第519話 レベル差

 地下五十四階の鍵穴二つの宝箱を開け、対魔鋼である事にちょっと残念感を覚えながら、俺はふと思った事を口にした。


「このダンジョンってローグライクで、入る度にダンジョンの地形とか、宝箱の中身が変わる訳じゃないですか。ならダイザーロくんに全部の宝箱を開けて貰えば、全て良いものが出てくる可能性があるのでは?」


 俺の提案に、ダイザーロくん以外が「それだ!」と言う顔になり、その後宝箱開け係となったダイザーロくんだった。



「抵抗低下の片眼鏡ですね」


 地下五十六階。鍵穴二つの宝箱からダイザーロくんが取り出したのは、片眼鏡だった。


抵抗低下の片眼鏡:これを掛けた者に睨まれたものは、魔法、スキル、ギフトに対する抵抗力が落ちる。


「へえ、面白い効果ね」


 言いながら、その片眼鏡を掛けるカッテナさん。順番がカッテナさんだったからだ。ちなみにダイザーロくんが片眼鏡の名前をすぐに出せたのは、その前に鑑定の片眼鏡を手に入れていたからである。『空識』持ちの武田さんに、鑑定の片眼鏡を持つダイザーロくん。俺の『鑑定(低)』意味ないなあ。



「賢者の翠玉板だそうです」


「何それ?」


 地下五十九階で鍵穴三つの宝箱から出てきたのは、賢者の翠玉板と言われるA5ノートサイズのエメラルドの板で、四方の角に人工坩堝を嵌める穴があるが、今はどれも空だ。


「うお!? マジか!?」


「本物!? 本物なの!?」


 デムレイさんとバヨネッタさんが驚いているって事は、相当なお宝なのだろう。けどこの板の所有権はミカリー卿にある。


「どう言うものなんです? レベル高くて鑑定出来ないんですけど」


 鍵穴三つの宝箱から出てくるものは、俺には鑑定出来たり出来なかったりするのだ。


「ようするに魔導書の上位互換よ。魔導書みたいにわざわざ事前に魔石インクで魔法陣を描いておかなくても、頭の中で魔法陣を想像しただけで、その魔法の魔法陣が翠玉板に現れ、魔法が発動すると言う代物よ」


 へえ、便利。そしてミカリー卿にぴったりだ。魔道具って基本的には一つしか発動しないからなあ。魔導書は事前に魔石インクで魔法陣を描いておく事でそれをスキップしているけど。大技だと手間が掛かる。


「ありがたいねえ。ここまで来るのにも魔導書の消耗が激しかったから、どうしようかと思っていたんだよ。予備もあるし、材料もあるから、最悪、一旦攻略を中断して貰って、魔導書を作らないといけないかと思っていたんだ」


 ダイザーロくんから賢者の翠玉板を受け取ったミカリー卿は、嬉しそうにそれを色んな角度から見ている。強力な魔法を使うと、魔導書の消耗も激しいって聞くもんなあ。これはありがたい。バヨネッタさんとデムレイさんは羨ましそうにそれを眺めているが。


 さて、次は地下六十階か。これを攻略して、温泉でゆっくりしよう。



 と思っていたんだけどなあ。


 地下六十階にやって来て、扉を開けると、そこは広大な空間だった。見覚えあるなあ。エルデタータとかベイビードゥの時がそうだった。となると、


「武田さん、眼前の長身のミイラ男に見覚えは?」


「ある。シンヒラーと言う」


 名前があるって事は大ボス確定か。


「まさかあいつがここで出てくるとはな」


「強いんですか?」


「俺が持っている光の剣を使う大ボスがいるって言ったろ?」


 ああ。


「出てくるにしても、七十階以降だと思っていたんだが」


 それだけの強敵って事か。


「悪いが、俺はここで一旦引き返す事を提案する」


「何言っているのよ? ここ地下六十階なのよ? 四十階まで戻れって言うの?」


「そうだ」


 文句を口にするバヨネッタさんに対して、武田さんは言い切った。それだけ警戒するべき相手って事か。


「俺も同意です」


 とそれにダイザーロくんも同意する。その顔は真っ青だ。


「あのシンヒラーって大ボス、この片眼鏡で視ても、名前とレベル以外鑑定出来ないんです」


 レベルは鑑定出来るのか。それって『隠蔽』か何かで隠しているとかじゃないのか? いや、


「ダイザーロくん、そのシンヒラーのレベルは?」


「…………七十です」


 その言葉に全員が息を飲む。うん、強過ぎて『鑑定』でも鑑定出来ないタイプだった。


「と言う事は、あいつが大ボス中の大ボスって事?」


 バヨネッタさんの質問に、首を横に振る武田さん。


「順当だ。あのミイラ剣士シンヒラーが三番目。その下の階層に怨霊王ジオがいて、最後を守るのがスケルトンドラゴンのガローインだ」


 人型人型と続いて、最後は竜なんだ。まあここは竜の廟なのだから、最後の大ボスがスケルトンドラゴンであっても何ら不思議はないか。


「とりあえず、ここでレベル七十はまずいですね」


 皆が首肯する。そう。ここは地下六十階だ。一階へのワープゲートがある一方、エメラルドの像を正確に台座に置かないと、魔物が無限湧きする場所なのだ。それだけでも厄介なのに、更に大ボス、それに多分中ボスもいるとなると、現状では厳しい。と言うか、こちらに誰かしら死人が出る。それを覚悟で特攻するなら、戻ってレベル上げをする方が建設的だ。


「まあ、そう言う結論に至るよな」


 その声はおぞましく、身の毛がよだつものだった。


 皆で輪になって退却しようと作戦を練っていたところへ、上から話し声が降ってきたのだ。見上げれば、二メートルを超えるだろうミイラ男が、俺たちを睥睨していた。


 キィンッ!


 当たり前のように横薙ぎに振ってきた光の剣を、寸前で『空間庫』から取り出した対魔鋼で霧散させるも、その剣の衝撃だけで吹き飛ばされる。


「がはっ!」


 俺が吹き飛ばされた煽りを受けて、全員がもろとも壁に吹き飛ばされてしまった。壁に打ち付けられた衝撃の激痛と、それによって肺から酸素が抜けて息が詰まる。


 ボンッ!


 とそこへいきなり煙幕が立ち上った。


「逃げるわよ!」


 バヨネッタさんか! 助かる! それでもここまで来ているのだ。すぐに態勢を立て直し、皆で一斉にその場から上階へ逃げ出すも、


「おいおい。俺ともっと遊ぼうぜ?」


 とシンヒラーは俺たちを追ってくる。そうだった。ここの大ボス、徘徊型なんだった!

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