第62話 砦の番犬(前編)

 土曜日。ポンコ砦の番犬攻略の為、朝早くから西の山岳ルートをバヨネッタさんと二人で進む。俺は歩きでバヨネッタさんはバヨネットに乗ってだ。


 いつ魔犬たちから襲撃を受けても戦闘可能なように、ジグザグ道の山岳ルートに入ってからずっと気を張り詰めていたが、ポンコ砦が見えてくるまで、魔犬はおろか、他の魔物や野生動物たちに出会す事もなく、山はシンと静まり返っていた。


「不気味ですね」


「そうね。ハルアキの外敵を引き付けるギフトが効果を発揮していない」


 そうなんだよね。いつもであれば、ポンコ砦にたどり着くまでに二、三回戦闘になっていてもおかしくないのに、ここまで一度も戦闘がなかった。まあ、体力魔力魔石の温存が出来て良かったけど。



「あれがポンコ砦か」


「…………」


 砦は谷を塞ぐように建造された、石造りの要害だ。


「ここにミデンとか言う魔犬がいるのか」


「…………」


 とバヨネッタさんが何も反応してくれないので、俺の呟きは独り言のようになってしまっていた。


「バヨネッタさん」


「分かっているわ」


 今度は反応してくれた。バヨネッタさんも、流石に敵の気配を感じ取っていたようだ。


 ポンコ砦への道を進むと、そこに一匹の大型犬が立っていた。黒く短い毛並みで、足先と口周りが茶色い。体型はスラリとしていて筋肉質。とても強そうだ。


「ドーベルマンだ」


 その姿は紛れもなく俺のいる世界のドーベルマンそっくりだった。警備隊の隊長さんや黒犬の寝床亭の主人は癒やしだと言っていたが、ドーベルマンに癒やしを求めるだろうか?


「かわいい……」


「は?」


 横でぼそりとバヨネッタさんがこぼした呟きに、俺は耳を疑い聞き返していた。


「良いわねあの犬、連れ帰りたいわ」


「ちょっ、戦闘はどうするんですか!?」


「ほ〜ら、ワンちゃ〜ん、いらっしゃ〜い。餌をあげますよ〜」


 俺を無視して犬にビスケットをあげようとするバヨネッタさん。その、今まで聞いた事のない、まるで子供をあやすような言葉遣いに、鳥肌が立つ。


「バヨネッタさん!?」


 俺はバヨネッタさんの行為を咎めるように、大声を発していた。それに驚いたように、魔犬は砦の方へ逃げていった。


「ちょっと、いきなり大声出さないでよ。ワンちゃん逃げていっちゃったじゃない」


 とバヨネッタさんが俺を睨む。ええ!? 俺が悪いの!?


「なんかすいません」


 納得は出来ないが、とりあえず謝っておく。それでも悪くした機嫌は良くなってくれなかったが。


「バヨネッタさん」


「分かっているわよ」


 さっきの魔犬が逃げていったポンコ砦の方から、複数の足音がこちらに向かって駆けてきているのが分かった。俺はアニンを黒剣に変化させて構える。


「ハッ、ハッ、ハッ、グワオオンッ!!」


 やって来たのは二十匹はいる、さっきと全く同じドーベルマンだ。会敵した俺たちと魔犬たちは、その瞬間から戦闘が始まった。


 俺は剣で、向かってきた一匹を縦に一刀両断する。対してバヨネッタさんは、


「頑張りなさいハルアキ」


 と上空から声援を送るばかり。


「バヨネッタさんも戦ってくださいよ!」


「嫌よ。ワンちゃんに嫌われるでしょ」


 わがままな。仕様がなく俺一人で二十匹の魔犬たちを倒していった。爪牙を躱し、避け、黒剣の刃の波動で数匹を一度に倒す。掛かってきた二十匹の魔犬は、倒されると、確かに霧状になって消えていく。アルーヴたちの情報に間違いはなかったようだ。



「終わったあ」


「ハルアキってば鬼畜ね。あんなにかわいいワンちゃんを殺すなんて」


「こっちだって命懸かってるんですから、バヨネッタさんも手伝ってくださいよ」


「ええ〜」


 そんなに嫌かよ。


「そうね。流石にかわいいからって放置はいけないわよね。でも一匹くらいは連れ帰りたいわ」


 諦めて戦闘に集中して欲しい。


 と、バヨネッタさんが『宝物庫』から何かを取り出した。


「それは?」


「従魔の首輪よ。これを首に付けさせれば、たとえ魔王の『狂乱』の影響下にあったとしても、大人しく私の指示に従うはずよ」


 そう言うのがあるんだ。


「さあ、次が来たわよ」


 とバヨネッタさんにその従魔の首輪なるものを渡される俺。え?


「どう言う事ですか?」


「あんな群れの中に突っ込んでいって、他のワンちゃんに噛まれながら首輪を付けるなんて、私は嫌よ」


 俺だって嫌だよ。


「最後の一匹になったところを捕まえて、この首輪を付ければ良いのでは?」


「じゃあ、それでいきましょう」


 ああ、それでも魔犬に首輪を付けるのは俺の役目なのね。


 と、続々と魔犬たちがやって来る。先程の二十匹の倍。四十匹はいる。それを俺は地上から、今度はバヨネッタさんも空から攻撃していくが、


 バリバリバリッ!!


 空気を切り裂く破裂音とともに、電撃が俺の身体を貫いた。身体中を走り抜ける激痛に、たたらを踏むが、なんとか倒れるのだけは免れる。


 やってくれる。そう言えば電撃を飛ばしてくる。なんて情報もあったんだっけ。


「グルルル……ッ」


 唸り声を上げてじりじりと近寄ってくる魔犬たち。電撃に痺れて動けない俺。これはやばいかも。と思ったその時だった。


 ダァンッ! ダァンッ! ダァンッ!


 バヨネッタさんによる上空からの援護射撃。ありがたい。これによって俺に迫っていた魔犬たちは倒されたが、


 バリバリバリッ!! バリバリバリッ!!


 と今度はバヨネッタさんが魔犬たちの電撃の標的となってしまった。


「くっ」


『回復』によって電撃の痺れから脱した俺は、バヨネッタさんを標的にする魔犬たちを攻撃していく。



「はあ……、はあ……、はあ……」


 バヨネッタさんとの連携によって、早々に四十匹のうち一匹を残して倒す事に成功すると、それでも威嚇してこちらに吠えまくる魔犬を、アニンを腕に変化させて抑え込む。


 どうやら電撃は一度撃つとチャージ時間が必要なようで、その間に素早く済ませる事にした。


「ふう。これでこの従魔の首輪を付ければ良いんですね?」


「ええ、そうよ」


 俺は言われた通りに、嫌がる魔犬の首に従魔の首輪を付けたが、魔犬はその瞬間に霧になって消えてしまった。


「無理でしたね」


「…………そうね」


 すっげえがっかりしているな。そして聞こえてくる新たな魔犬たちの足音。今度は更に多そうだ。


「魔犬がペットに出来ない事が分かったんですから、倒すのに専念してくださいよ?」


「分かっているわよ、そんな事」


 そう言いながらも口を尖らせ拗ねている。余程この魔犬がお気に入りだったらしい。が、この魔犬たちは害獣だ。殺さねばならない。


 そして百匹以上の魔犬たちが襲い掛かってきた。

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