第255話 まずは一服
洋菓子店の売り上げは、焼き菓子が支えているそうだ。生菓子は足が早く、毎日作らなければならないし、売れなければ廃棄しなければならない。対して焼き菓子は日持ちがするので、ある程度ストックしておく事が出来る。つまり洋菓子店にとってとてもコスパが良いのだ。なので俺は洋菓子店では、ケーキなどの生菓子も買うが、併せて焼き菓子も買うようにしている。
俺が洋菓子店から出てくると、ミウラさん家の車のドアが開き、俺は乗り込んでシートベルトを締める。
「じゃあ、お願いします」
俺が運転手さんに合図を送ると、運転手さんはバックミラー越しにお辞儀をして、車はゆっくりと走り出した。
「結構買い込みましたね」
帝京TVの女性ディレクター、秋山さんが両手いっぱいに買い込んだ俺を見ながら尋ねてきた。
「そうですね。人が多いのもあるんですけど、異世界の方って、健啖家が多いんですよ」
「健啖家、ですか?」
「良く食べるんです」
と肩を竦めて俺は嘆息を漏らす。
「それは日本が悪いと思うわ」
反論してきたのはアネカネだ。車内の視線とカメラがアネカネに向く。
「だって日本の食事、美味しいんだもの」
ベタな答えだなあ。と思うが、横のミウラさんもうんうん頷いているので、事実なのだろう。
「日本の食事では、何がお好きですか?」
秋山さんがまたベタな質問をしてきた。こう言う鉄板を外さないのも、長寿番組って感じだな。
「カレーね!」
「カレーなんだ」
「私はとんかつです」
「とんかつなんだ」
二人の、ちょっと意外な答えに、俺とテレビクルーは少し驚くが、まあ、考えてみれば、二人はテレビなどの情報媒体のない世界から来たのだ。寿司や天ぷらなんて定番の答えが返ってくるはずがない。
「それじゃあ、カツカレーなんて出てきたら、嬉しかったんじゃないですか?」
秋山さんの言に、しかし二人は首を傾げる。
「なんですか? カツカレーって」
「語感からして、カレーの仲間なのは分かるわ」
カツカレー食べた事ないのか。
「確かにカレーの仲間だな。トッピングとして、上にとんかつが乗っているんだよ」
俺の言葉に二人は目を丸くする。
「そんな……ッ!? そんな贅沢な食事がこの世にあるの!?」
アネカネ言い過ぎだ。
「私、人生最期の食事はそのカツカレーにします」
ミウラさん、今から人生最期を考えているのはどうなんだろう? でも向こうの世界では何が起こるか分からないからなあ。
「とりあえず、家の料理人に今夜はカツカレーにして貰うように連絡しておきます」
言ってミウラさんは家にDMを送信した。と思ったら直ぐ様返信が届く。
「あら? ふふふ」
「どうかしたんですか?」
返信を読んで微笑んだミウラさんに、秋山さんが尋ねた。
「いえ、もう一週間も連続でとんかつなのに、まだ食べるのですか? ですって。とんかつとカツカレーは違う料理なのに、おかしな事を聞いてきて」
返信主は料理人かな? 一週間もとんかつ作っているのか。それはミウラさんの身体が不安になるよね。食に無頓着な文化だと、毎日同じような物を食べ続ける。と聞いた事があるが、オルドランドはそんな感じなのだろうか? アンリさんの料理は毎日違っていたから気付かなかったな。アンリさんが気を使ってくれていたのか、バヨネッタさんかオルさんの趣味か。
「ミウラ、毎日とんかつはどうかしら? 栄養が片寄るんじゃない?」
おお。アネカネが真っ当な事を言っている。
「アネカネだって毎日カレーじゃない」
同じ穴の
「良いのよ。カレーは完全食だから」
何が良いのか。何を以て完全食とするのか。俺には理解出来ない。
「だったらカツカレーにすれば良いのね?」
「それだったら良いんじゃないかしら」
何にも良くないと思う。秋山さんは何と言って良いのか分からず、空笑いをしていた。
コンコン。
「ハルアキです。入ります」
俺がノックして会社の会議室に入ると、バヨネッタさんとゼラン仙者が腕を組んで横並びに待ち構えていた。やめて欲しい。圧が凄いから。二人の横にはオルさんの姿もある。一席空いているのは、俺の席かな?
「おっ、来たな」
バッと声がした方を向くと、ラシンシャ天がいた。国交関係の諸々はどうした?
「何でこっちにいるんですか?」
「こっちの方が面白そうだからな。向こうは部下に任せてきた」
任せてくるなよ。重要度は向こうの方が明らかに上だろ。
「余もそう思ってこっちに来たのだが、マズかったかの?」
そう言ってきたのはジョンポチ帝だ。
「いえいえ、陛下にお越し頂けるなんて、僥倖の限りです」
俺が恭しく頭を下げると、
「余と態度違い過ぎだろ」
とラシンシャ天に睨まれた。
「へ、陛下ですか!?」
俺の言葉を聞いて、後ろの秋山さんが驚いた声を上げる。振り返れば、秋山さんとカメラマンの二人して目を丸くしていた。
「あ、気にしないでください。良くある事なので」
「良くある事!?」
そんな二人を無視するように、ミウラさんとアネカネがスッと俺の横を通ると、恭しくラシンシャ天、ジョンポチ帝、そしてエルルランドのウサ公にあいさつをする。ウサ公も来ていたのか。
「これはウサ公、ごあいさつが遅れて申し訳ありません」
「構いませんハルアキ殿。私も収集癖がありましてな。それを見せびらかしに来ただけです」
とお髭の長い老爺は口にする。まあ、ここで事を荒立てる発言はしないよね。
さて、三国がトップを出してきたと言う事は、モーハルドもそれなりの格の人物が来ているのかな? と思って見てみると、
「桂木さん? 何で?」
「私の方が聞きたいよ。何で博物館での展示品を決める会議に、国のトップが出席しているんだい?」
それは俺も問い質したいところですけど、きっとそれはやっちゃいけない事だと思うので、ここでは口にしません。桂木の横を見ると、青白い顔でカタカタ震えている見知らぬ人がいる。きっとあの人がモーハルドの代表なのだろう。何とも居心地悪そうである。
「まあ、リラックスしていきましょう。お菓子を買ってきたので、それでも食べながら」
俺はモーハルドの代表や、他にも緊張している文科省の官僚たち、博物館協会の人たちに笑顔を向けて、両手にぶら下げたお菓子を持ち上げてみせる。
「ハルアキ、当然マシュマロはあるんだろうな?」
と半眼になるゼラン仙者の前に、俺はちゃんとマシュマロを置く。それに対して、分かっているじゃないか。と一つ摘んで食べるゼラン仙者。
「唐揚げはないのね」
「あれはお菓子じゃないですから」
バヨネッタさんは特に食べたい物がないのか、お菓子には手を付けず、お茶で口を潤していた。
「甘い物苦手でしたっけ?」
「そんな事はないけど、今は気分じゃないのよ。何か塩気が欲しいわ」
成程。
「ちょっと待っててください」
と俺が部屋を出ていこうとすると、まだテレビクルーの二人が入口で立ち竦んでいた。
「あ、お二人は向こうで撮影しててください」
俺が指差す先では、武田が大きな身体を小さく縮こませながら、会議室の様子をカメラで撮影し、パソコンを打っている。その様子に秋山さんは一瞬顔を歪めたが、こんなところで文句を言う訳にもいかないからだろう、決心したような顔をして、武田に話し掛けていった。
俺が煎餅を持って帰ってきたところで、司会進行の三枝さんが立ち上がり、会議が始まる。ミウラさんやアネカネも既に適当なところに着席しており、俺も、各テーブルに煎餅を配ってから、オルさんとバヨネッタさんの間に着席して、三枝さんの話に耳を傾けた。
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