第615話 潜伏期間
「終わったわ!」
転移扉の設置が終わったらしく、そちらを見遣ると、額の汗を拭うラズゥさんと、巨大毛筆で描かれた結界陣の中央に、インクで真っ黒に縁取られた転移扉が立っている。結界付きかあ、そりゃあ大事な転移扉を、魔物が棲む領域で剥き出しにしておく訳ないよなあ。
「ふ〜ん。どれどれ」
バヨネッタさんがそんな事を口にしたかと思えば、まるで当然のようにカッテナさんから黄金の短機関銃を取り上げ、結界の張られた転移扉に向かって発砲した。
ダダダダダダダダダ……ッ!!
おお、ちゃんと結界が銃弾を弾いている。それよりも、
「あっ、ぶないわねー!!」
結界の中にいたラズゥさんが、突然の事に激昂していた。まあ、それが当然の反応だよねえ。
「あら、ちゃんと結界が張られているか、チェックしてあげただけじゃない」
悪びれもせず、さも当然のようにケロリと口にするバヨネッタさん。何日かに一度、この人から常識を疑いたくなる言動が飛び出すから困る。
「そう言う態度だと、この転移扉を使わせないわよ!」
ラズゥさんの方もしかるべき対応だ。指を差すのはどうかと思うけど。バヨネッタさんに比べれば瑣末事だろう。
「そう言われても、その転移扉の先は、ペッグ回廊の最下層でしょう?」
必要ない。とでも言いたげに肩を竦ませ、バヨネッタさんは短機関銃をカッテナさんに返した。
「ふっ。分かっていないわね。呪仙となった私にとって、最早距離は問題じゃないのよ。この転移扉を設置すれば、行き先は私の任意で選べるの。だから、そこが大陸と大陸の端と端であろうと、地下界であろうと、そして地球であろうと、どこにでも自由に転移出来るのよ」
聖女なのに、呪仙なのは問題ないのか? 問題ないんだろうなあ。元々呪符を使っていたし。
「地球にもですか?」
驚くこちらの面々の言葉を代弁して尋ねる。
「ええ。実際に日本にあるパジャン天国の大使館に、これと同様の転移扉を設置してあるし、そこからパジャン天国本国の転移扉へ転移出来る事は証明済みよ」
ほ〜ん。凄いな。凄いけど……、
「それは逆に、敵である魔王軍に使用される恐れはないのかい?」
ミカリー卿の言に、ラズゥさんは首を横に振るった。
「ないわ。行き先を任意に決定出来るのは私だけだし、普段使わない時には、全ての転移扉を閉ざして、誰も転移出来ないようにしているから」
それなら……、いや、どうだろう?
「例えば、シンヤに取り憑いたギリードのように、ラズゥさんの身体が乗っ取られたら、どうなるんですか?」
「それは……」
俺の質問に口ごもり、仲間に助けを求めるように視線を向けるラズゥさんだったが、誰も何も言えないようだ。
「ハルアキ、それは少し意地悪で可哀想だ」
それを見兼ねて助け舟を出したのは、デムレイさんだった。
「その言い分だと、ハルアキが乗っ取られた場合はどうなのだ? と言う帰結になる。それに転移系スキルや魔導具が使えるのはお前とそこのお嬢さんだけじゃないだろう? セクシーマンだってそうだし、お前の会社にもそれなりにいる。バヨネッタだって転移扉持ちだ。この問題は、誰がどんな理由で敵軍に加担する事になるか分からないのだから、そんな重箱の隅を突くような事を言っては、誰も何も行動を起こせなくなってしまう」
「それは……、そうですね。すみません。地球まで届く転移扉と言うものが、目の前に現物としてあるもので、色々邪推してしまいました。転移系スキルは魔王も持っていましたし、現行の魔王軍にその使い手がいないと断言出来ませんしね」
俺が謝るや、場が静まり返ってしまった。魔王軍に転移系スキルの持ち主がいるのはほぼ確定だろう。そうなると、既に魔王ノブナガは配下をこちらへ送り込んでおり、内側からこちらを瓦解させる戦術を取ってきていてもおかしくない。それこそ、小太郎くんと百香の祖父江兄妹を筆頭に、忍者軍団を使ってきたあの時のように。
大掛かりな戦闘はまだ先だ。と思っていたが、これは既に戦いは始まっている。と認識しておいた方が良さそうだ。いや、俺の認識が現状に追い付いていないだけで、周りはもうその認識で動いているのかも知れない。
「それに関しては、私たちだけでどうにかするのではなく、各国間で問題として取り上げ、後手に回るとしても、被害を最小限にする方向で取り組んでいくしかないわね」
バヨネッタさんの言に、その場の全員が頷く。そしてちらりと俺とミカリー卿へ視線を向けるバヨネッタさん。はいはい。この問題はバヨネッタ天魔国でも、モーハルドでも重要案件として、問題提起しておきます。まあ、俺がどうこう動く前に、既に動いている可能性が高いけど。
「さて、それじゃあ、新たなる天地へ向かいましょうか」
バヨネッタさんがキーライフルを何もない空間に差し込むと、中空に魔法陣が展開し、キーライフルが回転するのに合わせて魔法陣が開き、中からサングリッター・スローンがその巨体を現す。
左側面の入口扉からリットーさん以外が乗り込み、船体下部前方の操縦室へと向かう。操縦室は全面がモニターとなっており、上下左右前後360度をクリアにそのモニターに映し出していた。
座席はと言えば、操縦室前方に恐らく身内が座る用の座席が十五席(増えた)あり、その後ろに俺用のコンソールテーブル付きの指定席。そして最後尾に艦長であるバヨネッタさん用の指定席がある。バヨネッタさん用の指定席にはコンソールテーブルはあるが椅子はなく、床に穴が空いていて、そこにキーライフルをそこへ差し込むと、床から黄金の玉座が現れる仕様だ。
その玉座に座ったバヨネッタさんは、俺を含む全員が座席に座ったのを確認すると、上を向き、サングリッター・スローンの天井部に、ゼストルスとともにあぐらをかいているリットーさんを見て、「はあ」と一度溜息を吐いてから、
「行くわよ」
と前方へ向き直り、サングリッター・スローンを空中へ浮上前進させる。
ズドーーーーーンッッ!!
そんな、今まさに新たな世界へ船出しようと言うサングリッター・スローンの左土手っ腹へ、とんでもない衝撃が襲いきたのだった。
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