第256話 前日 17:50

 前日──。


「駄目? ですか?」


 文部科学省の官僚二人、博物館協会の人四人に、クドウ商会の会議室に来て貰い、バヨネッタさんとゼラン仙者のお宝を展示したい旨を、俺と三枝さん、九藤さんで伝えた。


「駄目とは言っておりません。難しいと言ったのです」


 武田より若いであろう文科省の官僚に否定された。他の五人が誰も反論をしないので、同意なのだろう。


「それは、私たちの宝に価値がない。と言っているのかしら?」


 バヨネッタさんからの圧に、対面の六人の息が詰まったのが分かる。これはバヨネッタさんの機嫌を収めなければ、と俺が口を開こうとしたところで、件の若い官僚が先に口を開いた。


「お二方の宝と言うものがどのような物か分かりませんから、それを基準に話してはおりません」


「では、どう言う意味かしら?」


 首を傾げるバヨネッタさんからの圧が、更に高まる。それでも官僚は負けじと言葉を続けた。


「……ネームバリューです」


「はあ?」


 ああ、成程。俺は理解出来たが、これは伝えるのは心苦しいな。だが官僚は助けて欲しそうに、先程からこちらをチラチラ見てくる。仕方ない。


「バヨネッタさん」


「何よ?」


 滅茶苦茶不機嫌だな。今からこの人を更に不機嫌にするのか。


「こちらの役人は、バヨネッタさんとゼラン仙者が、こちらの世界で有名ではないから人が集まらず、お宝の展示をしても失敗する。と言いたいようです」


「ほう?」


「ふ〜ん」


 二人して圧力を高めて六人を見るのをやめて欲しい。


「仕方ないですよ。お二人はここまでこちらで目立たないように活動していましたから。お二人が持つお宝が、例え異世界に二つとない逸品だとしても、その名声がこちらの世界に轟いていなければ、一般人からしたら、価値の分からない、路傍の石を見せられるようなものです」


「私の宝は、一目見れば誰でも価値が分かる代物よ」


 確かに、バヨネッタさんはキラキラした物が好きだからなあ。


「それはそうですけど、こう言った展示物は、客に足を運ばせるまでが、大変なんです。見る客が現れなければ、噂も広がりませんから」


「……確かにそうね」


「成程な」


 二人からの圧が減じる。どうやら理解してくれたようだ。


「じゃあどうするのよ? 私たちは宝を売りに出さなくてもお金が手に入ると聞いて、展示の提案に乗ったのよ? やっぱり何かを売れ。と言う事なのかしら?」


 う〜ん、そう言われてもなあ。


「あのう、こちらのお二人の宝と言うのは、どれくらい凄いものなのですか?」


 あの官僚が俺に尋ねてきた。分かり易い例ってなんだろう?


「そうですねえ、例えば、本物のヤマタノオロチから採った草薙の剣とかありますね」


「ええええええええ!!!?」


 六人とも凄い驚きようだな。一人なんて椅子から転げ落ちているし。まあ、それはそうか。日本人からしたら、草薙の剣は特別だもんな。


「ちなみに、こちらのバヨネッタさんが、そのヤマタノオロチを一人で退治したお方ですから、失礼のないようにお願いします」


 誰かのゴクリと喉の鳴る音が聞こえ、会議室の緊張度が跳ね上がった。うん、我ながら悪手を打ったな。今更緊張しないでください。とも言い辛い。


「あの、それでその草薙の剣は……」


 それでもあの官僚は、怯えの中から覗く好奇心を抑えられないように、バヨネッタさんに尋ねてきた。まあ、現物があるなら見たいよね。


 文科省の官僚と博物館協会の人たちの期待に応えるように、バヨネッタさんとゼラン仙者の二人が、何もない空間から草薙の剣を取り出す。スキル自体初めて見た六人は、目を丸くしていた。


「に、ふ、二振りあるのですか?」


「ヤマタノオロチは迷宮の深いところにいるのですが、何度倒しても、十年程で復活するそうなので、何本か存在するようです」


「な、成程……」


 首肯する六人の前に、宙をふわりと移動した二振りの草薙の剣が置かれる。


「触っても?」


「どうぞ」


 素直に草薙の剣に感動している六人。その様子に好感を持ったのか、二人から草薙の剣に触れる許可が下りる。するとパァと少年のように明るくなる六人の顔。直ぐ様触るのかと思ったら、まず懐から白い手袋を取り出し、それからじっくり観察し、やっとおずおずと触り始めた。そんな六人の姿にニヤニヤする二人。良かったですねえ、価値を理解してくれる人たちで。


「すみません、ヤマタノオロチの死体の一片でもあれば、更に価値も上がるでしょうけど、あっちは全てパジャンに渡してしまったので」


「死体もあるのですね! それは見たかった!」


 悔しそうである。


「まあ、どのみち大き過ぎて、そのままではどの博物館にも入らなかったと思いますけど」


「やはり、それ程の大きさですか?」


「ええ。まさに山のようでした。あ! スマホで撮った写真ならありますよ? 見ますか?」


「是非!」


 俺はヤマタノオロチ攻略用に撮影した写真を、会議室の大型モニターに写し出す。


「おおおお!!」


「マジか……?」


「これを一人で……?」


 写真を見た六人からは様々な意見が漏れる。


「死体はパジャンに運ばれた。と言う事ですが、何か目的が?」


「ああ、何でも牙や鱗、皮などは武器や防具に、血肉は薬になるようです」


「成程。出来れば、そちらの欠片でも展示出来れば、草薙の剣とともに目玉展示となって、集客力も上がるのですが」


 それはそうかも。でも今更なあ。


「出来るぞ」


 そこにゼラン仙者が割り込んできた。


「本当ですか!?」


 官僚たちの期待値が上がる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る