第248話 sexy

「はあ!? な、何を根拠にそんな言葉が出てくるんだ!?」


 武田は明らかに動揺している。この人本当にあおり耐性低いなあ。


「違うと?」


「ああ、そうだ。俺は生粋の日本人だ」


「言いましたよね? 嘘を見破るスキル持ちがいると」


「…………」


 黙れば良いと? 黙秘権の行使のつもりだろうか?


「別に隠す必要はないと思いますけど?」


 と俺は武田の顔を覗き込むが、俺とは目を合わせたくないのか、武田は横を向いてしまう。


「でもそうなると、困りましたねえ」


「…………?」


 俺がわざとらしく頭を掻くと、俺の言葉が気になったのだろう。武田がチラチラとこちらを覗ってくる。


「いえねえ。武田さんが転生者じゃない。となると、この留置所から出す訳にはいかなくなったなあと。下手したら、一生留置所暮らしですね」


「何でそうなる!?」


 自分の処遇に驚いた武田が、唾を飛ばしながら尋ねてきた。その武田に向かって俺は指を四本立てる。


「現状、俺や日本政府が把握している、日本人がスキルを獲得する方法は四つあります。一つは俺たちと同じ事故に遭った人間。俺や桂木翔真なんかがそれですね」


 俺の説明に武田は頷く。


「次に、俺や桂木、日本政府関係者などの伝手で向こうの世界に行って、向こうでスキルを授かる場合」


 頷く武田。


「三つ目は、スキル『奪取』とそれに関連する魔法によるスキルの譲渡」


「スキル屋か」


 普通はそう考えるよねえ。『奪取』の使い手とは、祖父江兄の事なのだが、どうやらそこまでは調べられていなかったようだ。武田はこれを聞いて顔を青くした。例えユニークスキルであろうと、『奪取』で奪われてしまえばそれまでだからな。


 青白くなり俯いて床を凝視したまま動かなくなった武田に、俺は更に追い打ちとばかりに次の話をする。


「そして最後、これが問題なんですけど、アンゲルスタに行って、そこでスキルを授かる。と言うものがあります」


「…………はあ。成程、お前と同じ事故に遭っていない俺の場合、そして政府関係者に何も伝手がない俺の場合、①〜③の可能性はなく、④のアンゲルスタの可能性だけが残る訳か」


 首肯する俺。話が早くて助かる。


「日本とアンゲルスタは、国交断絶、入国禁止みたいな、表立って事を構えていませんけど、結構裏ではバチバチやっていましてね。この留置所にも、複数人のアンゲルスタ人が捕まっています。なのでアンゲルスタ関係者、しかもユニークスキル持ちを、この留置所から出す訳にはいかないんですよ」


 俺の言葉に、武田は床を見詰めながら深く長く息を吐いた。


「…………条件。出られる条件はなんだ?」


「『奪取』であなたの『空識』を奪った後なら、解放しなくもないですけど」


「それは駄目だ!!」


 強く拒否する武田だったが、その目は弱々しく揺れていた。


「アイデンティティなんだ。これをなくしたら、俺は、本当にただの一般人に成り下がってしまう」


 成り下がってしまう、ねえ。弱者の味方だ何だと言っていたくせに、自分も一般人を見下しているんじゃないか。この男はその事にも気付いていなさそうだけど。


「でしょうねえ。だからこちらとしては、第五の可能性に賭けた訳です」


「第五の可能性?」


「もし武田さんが向こうの世界からの転生者なら、一つの可能性として、スキルを引き継いで生まれてくる。と言うのはなくはないのではないか、と。まあ、ウチの商会にも転生者が結構いますけど、記憶は引き継いでいても、スキルを引き継いでいる人はいないんですけどね。もしかしたら、向こうの世界からこちらに転生する時に、スキルを引き継ぐには、特殊な条件が必要なのかも知れませんねえ」


 そう言って武田の顔を覗き込むが、武田はまたそっぽを向いてしまう。


「ふむ。あくまで白を切ると?」


「俺のスキルは生まれつきだ。この世に生まれ落ちた時から持っていた」


 面倒臭い人だなあ。


「バーカ。もうバレてんだよ。さっさとゲロしろよ。このハゲデブ二重奏が」


「誰がハゲデブ二重奏だ!! 俺はハゲてねえ!!」


 俺の言葉に激昂した武田が、自身の拘束された椅子を揺らしながら反論してきた。が、それを見る俺の口角が上がっていた事に気付いた武田は、ハッとしてその動きを止めた。


「おやおや、自分は転生者じゃない。なんて言っていたくせに、俺のオルドランド語は理解出来たんですね?」


「図ったな?」


「はっはっはっ。そちらにあおり耐性がなかっただけでしょう。はっはっはっ」


 笑う俺に、顔を真っ赤にする武田。


「…………くっ、始めっから分かっていたような口振りだったな? 普通に、生まれつきスキルを持っていたとは考えなかったのか?」


「あなたのスキルが『空識』でないなら、そう考えられました」


「『空識』だから転生者だと断定出来たと?」


「はい」


 と俺は首肯する。


「アンゲルスタ関係は疑わなかったのか?」


「今でも疑っていない訳ではないですが、それと『空識』は別口だと思っています」


 武田はまた深く長く息を吐き、それから俺を真正面に見据えた。


「理由を聞こう」


「単純な話ですよ。『空識』はユニークスキルです。要はこの世に一つしかない訳です。その存在を、アンゲルスタが知っているとは思えません。あるかも知れない可能性にはたどり着いているでしょうけど、確証を持ってユニークスキルを誰かに授ける事は出来ていないのでしょう。出来て上位スキルのはずです。それが出来ていれば日本はもっと苦しめられているでしょうから。出来ていない現状、アンゲルスタ経由で手に入れたスキルじゃないと言えます」


「はあ、そうだな。が、それは俺がアンゲルスタ経由でスキルを手に入れていない証明にしかならないはずだが?」


 その事に俺は首肯する。


「第二の理由は武田さん、あなたがスキルを使える事を隠しているからです」


 俺の言に、武田は首を傾げた。


「スキルが使えるのを隠すのは当然だろう?」


「いいえ、当然ではありません。武田さん、俺たちは今回の事で、あなたの周りにいる人間、幼い頃からの友人知人、更にはご親族にご両親にまで話を聞きましたが、誰一人として、あなたがスキルを使えると言う話をしませんでした。これは異常です」


「何故だ?」


「俺は向こうの世界にも行っているので知っていますが、幼子にスキルの制御は難しいそうです。なので授かったスキルで、粗相をする子供も少なくない。あなただって、転生前の世界で子供だった時には、色々やらかしていたんじゃないですか?」


 俺の言葉に武田は遠い昔の記憶を喚び起こしたようで、目をカッと見開いていた。


「ですから少なくとも、ご両親くらいはスキルの存在に気付いていなければ、おかしいんですよ。それなのにご両親さえスキルの存在に気付いていなかったとなると、それはつまりあなたが転生者であり、向こうの記憶を持ってこの地球に転生してすぐに、この地球と向こうの世界との違いを感じ取って、あなたが故意にスキルが使える事を隠していた証左なんです」


「…………はあ。そこまで調べられて、検証されて、答えを出されたんじゃ、白を切っていた俺が、馬鹿みたいじゃないか」


 安心してください。実際馬鹿にしか見えていませんでしたよ。


「それではもう一度聞きます。あなたのお名前は?」


「…………セクシーマン」


 そう言って武田は、顔を今まで以上に真っ赤にするのだった。いやいやいや、まさか名前が恥ずかしいから白を切っていたの!?

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