第134話 神明決闘裁判(後編)

 壁際にて燃え盛る爆炎を見ていたドームが、後ろを振り返った。


「貴様!? ……いや、そうか。そうだったな。貴様には『時間操作』なんてスキルがあったのだったな」


 そう言う事だ。俺は巨大火炎球がぶつかる寸前、周囲の時間を遅速させて、壁際から抜け出したのである。


「はあ……、はあ……、はあ……」


「はっ。その息の上がり具合から見て、あまり効率の良いものでもなさそうだな」


 全くその通りだ。流石に時間を操るなんて所業、人間には荷が勝ち過ぎる。それでもやらなきゃこいつに勝てないんだから、嫌になる。俺はそう思いながら、周囲の時間を遅速させた。


 ゆっくりとスローモーションのようにこちらへ向かってくるドーム。振り下ろされる左の剣を半身で躱し、右の斬り上げを受け流し、そのまま俺は、ドームに向かって袈裟斬りで斬りつける。


「お〜お〜お〜お〜!!」


 今まで防戦一方だった俺の攻撃がドームに当たった事で、観客席からゆっくりした歓声が聞こえる。


 黒剣で胸から腹を斬り裂かれたドームは、たたらを踏みながら五歩程後退する。


「や〜っ〜て〜く〜れ〜た〜な〜!」


 鋭い目付きで睨んでくるが、間延びした言葉に、何とも言えない残念さを感じながら、俺はさらなる攻勢に出る。


 ドームへ一気に近付き、刺突をお見舞いしてやろうとしたが、避けられてしまった。なっ!? 馬鹿な!? そう思いながら、剣を振るっていくが、ことごとく避けられ、受け止められ、受け流される。向こうも必死なのはその表情から推察出来るが、こうも有効打が出せなくなるとは。


『時間操作』が弛んだのかと思って、更に周囲の時間遅速に魔力を注ぐが、それでもドームに与えられるのはかすり傷程度だった。


 どうなっているんだ!? と不思議がっていると、ドームの周囲に電気が薄く迸っているのに気付いた。確か人間の神経伝達もイオンを使った電気信号のようなものだと聞いた事がある。つまりドームは、自身の雷魔法を使って、身体の反射速度を上げているのか。


 くっ、流石に次期将軍と呼ばれているだけある。俺が更に周囲の時間を遅速させても、ドームはついてくる気がする。ならば今の速度のまま隙を窺い、その隙を逃さず仕留める。


 その後戦いは長時間に渡った。と俺は思っていたが、周囲の時間を遅速させている中での戦いだ。観客席からみたらあっという間の事だったのかも知れない。互いに死力を出し尽くしたような戦いは、俺の敗北で終わった。


 ガシンッと剣と剣がぶつかり、俺はドームの剣によって押し返される。たたらを踏んで後退した俺は、しかし体力も魔力もすっからかんになり尻もちをついてしまった。


 そこで素早く剣の間合いまで詰めたドームが、右の剣を振り下ろす。俺は何とかそれを振り切ろうと身体をよじるが、左腕が斬り落とされてしまう。


「ぐあああっ……!!」


 切り落とされた左腕が焼けるように熱く、血が失われるのを抑えるために右手を添えるが、血がドバドバと出ていくのを止められない。そうして俺は痛みよりも失血によって思考回路が鈍化していくのを感じていた。


「ふっ。ここまでだな。何か言い残した事はあるか?」


 俺に剣を突き付け、ドームは勝利を確信していた。まあそうだろう。俺もここからの逆転劇はないと思う。あ〜あ、バヨネッタさんと作戦練ってたのに、無駄になっちゃったなあ。一応言っておくか。


「俺は……、神の子だ。……今から奇跡を見せてあげよう」


 真顔になるドーム。そして笑い始める。


「ふっ、ふふっ、ふははははははっ!! どこまで傲慢なんだ! 神の子? 奇跡? 出来るのならしてみれば良い! それが貴様の最期の言葉だ!」


 そして俺は怒り心頭の形相をしたドームに心臓を突き刺された。


 死んだ。バキンッと何かが砕ける音がした。そして暗闇へと落ちていく。ああ、これが死ぬって事なのか。このまま闇に飲み込まれて、地獄にでも落ちていくのかなあ。そう思っていると、天から光が差し込んできた。眩しい光に当てられ、俺は斬り落とされたはずの左手でその光を遮る。そうしているうちに、俺の身体はどんどん不思議な力で天へと引っ張っていかれるのだ。ああ、俺は地獄でなく、天国にいけるのだな。そう思って目を覚ます。



 そこでは、ドームが煩い程の歓声の中で、剣を持つ両手を天へと突き上げ、歓声に応えているところだった。


 しかしてざわざわとざわめき出す観客席。俺を見て指差す観客がちらほら現れ始め、観客席がどよめきに覆われたところで、ドームがこちらを振り返る。驚いていた。まさに幽霊を見たような顔である。


 俺自身、俺に何が起こったのか理解出来ていない。身体をまさぐれば、失った左腕もしっかりくっつき、貫かれた胸に穴も空いていない。あれ程の激戦だったのに、身体に傷らしきものは見受けられなかった。この感じ、覚えがある。レベルアップだ。俺は死んだ瞬間にレベルアップして、身体が全回復して現世に戻ってきたのだ。


 どうしてこんな事になったのか。更に身体をまさぐって気付いた。胸元に壊れた首飾りがあったからだ。確かバヨネッタさんに渡された、コレサレの首飾りとか言うやつ。これか。これか死の淵から俺を呼び戻したのか。


「奇跡だ!」


「神の子だ!」


 観客席のそこかしこからそんな声が上がる中、俺はゆっくりと立ち上がる。それだけで観客席が沸き、ドームが後退る。


「何なのだ貴様は? 何なのだ!?」


 人が生き返ると言うありえない事態に遭遇して、頭の中が大混乱しているのだろう。ドームの声が震えていた。


「言ったろう? 奇跡を見せてやるって」


「馬鹿な!? 本当に神の子なのか? いや、そんなはずは、そんなはずはない」


 相当頭の中が揺れているな。自分の考え方に自信が持てなくなってきている。ここらが頃合いだろう。


「我が名はハルアキ! 神の子である! 闇に心を染められし神徒たちよ! その呪縛、今より我が解いてしんぜよう!」


 そう高らかに宣言して俺が両手を天に掲げると、闘技場全体を取り囲むように高い塔が七棟出現する。出現させたのはもちろん俺ではなくバヨネッタさんだ。


「何だ!? 何が起こるんだ!?」


 場内が騒然とする中、俺は適当な呪文を唱え始めた。


「彼は闇を払う者、彼は霧を払う者。闇に飲まれ、心を縛られし者たちより、その心操呪縛を払い給え! 『解呪ディスペル』!」


 すると七棟の塔から眩い光が発せられ、闘技場が光に包み込まれた。



「な、何をした?」


 光が晴れ、眩しさから回復したドームは、俺に向かってこようとしてその足を止めた。


「どうしたの? 俺を殺そうとしなくて良いのかな? それとも、思い出したのかな? 自分がムチーノ侯爵たちに洗脳されていたのを」


 俺の言葉が引き金となったのか、恐らくこれまでのあれやこれを一挙に思い出しているのだろう。ドームは膝をつき、頭を抱えて唸るのだった。バヨネッタさんによる広域解呪魔法によって真実に目覚めたのだ。


 声にならない声を漏らすドームへとゆっくりと近付いていき、アニンの黒剣を形式的にドームに突き付ける。


「俺の勝ちと言う事で良いかな?」


 俺の問いに、ドームは頭を抱えたまま頷いてみせたのだった。

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