第63話 砦の番犬(後編)
黒剣を横に振るうと、黒い刃の波動が迸り、俺に飛び掛かってきた魔犬たちを切断し、霧へと変えていくが、その直後に後ろに控えていた魔犬たちが襲い掛かってくる。まさに波状攻撃だ。
俺はその攻撃を横っ飛びで躱すと、更に追いすがる魔犬たちへ振り向きざまに黒剣を薙ぐ。その繰り返しだ。
爪牙を躱しては斬り、電撃を避けては斬り、躱し、突き、避け、蹴り、次から次へと襲い来る魔犬たちを、俺は必死になって対処していた。そして沸き出る違和感。
「バヨネッタさん!」
「あら? 戦闘中に話し掛けてくるなんて、余裕あるじゃない」
電撃を躱しながら、自身が乗るバヨネットで攻撃をしているバヨネッタさんが、軽口を返しくる。
「そう言うのいいんで。聞いてください。こいつらに違和感を感じているんですが」
「そんなの最初からでしょう。肉体があるくせに、倒せば幽霊のように霧になって消える魔物なんて、今まで見た事ないわ。魔石も落とさないし」
バヨネッタさんでもそうなのか。でも俺の違和感はちょっと違う。
「俺の『野生の勘』が騒ぐんですよ。こいつらを倒していても、正解にはたどり着けないって」
「ハルアキの勘が? ……それじゃあ、あなたの勘は何が正解だと囁きかけているの?」
「ポンコ砦です。あの中から一つだけ、この魔犬たちとは少し違う気配を感じます。多分そいつがこいつらのボスか何かかと……」
俺の意見にしばし黙考するバヨネッタさん。
「分かったわ。その話乗りましょう。ハルアキは先行してポンコ砦に向かって。私が援護するわ」
バヨネッタさんはそう言うと、無限に沸き続けているんじゃないかと言うぐらい、更に続々と駆け付ける魔犬たちに対応する為、『宝物庫』を開いた。
その中から出てきたのは、無数のバヨネットである。バヨネッタさんが乗っているバヨネット同様の装飾銃で、その数、十や二十じゃない。百はある。
そのバヨネットがバヨネッタさんの操作で空中で浮き留まり、銃口が魔犬たちへと向けられる。
「悪いんだけど、消えてちょうだい」
ダダダダダダダダダダダダダダダダ…………ッ!!!!
バヨネッタさんが人差し指を魔犬たちへ向けると、中空のバヨネットが一斉に火を吹いた。
それはまさに銃弾の雨であり、俺の行く手を塞いでいた魔犬たちを一掃するに十分な火力だった。
ダダダダダダダダダダダダダダダダ…………ッ!!!!
その後もやって来る魔犬たちをバヨネッタさんが一掃していく。
「何しているの? 早く砦へ向かいなさい!」
いや、「向かいなさい!」って言われても、この銃弾の雨の中を突っ切って進めって言うのか!?
無茶苦茶だ。と声に出そうになるが、バヨネッタさんのひと睨みで押し黙る。ああもう! 行けばいいんだろう!
銃弾が当たらないように『聖結界』を張りながら、俺は魔犬たちがギャンギャン鳴きながら霧に変わっていく銃弾の雨の中を、ポンコ砦へ向かって突っ切っていった。
「はあ……、はあ……、はあ……」
なんとか砦の中に転がり込むと俺は息を整える。良かった。銃弾は一発も『聖結界』に当たらなかった。バヨネッタさんが俺を避けて発砲してくれていたのだろう。
さて、と。俺は改めて砦の中を見遣る。石造りのポンコ砦の中は薄暗かった。大きな窓はなく、十センチ程の隙間が等間隔に開いているだけだ。確かこう言う小窓を
などと造りに感心している場合ではない。今、外でバヨネッタさんが派手に暴れてくれているお陰で、こちらにまで魔犬たちがやって来ていない。この隙にさっきから感じている違和感の場所まで進んでいく。
「グワオオッ!!」
砦を奥へ奥へと進んでいくと、ある一角から魔犬たちが続々と出てくる部屋があった。恐らくここがボス部屋なんだろうけど。いや、続々と出てき過ぎだろ。部屋がどれ程広いのか分からないが、明らかに出てくる魔犬の数の方が多い。
一度魔犬たちが出てくるのが落ち着いたところで部屋の中を覗く。中は上方に小窓があるだけで薄暗く、そこにいるのは一匹の魔犬だった。舌を出して荒く息を吐き、かなり弱っているように見える。
「グ、グオオ……」
何かに苦しんでいる。そんな声を発してその場をぐるぐる回っている魔犬は、
「ウオオオオオンッ!!」
痛みに堪えきれなくなったのか悲しそうに遠吠えをする。それがあまりに辛そうで、耳を塞ぎたくなってしまう。何度も何度も遠吠えを繰り返した魔犬は、やっと落ち着いたのか、唸り声を上げると首が二つに別れた。
!? どう言う事だ!? と更に観察していると、魔犬が二匹に分裂した。そしてどんどんと増えていく魔犬たち。つまりあの魔犬たちは、忍者の分身の術のように、本体である魔犬から別れた偽物って事か。そりゃあ、何匹倒したところで魔犬たちが減らない訳だ。
つまりこの一匹を殺せば、他の魔犬たちも消えてなくなるのだろう。部屋から続々と出ていく分身の魔犬たちを見送りながら、俺はそう結論付けた。
「ウオオオオオンッ!!」
しかしその考えを、魔犬の遠吠えが遮る。その苦しそうな遠吠えに助けたくなる。どうにかこの魔犬を救えないかと、思考が片寄る。
「ミデン」
俺の口からポロッと出た言葉に、あの一匹の魔犬が反応した。それは「そうだよ。ボクだよ」とでも言っているようで、自分の名を呼んだ人物を探していた。その姿は確かに愛らしく、更に見ているのが辛くなる。俺は覚悟を決めてミデンの前に姿を現した。
「ミデン」
俺の言葉に、ミデンの目がキラキラ輝いているように見えた。しかしその直後に、ミデンは唸り声を上げて俺を威嚇し始める。魔王の『狂乱』で自我に狂いが出てきているのだろう。
「ミデン」
俺が優しく声を掛ければ、「ク〜ン」と甘えるような声を発するのに、一歩近付けば吠えてくる。何だこれ辛くて俺の心の方が狂いそうだ。
「ミデン」
一歩近付けば、苦しむミデンがいる。
「ミデン」
一歩近付けば、自身と葛藤するミデンがいる。
「ミデン」
一歩近付けば、ミデンに襲い掛かられていた。
左肩を思いっきり咬まれ、激痛が走る。それでもミデンは更に食い込むように肩に咬み付く。対して俺はそのままミデンを抱き締め、『聖結界』を張った。これによって『狂乱』の影響をシャットアウトするのが狙いだ。
「ミデン。もう大丈夫だよ」
俺の声に落ち着きを取り戻したのか、ミデンは自分が咬んだせいで血が流れる俺の肩を慰めるように舐めてくれた。
さて、『聖結界』のお陰でミデンを『狂乱』から解き放つ事は出来た。が、いつまでも『聖結界』を張っている訳にもいかない。俺の魔力を消費するし、俺は地球に戻る身だ。どうしたものか。
「あッ」
そう言えばあれ、『空間庫』に放り込んでいたっけ。と俺は『空間庫』から取り出した首輪をミデンの首に嵌めてあげた。
従魔の首輪。これさえあれば魔王の『狂乱』の影響を受けないと言う。バヨネッタさんのその言葉を信じて、俺は『聖結界』を解いた。
「ゥワン!」
うん。ミデンは苦しむ事もなく、元気に吠えていた。って言うかお前、ちっちゃくなってないか?
大型犬のドーベルマンが、小型犬に変わっていた。
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