第135話 後の祭り

 ドームの敗北宣言に、観客席から歓声とともにどよめきが起こる。それは何が起こったのか信じられない。と言った声であり、そんな声を発する人々は、皆自身の頭を抱えていた。


 これだけ広範囲にムチーノ侯爵の洗脳が行われていたと言う事か。怖気に背筋が寒くなるが、今はそれどころではない。この場からムチーノ侯爵を逃さないようにしなければならないのだ。


 ムチーノ侯爵とノールッド大司教の方を見遣れば、何が起こったのやら事態についていけず、固まったままだった。今ならいける。俺はこちらを向いて驚いているジョンポチ陛下に視線を送り、目が合ったジョンポチ陛下とお互いに頷き合う。


「神明決闘裁判の判決は下った」


 拡声の魔法でジョンポチ陛下が闘技場全体に声を掛ける。それに伴いざわめいていた観客席が静かになっていく。


「ハルアキが勝者となった事で、ハルアキが無罪であるとの神のご裁定だ。この判決は覆らない」


 観客席から歓声が沸き起こる中、俺は一歩ジョンポチ陛下に近付き頭を垂れる。


「何か? ハルアキよ」


「はっ。陛下、私めはこの決闘にて一度死にました。その時に神が真犯人を名指しされたのです」


「ほう? 真犯人だと? それは誰だ?」


「それは……」


 俺はわざと観客席をぐるりと見回してから、スッとそいつらを指差す。


「そこにいるムチーノ侯爵とノールッド大司教です」


 俺の発言にざわざわとざわめき出す闘技場。


「ムチーノ侯爵とノールッド大司教は、洗脳によってここにいるドーム伯爵ら多数を支配下に置き、これによって自身の忠実なる手駒を確実に増やしていき、ひいては先の陛下暗殺未遂など、国家転覆を企てていたのです」


 俺の言葉に闘技場全体が揺れるような動揺が走った。もしかしたら陛下暗殺については首都の人たちには秘匿されていたのかも知れないが、まあ、しゃべっちゃったものはしょうがない。


「ふむ……」


「私はやっていない! 私は無実だ!」


 ジョンポチ陛下が何かを口にする前に、ムチーノ侯爵は俺の証言を全否定した。まあ、それはそうだろう。なにせ死んだ時に見た夢の、しかも嘘話だ。しかしこの場に死んだ人間なんていないのだから、俺の証言の真偽は誰にも分からない。


「ならばここで決着を付けましょう。降りてきて、私と決闘してください」


 俺の言葉に顔を真っ赤にするムチーノ侯爵。


「ふざけるな! 何故私が貴様の口車に乗って決闘裁判などと言う馬鹿げた事をしなければならないのだ! 私は侯爵だ! この国で一番偉いのだぞ!」


「一番偉いのは帝じゃないんですか?」


 俺の言葉に凍り付くムチーノ侯爵。横のノールッド大司教でさえ呆れていた。


「ムチーノよ」


 ジョンポチ陛下がムチーノ侯爵に声を掛ける。顔を引きつらせながらゆっくりと陛下の方へ顔を向けるムチーノ侯爵。


「どうやら貴様は余への尊崇の念がまるでないようだな。その不敬だけで万死に値するが、今は今回の件の裏をつまびらかにさせる事の方が先だ。皆の者、こやつらを引っ捕らえよ!」


 陛下の命によって、兵士たちがムチーノ侯爵、ノールッド大司教捕縛に動くが、


「煩い! 触るな! 私に触るんじゃない!」


 とムチーノ侯爵、ノールッド大司教両者が激しく抵抗してみせる。


「私を誰だと思っているのです! 私はデウサリウス教の大司教ですよ! 私を人間の法で罰しようなどとすれば、天罰が下りますよ!」


 などとわめくノールッド大司教の腹に対して、ドシュッとオルガン&バンジョーのパイルバンカーが炸裂する。


「貴様のようなゲスが神を語るんじゃない」


 バンジョーさんもずいぶんと怒り心頭のようである。そして、


「ぐふあっ!?」


 と変な声を漏らしてソダル翁に組み伏せられるムチーノ侯爵。これで万事解決かな? と思ったのだが、ムチーノ侯爵もノールッド大司教も存外しぶとく、手を伸ばして這いずって逃げようとする。


 そして逃げる先には互いがおり、手を伸ばし、手を重ね合うムチーノ侯爵とノールッド大司教。すると、二人の姿が光球に包まれていったのだ。


 眩しさに手をかざしていると、ほんの数秒で光球は消えてなくなり、ムチーノ侯爵とノールッド大司教がいた場所には、二つの頭に四本の腕、背には鳥のような翼を羽ばたかせる巨躯の怪物が出現していた。


「何じゃこいつは!?」


 驚くソダル翁だったが、直ぐ様ジョンポチ陛下の下に戻って陛下を守ろうとする。そして怪物は、それを分かってか、ジョンポチ陛下へと顔の一つを向け、目から怪光線を発射したのだ。


 何とか陛下を庇いながらそれを躱すソダル翁。そして怪物は陛下に怪光線が当たったかどうかなど気にする事なく、両頭の両目から怪光線を放ち、闘技場全体を火の海へと変えていくのだった。


「皆の者! 退避だ! すぐに闘技場から出ていくのだ!」


 あまりの事態の急変に、混乱していた観客たちは、マスタック侯爵の指示の下、慌て勇んで我先にと闘技場を後にする。そしてそんな事をお構いなしに闘技場を怪光線で破壊していく怪物。



 気付けば、闘技場には俺とドームに怪物、そして空からバヨネットに座って舞い降りたバヨネッタさんだけが残った。


「結界を闘技場全体に張ったから、私が死なない限りこの怪物が闘技場の外に出る事は出来ないわ」


「なら絶対安心ですね」


 俺はちらりとドームの方を見遣る。


「逃げて良かったんですよ?」


「私に、これ以上騎士として恥を晒せと言うのかい? この決着は私に付けさせて欲しい」


 と両手の剣を握り締め、怪物に向かって構えるドームだったが、


『はっ』


 と言う声が怪物から発せられたと思ったら、貴賓席で暴れ回っていた怪物は、一瞬のうちに闘技場まで移動し、ドームを踏みつけていた。速い。


『雑魚が! 天使へと昇華した私に貴様ごときが勝てる訳がないだろう』


 と怪物はダンダンとドームを踏みつける。


「やめろ! 何が天使だ! 悪魔か堕天使の間違いだろう、怪物め!」


 俺の言葉に怪物のドームを踏みつける足が止まった。


『何が「やめろ!」だ! 私に命令するんじゃない! 貴様さえ現れなければ、私の計画に狂いはなかったのだ! 何が『神の子』だ! 貴様こそ悪魔だ!』


 そう言って怪物は四本の腕で俺に殴り掛かってくるが、俺はアニンの黒剣でザザザザッとその腕を斬りつけてみせる。


『なっ!? 馬鹿な!? 今の私の素早さはドームを凌ぐ。その私に傷を付けるだと!?』


 腕の傷が自動回復していく中、怪物が言い放つ。


「馬鹿はそっちだ。今の俺のスピードはあんたを超えるよ」


『ふざけるな!!』


 そして怪物の四つの眼から怪光線が放たれる。それを避ける俺。


『馬鹿な! こんなはずはない!』


 怪物は怪光線を放ちながら、俺へと急接近し、四つの腕で、その両の足で、攻撃を仕掛けてくるが、俺は全て躱してみせた。


『何故当たらない!』


 俺が速くなっているからだよ。レベルが上がったから、周囲の時間を更に遅速させられるようになった訳じゃない。考え方を変えたのだ。周囲の時間を遅速させるのではなく、自分自身の時間を加速させる方へと。


 これによって使う魔力量が激減した。それはそうだろう。周囲に影響を及ぼすより、自分に影響を及ぼす方が労力は少なくて済む。なので俺はその分自身の加速に魔力を割けるようになったのだ。


『おのれ! おのれ! おのれ!!』


 荒れる怪物だが、その攻撃は俺には届かない。そして俺はアニンの黒剣で怪物を斬り刻んでいく。四つの腕を、両の足を、胴を、胸を、背を、背の翼を斬り刻んでいく。ズタズタに切り刻まれていく怪物は、自動回復しつつも、その回復速度が追い付かず、血を噴き出し、それでも暴れ回り、必死に俺を仕留めようと襲い掛かってくるが、届かず、そしてとうとうその動きを止めて倒れ伏したのだった。


「殺したって良かったのに」


 倒れ伏した怪物が、ムチーノ侯爵とノールッド大司教に戻っていくのを見ながら、バヨネッタさんが恐ろしい事を口にする。


「それじゃあ事情聴取が出来ないじゃないですか」


 と諌めるが、本当は人を殺すのが怖いだけだ。バヨネッタさんは今までに生きてきて人を殺しているであろうに、俺は殺せずじまいのままだ。この溝は大きい気もするし、埋めてはいけない溝のような気もする。この世界でいつまで人を殺さずにいられるのかは分からないけど。


 まあ、何にせよ、やっと一息つけそうだ。空を仰げば、夏の蒼天に太陽が眩しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る