第96話 闇に潜む者

「ケヒッ、ケヒヒヒヒヒヒッ」


 冒険者パーティが次々と血を流して倒れていく中、誰もいない空間に、変な笑い声がこだまする。恐らくは『隠形』で姿を隠した輩がおり、そいつが冒険者パーティを襲ったのだろう。


 ゲインッ


 俺が魔物除けに張っていた『聖結界』に、何かがぶつかった衝撃だけを感じた。


「チッ」


 姿の見えない何者かから舌打ちが聞こえる。


「何者だ! 姿を現せ!」


 ジェイリスくんが虚空に向かって誰何するが、それで出てくるはずもない。その間にも冒険者パーティは血を流し続けている。


「ジェイリスくん、リットーさん! このまま移動するから、『聖結界』から出ないように注意して!」


 と二人に注意を促して俺は『聖結界』を張ったまま冒険者パーティの方へと移動を開始する。が、言った側からリットーさんが『聖結界』の外に出てしまった。


「リットーさん!」


「問題ない!」


 リットーさんはそう口にすると、剣を抜いて正眼に構える。


「ケヒヒヒヒヒヒッ」


 ギィンッ!


 笑い声とともに虚空からリットーさんに攻撃してきた襲撃者だったが、その一撃をリットーさんが受け止める。


「チッ」


 舌打ちとともに虚空より連撃が繰り出される。その全てをリットーさんは封殺し、剣で受け止め、弾き返す。


 おお! と、感心している場合じゃなかった。


「ジェイリスくん!」


「あ、ああ」


 俺とともに見えない敵に対応するリットーさんに見惚れていたジェイリスくんを、こちら側に引き戻し、冒険者パーティの救出を行う。彼らを『聖結界』の中に引き入れ、ポーションをぶっかけて、飲ませて、傷の回復を図る。


「チッ、なんだ回復させちまったのか?」


 虚空からの攻撃が止み、男の声が聞こえる。同時に、誰もいなかった虚空から男が現れた。


 闇に溶け込むような黒い服を着込んだやせ男は、しかし肌は陽の光を浴びずに過ごしている為か青白く、銀髪銀眼も相まって、病的な印象を与えていた。その両手には血で染まった鎌に似た短剣が握られている。


「せっかく血染めにしてやったと言うのに、つまらない事をしてくれる」


 言って男は己の短剣に付いた血を舐めた。うひい、気持ち悪い。


「ふふ! やはり貴様だったか! ウルドゥラ!」


 とリットーさんはウルドゥラと呼んだ男を指差す。


「ほう? 高名な竜騎士リットーにまで名が売れているとは、光栄だな。ケヒヒッ」


 そう言ってウルドゥラと呼ばれた男は、また短剣の血を舐めた。


「知っているんですか、リットーさん? この変態」


 俺が尋ねるとリットーさんが首肯する。


「ああ! 奴はダンジョン荒らしのウルドゥラ! 各地のダンジョンに現れては、冒険者や調査隊を斬り刻み、闇に消える殺人鬼だ!」


 殺人鬼。この世界では基本的に人間同士で殺し合ってもレベルは上がらない。なのに人を殺して回っていると言う事は、まさにどうしようもないクズだと言う証明だ。


「ふふ! 各地の情報や噂から、ここらに潜伏しているのではないかと、当たりを付けてやって来たが、正解を引き当てたようだな!」


 リットーさん、ウルドゥラを追ってベフメルまで来ていたのか。決して物見遊山ではなかったんだな。


「ケヒッ、ケヒヒヒヒヒヒッ。なんだい? 竜騎士様は俺と戦うのが目的だったのかい? 嬉しいねえ」


 言って短剣の血を舐めるウルドゥラ。おかしいだろ、こいつ。


「吸血鬼……」


 俺の呟きにウルドゥラが反応した。


「吸血鬼……? ……吸血鬼。良い名だ、吸血鬼! そうだ! 俺はこれから吸血鬼ウルドゥラと名乗ろう!」


 うう、俺が変な呟きをしたが為に、ウルドゥラに二つ名が付いてしまった。


「フン! 吸血鬼でも吸血魔でも好きに名乗るが良い! 今日! この場が貴様の墓場なのだからな!」


 言ってリットーさんは剣を両手で握り、顔の横まで持ってくると、そのままウルドゥラに向かって突進していった。


「ケヒッ、本当に俺を殺せるのか? 竜騎士様?」


 対するウルドゥラが虚空に姿をくらます。


「はっ!」


 が、そんな事関係ない。とでも物語るように、リットーさんが剣を横に振るうと、ギィンッ、と金属がぶつかる音とともに火花が飛び散る。


「やるな竜騎士!」


 しかしウルドゥラもさる者で、虚空に姿を隠しながら、その両手の短剣で連撃を繰り出してくる。


 一進一退の攻防が繰り広げられていた。剣と短剣が斬り結び、金属音と火花が飛び散る。ウルドゥラの姿は見えないと言うのに、リットーさんはまるでウルドゥラの姿が見えているかのように剣を振るっていた。


 この場合、見えないウルドゥラと戦えるリットーさんを褒めるべきか、リットーさんについていけるウルドゥラが凄いのか、いや、その両方なのだろう。この戦闘の格は、俺とジェイリスくんの決闘より遥か上をいっていた。


 命の取り合いだと言うのに、ウルドゥラの姿は見えないと言うのに、その戦いには人を引き付ける何かがあった。目が離せず、命懸けのヒリヒリする感覚を覚えながら、俺は演武のような華麗なその姿に見惚れていた。


 その均衡はどれ程の時間続いたのだろうか。十分か、二十分か、もっと長かったようにも、あっという間にも感じた。


「はっ!」


 リットーさんの袈裟斬りからの突きが、ウルドゥラを捉えた。ウルドゥラの『隠形』が切れ、その姿が顕わになると、ウルドゥラは膝をつき、左肩から血を流していた。


「終わりだ!」


 リットーさんが、トドメを刺さんとウルドゥラに斬り掛かるが、


「どうかな?」


 と自身の血を舐めたウルドゥラは、ちらりと地獄の大穴の方に目をやった。


「どうなってんだこれ!?」


 それは地上に確認に行っていた、冒険者パーティの一人の声だった。その声に全員の視線が声の主に向けられた。


「ケヒッ」


 その一瞬の隙だった。バッと黒い霧がウルドゥラから発せられて、視界が黒く染まる。


「くっ!」


 リットーさんが黒い霧を一閃するが、既にそこにウルドゥラの姿はなく、


「ぎゃあああ!?」


 と言う悲鳴が地獄の大穴から聞こえてきた。見れば大穴の底に、地上から戻ってきた冒険者が、血を流して倒れていた。


「くっ」


 今にも駆け出して助けに行きたいが、姿を隠したウルドゥラがどこに潜伏しているか分からない。


「大丈夫だハルアキ! 奴は既にこの吸血神殿から退散したようだ!」


 とリットーさんからお墨付きを頂いたので、俺は大穴の底の冒険者を助ける為に駆け出した。



「そう。本当に吸血鬼と対峙するとはね」


 とバヨネッタさんが何か考え込むように腕を組む。地上に戻ってきた俺たちと冒険者パーティは、ベフメ伯爵とバヨネッタさんに、地下五階で何があったのか報告をした。


「それでその吸血鬼ウルドゥラと言う人物が、この街に潜伏しているのですね?」


 ベフメ伯爵の問いにリットーさんが首肯する。


「確かに危険な男ではありますが、地上では悪さをしません! ひょっとすると、もう、街を後にしているかも知れませんな!」


「そう、なのですか?」


 ベフメ伯爵は不安そうだ。


「ええ! 奴にはこだわりのようなものがありましてな! 殺人を犯すのはダンジョンの中だけなのです! ここずっと奴を追っていますが、地上で奴が殺人を犯したと言う話は聞いた事がない!」


「そうですか」と少しホッとしたような表情になったベフメ伯爵だったが、直ぐ様ドイさんに命を下し、街の兵士たちに見回りの強化や聞き込みをさせるのだった。

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