそうだ。
その後Future World Newsは、他サイトが手に入れられないような特ダネを次々とサイトにアップしていき、ゴシップサイトの雄と呼ばれる程に成長してきていた。
そんな武田に、思わぬ一報が入り込む。桂木翔真が異世界に行ったと、テレビで吹聴し始めたのだ。しかも交流している相手は、母国であるモーハルドだ。武田はもしかしたら国に帰れるかも知れない。と夢想した。自分が死んでから五十年経っているが、親や友人たちの墓参りでもしたいものだ。と淡い期待を持ちながら、桂木の動向を見守っていた。
しかし日本政府と異世界とのやり取りは、思わぬ方向へ進んだ。何故かいきなりオルドランドと国交を樹立させたのだ。
何故モーハルドではなくオルドランドなのか? オルドランドは大国であり、武田が生きていた五十年前は、周辺諸国と戦争をしているような危険な国だった。そんな国と国交を結ぼうだなんて、どうかしている。穏和な人たちが住むモーハルドと国交を結んだ方が何倍も日本にとって有益なはずだ。
これは何かある。そう考えた武田は、自身で色々調べつつ、ネットの海を漁った。そうすれば出てくる出てくる陰謀論の数々が。昔、周辺諸国に戦争を吹っ掛けた過去のある日本だ。周りの国々からしたら、そう疑いたくなるのも当然だろう。そんな陰謀論にハマるとか、ピュアかよ! お前マスコミの仕事向いてないんじゃないのか?
「何だよ?」
俺がジトリと見ているのが気に入らなかったのだろう、武田が睨み返してくる。凄んだところで、まるで怖くはないのだが。さてこの男、どうしたものか。
「いえ、とても気高い正義の心をお持ちのようで」
「そうだろう」
皮肉だよ。素直だねえ、こちらの言っている事をそのまま聞き入れるとか。でも使えるかも知れない。俺は自分が悪い笑顔になっている事を自覚しながら、武田に囁きかける。
「でも、残念です」
「何がだ?」
「正義ではあっても、公平ではない」
「何だと?」
乗ってきたな。
「だってそうでしょう? 武田さんは弱者や周辺諸国の話にばかりに耳を傾けて、肝心の日本政府の言葉に耳を傾ける事をしていない」
「そんなの、どうせ何か隠しているに決まっている! それに公の場で話す事も、嘘ばかりだ!」
「断言は良くないですね。実際に話もしていないのに」
「うっ」
ふふ。もうひと押しかな?
「しかし話と言われてもな。俺みたいな半端者が政府の人間とどうコンタクトを取れと? 精々、悪事が実行される前に警報を出す為、監視を続けるくらいしか出来ないぞ?」
そんなつもりで『空識』使っていたのか。まあ、今はそれは良いや。
「そうですよねえ。やっぱり、直接話せないのは、問題ありますよねえ」
武田の発言に同意するようにうんうんと頷いた俺は、ウインクでバヨネッタさんに合図して、武田の拘束を解いて貰った。
「じゃあ武田さん。行きましょうか」
「は? 行く? 行くってどこに?」
言って俺は武田の手を引き、取調室を、特殊留置所を後にした。
やって来たのは鍋屋である。今夜は貸し切りであり、周辺にはSPや警官たちが配備されている。その入口を武田と潜ると、中では既に各卓で鍋がグツグツと煮えていた。
「ハルアキ、遅いではないか。こちらは先に始めているぞ」
そう言って俺に声を掛けてくれたのは、パジャンのラシンシャ天である。
「すみません。ゲストをここに連れてくるのに戸惑っちゃいまして」
俺は当然のようにラシンシャ天がいる卓へと向かい、席に座る。
「ゲストと言うのは、そちらの男性ですか?」
ラシンシャ天と同じ卓を囲んでいた細面の男性が、取り皿を置いてこちらに声を掛けてきた。
「高橋首相!?」
その男性を見た武田が素っ頓狂な声を上げる。
「武田さん、会いたかったでしょ?」
俺の言葉に、しかし武田は口を鯉のようにパクパクさせるばかりだった。
「ハルアキよ、何事かあったのか?」
そう言って俺に声を掛けてきたのは、他の卓で鍋を囲んでいたジョンポチ帝であった。他の卓からも視線が集中していた。
「いえ、何でもありません。大丈夫です」
俺がそう言うと、各卓で食事が再開される。各卓には、オルドランドから来たジョンポチ帝に、エルルランドのマリジール公、更にはモーハルドから来たと言う教皇まで、日本に関わりのある異世界の国のトップが、各卓で鍋を囲んでいた。
それだけじゃない。見ればアメリカの大統領に、ロシアの大統領、中国の国家主席にイギリスの首相、フランスの大統領と、国連の常任理事国のトップまでお目見えだ。まあ、それはお隣りの国でサミットがあったからなんだけど、ここにいるとは、機を見るに敏。流石である。
「何、これ?」
「さあ? 世界⇔異世界サミットってところですかね」
俺の説明に、しかし武田は呆然として、鍋屋の信じられない風景から目を離せないのだった。
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