第614話 来訪者たち
武田さんの『空識』による警戒網に、何かが引っ掛かった。顔岩の方を睨む武田さんに呼応するように、俺たちも戦闘態勢に入る。武田さんに次いで『有頂天』で索敵範囲を広げた俺だったが、直ぐ様武田さんと揃って顔を見合わせ、脱力する。こちらへ高速で飛翔してくる存在が、何者なのか分かったからだ。俺と武田さんが警戒態勢を解いた事で、他の面々も武器を下ろす。
誰が来たか。などと話すまでもなく、高速飛翔体は、点となって視認出来るようになり、それが段々と大きくなってくるに従い、それが誰なのか皆にも分かってきた。
「おお! もうアルティニン廟を攻略してきたのか!」
アルティニン廟の出口で、飛翔してきた人を出迎える。すると彼は愛竜であるゼストルスから降りて、俺たちに気安く声を掛けてきた。どうやら攻撃を受けながらこちらへやって来たらしく、彼もゼストルスも、身体の半分程がまだらに黒く汚れていた。
「リットーさん。地下界の空を飛んでこちらへやって来たって事は、シンヤたち勇者一行も、ペッグ回廊を攻略したんですね」
出迎えに対して破顔して頷き返してくるリットーさん。そんなリットーさんとゼストルスを、ミカリー卿が魔法で綺麗にしていく中、
「ああ! 昨日な! ペッグ回廊を攻略して、地下界の入口まで到達したのは良かったのだが、さてここからどうやって地下界の大地まで降りようか! と皆して頭を悩ませていたんだ! ゼストルスに乗せていくのも案として出たが、どうやら空には飛び交う魔物がいるようでな! 万が一があってはいけない! そこでバヨネッタが飛空艇を所有していたのを思い出してな! その力を借りようと私がここへ駆け付けた訳だ!」
理由は理解出来たが、リットーさん一人がここに来てどうすると言うのか。地下界へ到達するのに、バヨネッタさんの力を借りるなら、別に今でなくても良くないか? シンヤたちは地上、と言うか日本に戻り、俺たちがサングリッター・スローンで地下界に到達してから、俺の転移門で日本からここへやって来れば良いのだ。
「飛竜に乗って一日でここまで来たのかい? 凄いねえ」
ミカリー卿が変なところで感心している。確かに、ペッグ回廊は東大陸にあり、アルティニン廟は西大陸でも更に西の方だ。それを一日で飛んでくるとは、流石は天騎士リットーさんではあるが、ここに来た理由としては弱い。
「シンヤたちから、何か言伝を預かっていませんか?」
「いや、何も!」
はっきり断言されてしまった。
「その代わり、これをラズゥから預かってきた!」
そう言ってリットーさんが『空間庫』から出したのは、一枚の呪符である。見覚えのある、ラズゥさんが使う呪符だ。リットーさんはそれを当たり前のように地面に設置した。
すると一枚の呪符が一瞬にして数百枚へとその数を増やし、扉の形を成したかと思ったら、その扉が開き、そこからシンヤを筆頭に、勇者一行がぞろぞろと姿を現す。
「よう。お早い再会だな」
「ああ。そっちも踏破していたんだな。こっちの方が早く到着して、驚かそうと思っていたのに」
シンヤの言に半眼になる。そんな事の為に、リットーさんに危険な地下界の空を飛ばせたのか?
「どう言った考えで、こっちに来たんだ?」
「転移出来る場所は、多い方が良いと思ってね」
「今後の事を考えての布石か」
俺の言にシンヤが頷く。確かに、地下界での魔石採掘場への直通の転移門なり転移扉が破壊された場合、もう一度ペッグ回廊かアルティニン廟を攻略しなければならなくなる。それを考えると、両ダンジョンの出口に、転移扉を設置しておくのは妙案だ。が、
「ラズゥさんの転移扉は、簡易転移扉だろう? 常時ここに設置出来ないじゃないか?」
俺の当然の疑問に、シンヤはラズゥさんへ目を向ける。釣られてそちらを見れば、何とも得意気な顔をしたラズゥさんが、両手を腰に当ててこちらを見ていた。
「私たちだって、あなたたちがカヌスに監禁されていた間、遊んでいた訳じゃないのよ。ちゃんとレベル五十を越えて、超越者になったんだから」
などと鼻高々なラズゥさんだが、そうか。ペッグ回廊地下九十九階で会った時は、まだレベル五十を超えていなかったのか。
「それで、超越者になった事で、世界の端から端まで転移出来る転移扉が使えるようになったのは、今見させて頂いたので理解しました。それで、話から察すると、それだけでなく、この転移扉を常時設置する事も可能になった、と?」
「ええ、そうよ!」
得意気と言うよりも、褒められて嬉しいと言う感情が表に出て、胸を後ろに反らすラズゥさん。
「それは、凄いですね」
「でしょう!?」
喜色満面だな。これが出来るようになったのが、余程嬉しいらしい。
「と言う訳だから、今から固定するわね!」
喜びのまま、ラズゥさんは『空間庫』から一本の筆を取り出した。形は毛筆で、柄には呪符が丁寧に何枚と、毛先から柄の終わりまでぐるぐる巻き付けられており、それが特製の毛筆である事を示していた。
「あれで完成じゃないんだな」
俺の呟きに、ラズゥさん以外の勇者一行が、それは言っては駄目だ。と首を横に振るう。そうか。とラズゥさんを見守っていると、毛筆が一メートル程に巨大化し、筆先にはインクが滲み出す。
「手間は掛かるが、常時転移扉を展開させていられるのは、強いよ」
俺の横で事の成り行きをともに見守るシンヤは、ラズゥさんに聞こえないくらいの声で、俺に説明してくれた。まあ、それは理解出来るけどね。
さて、ラズゥさんが転移扉を塗り終わるまで、少し時間があるし、シンヤと話でもするか。
「そっちの最後のボスって何だったんだ?」
「……バハムート、だったよ」
「おお、そっちもドラゴンか。やっぱりダンジョンのラスボスと言ったら、ドラゴンだよなあ」
まあ、ペッグ回廊は地下八十階のボスがヤマタノオロチだったから、最後の地下百階のボスがドラゴンだとちょっと被るかなあ。
「いや、巨大な魚だった」
「あ、そっち系ね」
俺たち日本人からしたら、某有名JRPGの影響で、バハムート=ドラゴンと言うイメージが定着しているが、出典元では世界を支える巨大な魚、もしくはクジラとなっている。
「島と言っても差し支えない大きさで、倒すのに苦労したわ」
偃月刀を背に背負うサブさんが遠い目をしている。
「鱗は硬く、多少傷を付けたところで回復する。終わらない戦闘に、永劫戦い続ける羽目になるかと思った」
ヤスさんも段平を地面に突き立て身体を預けて、一人バハムート戦を思い出して黄昏れている。
「そもそもフロア全体が湖となっていて足場がなかったから、『五閘拳・土拳』で足場を作ったり、ゼラン仙者から賜った飛行雲を使ったりの戦いだった」
ゴウマオさんもご苦労されたようだ。
「身をよじらせるような簡単な攻撃だけでなく、空中にいても、その硬い鱗を銃弾のように飛ばしてくるし、フロア全体を覆う津波を仕掛けてくるし、一人の脱落者も出さなかったのは奇跡だったな!」
リットーさんの感想もそんな感じか。
「それ、どうやって倒したんです?」
「シンヤが、こう言う手合いは外は硬くて攻略出来ないから、中から攻めよう。と言い出してな。俺たちは覚悟を決して奴の口の中に飛び込んだんだ」
とヤスさん。ピノキオかな? まあ、巨大獣の倒し方としては定石か。
「そうしたら、バハムートの中が迷宮になっていてねえ。中には寄生虫のような魔物がわんさかいて、ラズゥなんて遭遇する度に悲鳴を上げていたわ」
サブさんが、転移扉をせっせと巨大筆で塗っているラズゥさんを見ながらにやにやしている。
「最終的に心臓部にたどり着いた僕たちは、そこで心臓の役割をしている竜と戦い、何とか勝利を収めたんだ」
「結局竜と戦ったのかよ」
グッと手を握り締めるシンヤに、思わずツッコミを入れていた。
「終わったわ!」
そんな風に話し込んでいるうちに、ラズゥさんは仕事を終えたようで、「ふう」と額の汗を拭いながら、一仕事終えた晴れ晴れとした顔になっていた。
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