第250話 筒井筒?

「それで? その男は何者なんだ?」


 ラシンシャ天が、味噌仕立ての寄せ鍋から取り分けられたタラを、箸で持ち上げながら尋ねてきた。う〜ん、どう話せば良いのやら。


「新聞って伝わります?」


「お前、ちょいちょい余を馬鹿にするよな?」


 そんなつもりはないのですが。と俺は首を左右に振るう。


「で? その男は新聞屋なのか?」


「はい。今回の事をすっぱ抜かれました」


「ふっはっはっはっはっ!! 間抜けだな! それで? 強請ゆすられでもしたのか?」


「いえ、井戸の底から天を恨んでいたので、ならばいっそ、天からの景色を教えてあげるのも一興かと」


「ふむ。良い余興になりそうだな。おい、男。名前を何と言う?」


「ヒエッ!?」


 悲鳴を上げる事じゃないでしょうに。でもまあ、いきなり国のトップの前に立たされれば、挙動不審にもなるよな。俺もジョンポチ帝の時は土下座したし。


「この人の名前は、セク……」


「セクシーマン様!?」


 俺が武田を紹介するより前に、後ろから声を掛けられ、俺たちは振り返った。そこにいたのは、桂木など数名を引き連れた、金糸の編み込まれた豪奢な白いローブをまとう老婆である。眉尻の垂れたとても人の良さそうな女性で、優しさが身体全体からにじみ出ていた。


「ストーノ教皇様?」


 その女性が話し掛けてきた事が意外で、俺は首を傾げて尋ね返していた。彼女はストーノ教皇。モーハルドの元首である。彼女とは、武田が留置所で気絶している間に、あいさつだけ済ませてある。


「あ、ああ、ごめんなさいね。昔の知り合いにとても良く似ていたもので、思わず話し掛けてしまったわ」


 片手を頬に当てながら、ストーノ教皇は自分でも何をしゃべっているのか分からない。とでも言いたげにキョトンとして、しかしその目は武田を見詰めていた。


「ストーノ? ストーノ……なのか?」


 武田は思わず口を出た言葉に、ハッとなって直ぐ様口を塞いだ。しかしもう遅い。


「セクシーマン様……? 本物のセクシーマン様なのですか?」


 詰め寄るストーノ教皇から目を逸らすように、武田は横を向いて押し黙る。その武田の両腕を掴むストーノ教皇。


「セクシーマン様なのですよね?」


 そう言ってストーノ教皇は武田の身体を揺する。見てられないな。


「ああ、とりあえず、落ち着いてください。説明しますから。それと、もっと笑いをこらえてください。国際問題になりますよ?」


 俺の言に店内の地球勢全員がハッとなり、慌てて真顔を取り繕う。そうして店内が落ち着いたところで、俺は武田にしがみついているストーノ教皇の手を、ゆっくりと外して、近くの席に座らせると、その対面に武田を座らせた。


「では、教皇様、改めまして。こちらの男性は武田傑さん。教皇様がおっしゃられた通り、こちらの世界に転生したセクシーマンその人です」


 俺の言葉に、驚きで武田は目をカッと見開き、ストーノ教皇は両手を口に当てる。


「まあ……………………やっぱり、セクシーマン様だったのですね」


 武田に会えた事が余程嬉しいのだろう、ストーノ教皇はその目を涙でにじませていた。対する武田は、とてもバツが悪そうだ。しかし、


「…………こう言っては何ですけど、良く、武田さんがセクシーマンだってわかりましたね?」


「そのお姿、忘れようはずもありません。この方は、私の……いいえ、あの世界の勇者様なのですから」


 そうなんだ。武田って凄かったんだな。


「って言うか武田さん、転生前もそんな姿だったんですか?」


「そんなってどんなだ?」


 武田に半眼で睨まれた。


「おいおい、本当にあのセクシーマンなのか?」


 横の卓からラシンシャ天が、こちらに顔を覗かせている。


「ラシンシャ天もご存知なのですか?」


「当然だろう。五十年前の魔王との戦いを終わらせた勇者だぞ。あの時は我が国の勇者が後塵を拝する事になり、腹が裂ける程悔しい思いをした。とお祖父様もおっしゃられていた」


 魔王との戦いを終わらせた、ねえ。ジョンポチ帝も別の卓からチラチラこちらを見ているし、それは過去にあった事実なのかも知れない。しかしなあ。俺の視線が気に食わなかったのだろう。武田は更に目を細めてこちらを睨んできていた。


「あんた、この世界で何やってんだよ」


「俺だって、こっちの世界にレベルがないとは思わなかったんだよ」


 やっぱり馬鹿だと思うこの人。いや、固定観念があったら、俺でも同じ間違いをするだろうか?


「セクシーマン様は、今は新聞に携われておられるのですか?」


 余程武田と話したかったのだろう。ストーノ教皇は胸の前で手を組みながら、まるで少女のように目をキラキラさせて、武田に話し掛けてきた。


「あ、ああ。あるニュースサイトを立ち上げてな。そこで市井からの視線に立って、正義の報道を行っているよ」


 良くそんな口からでまかせが出てくるものだ。


「まあ、素晴らしいです。こちらでも世の為人の為に日夜頑張っておられるのですね」


 ストーノ教皇がうっとりしている。なんだろう。俺の方が罪悪感を覚えるのだが?


「あ、ああ、まあな。そちらとこちらでは、戦い方が違う為、色々と困難はあるが、俺にかかれば砂山を崩すも同然よ。しかしそちらは教皇か。立派になったものだ」


 武田の言葉に、しかしストーノ教皇は首を左右に振るう。


「いえ、私なんて、ただ長く生きただけですよ。他の仲間たちは先に逝き、勇者パーティで私だけが生き延びたから、たまたま教皇の座に座らされただけです」


 ストーノ教皇は勇者パーティの一人だったのか。と言う事は前世の武田と旅をしていたって事か。それは思い入れも人一倍だろうなあ。


「そうなのか? あの頃から他の仲間たちと話していたんだがなあ。ストーノが教皇となれば、きっとモーハルドはもっと豊かになるだろうと」


 しかしそれにもストーノ教皇は首を左右に振るう。


「駄目でした。今やモーハルドはデーイッシュ派一色になろうかと言う情勢で、今回私がここに来たのも、先に派遣されたデーイッシュ派の使者の尻拭いですから。これが本当に教皇の仕事なのやら」


「そんな!? 今はデーイッシュ派が優勢なのか!?」


 驚き返す武田に、ストーノ教皇は静かに頷いた。デーイッシュ派は強硬派と呼ばれている派閥だ。確かオルドランドに派遣されて、ムチーノ侯爵と悪巧みしていたノールッド大司教もデーイッシュ派だったっけ? それでストーノ教皇は穏健派であるコニン派の出身なんだよねえ。それは国内が中々面倒臭い事になっていそうだ。


 シーンと会話が途切れたところで、俺はパンと手を打って空気を変える。


「まあ、でも、こうしてこっちの世界とも交流を持つようになった今、モーハルドの情勢がどう変わるかは水物ですからねえ。デーイッシュ派の人たちだって、国内にばかり目を向けてもいられないでしょう」


 うう、ちょっともどかしい励まし方になってしまった。でも教皇様お付きの人が後ろで目を光らせているんだよねえ。あの人絶対デーイッシュ派だよなあ。


「そうですね。すみません。久し振りにセクシーマン様と会えたと言うのに、このような話題を口にしてしまって」


「良い。辛い事があるなら、全部ぶちまけてしまえば良い」


「いや、ここ公衆の面前ですから。しかも各国のお偉いさんがそこかしこにいますから」


 ストーノ教皇を前に格好付ける武田に、俺は釘を刺す。


「そう……だったな。だがまあ、ストーノが困っているのなら、俺は出来る限り手を貸すからな」


 拳を握って口にした武田の台詞に、ストーノ教皇は嬉しそうに破顔した。


「この人の笑顔は、裏切っちゃいけない笑顔だと思いますよ」


「分かっているさ」


 そう言って武田は、ちらりと教皇様お付きの人に視線を向けてみせた。なんだ、多少は分かっているんじゃないか。まあ、この人こじらせているけど、根は真っ直ぐなんだよなあ。あとは言い寄ってくる有象無象に巧く対処出来れば良いけど、それは難しいかな? こっちで監視を付けるべきか。そうすれば有益な方向に行動を操作出来るかもなあ。

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