第95話 地下五階(後編)
「ハルアキ!」
地獄の大穴まで戻ってきたところで、リットーさんに呼び止められた。
「はい?」
「どうやらハルアキは、ダンジョンや冒険者のルールには詳しくないようなので教えておくが、あの場では助けに行くものではない!」
「はい?」
あの場、と言うのはさっきの大部屋での事だろうか?
「助けに行くなって、見殺しにしろ、って事ですか?」
「そうなるな!」
そんな事出来るはずがない。あの魔法使い二人は、俺が助けに行かなければ死んでいたかも知れないんだ。
「パーティの経験値の問題だ。一人入るだけで貰える経験値が違ってくるからな」
と言うジェイリスくん。どうやら彼もリットーさんと同意見らしい。
「そんな経験値なんかの為に彼女らは命懸けになっていると?」
「…………」
「…………」
返事がない。どうやら本当のようだ。恐るべしレベルのある社会。
「それじゃあ、助けたい、と思ったら、どうすれば良いんですか?」
「そのパーティに助太刀して良いか尋ねる」
とジェイリスくん。んな悠長な。だけどこれがダンジョンや冒険者たちのマナーであるらしい。ええ、面倒臭いなあ。
そんな事を考えながら、次の冒険者パーティがいる大部屋に入った。既に戦端は開かれており、大部屋は敵味方入り乱れての乱戦となっていた。
五体のグレイ(ゴブリン)たちの目が赤く明滅し、念動力で冒険者パーティを攻撃している。地下一階のグレイはただの小人だったが、地下五階までくると、念動力を使ってくるようだ。知っているゴブリンの戦い方じゃない。
対して十人の冒険者たちはそれをレジストすると、素早く距離を詰めて、各々の武器や魔法で攻撃していく。その様に迷いはなく、このような状況にも慣れた対処のようだ。
しかしそれはグレイたちも同様で、念動力でもって冒険者たちの攻撃を相殺していた。各所で一対二に別れての戦闘が行われている。
「これは、助けに入らない方が良いんですよね?」
「そうだな!」
「今乱入したら、確実に恨まれるだろうな」
面倒臭いなあ。こっちはこっちで早く仕事を終わらせたいのに。だがまあ、このパーティは先のパーティとは違って、地下五階の戦いに慣れているようで、安心して見ていられた。倒すのに時間は要するようだが、大丈夫だろう。
「ベフメ家からの御達し?」
案の定安定した戦いで終始戦闘を有利に進めた冒険者パーティが、ほぼ無傷でグレイを倒し終えたところで、俺たちが声を掛ける。しかし怪訝な視線である。
「地上でその説明は嫌と言う程聞いている。だが二年近くここの吸血神殿で活動しているが、本当にベフメ家の人間が話を持ってきたのは初めてだ」
とリーダーらしき男性が言う。それは怪訝な表情にもなるな。
「二週間前に地上に出た時には、そんな話聞かなかったわよ?」
と双剣使いの女性。俺たちがベフメルに到着したのが一週間前だからな。そう考えると水路建設に入るまでの期間が短いな。
「急遽決まったんですよ。もうすぐ雨季ですから、それまでに水路を完成させろって。ベフメ家の無茶振りは皆さんも知っているでしょう?」
俺のこの言葉に、冒険者たちは顔を見合わせる。どうやらベフメ家の無茶振りってだけで、話が通じるらしい。
「じゃあ行ってくる」
結果、この冒険者パーティは話し合って、一人が地上に話を聞きに行く事で決着した。それで本当なら全員で地上に引き返す事になる。
「さあ、俺たちは狩りの続きだ!」
と地下五階に残った冒険者パーティは、地獄の大穴周辺で魔物狩りを続行するらしい。その為に残った訳だし。
俺たちはと言えば、俺が『聖結界』を張って、その中で休憩だ。
「皆良くやるよなあ。そんなに戦うのが好きかね?」
冒険者たちを眺めながら独り言つ俺を見て、ジェイリスくんが嘆息する。
「かーっはっはっはっ!! ハルアキは外国人だから不思議かも知れないな!」
と笑うリットーさん。俺とジェイリスくんは顔を見合わせ首を傾げた。
「彼が外国人だからですか?」
とジェイリスくんがリットーさんに尋ねる。
「ああ、そうだ! オルドランドでは、何であれ戦って勝ち取る事が美徳とされ、推奨されているだろう?」
首肯するジェイリスくん。そうなの!?
「だが、それを美徳としない国もあるのだ! 和と協調を美徳とし、争い事を極力避けようとする国がな!」
「本当ですか!?」
驚いて俺をマジマジと見てくるジェイリスくん。
「本当だけど、それってそんなに驚く事なの?」
と言う俺の反応にジェイリスくんは更に驚いていた。こっちの方が驚きだが、戦って勝ち取るのが良しとされているのなら、前ベフメ伯爵がカージッド子爵に戦争を吹っ掛けたのも、ジェイリスくんが俺に決闘を申し入れてきたのもなんだか頷ける。要するにオルドランドと言う国は、自分が正しいと思うなら、勝って証明せよ。ってな具合のお国柄なのだろう。
「そんな国があるんだな」
しみじみと口にするジェイリスくん。
「そんな国があるんだよ」
しみじみと応える俺。そんなのほほんとした時間が『聖結界』の中で流れていた外では、
「ぎゃあああ!?」
悲鳴が起こっていた。
何事か!? と視線を冒険者パーティの方へ移すと、冒険者たちが見えない何かに斬り裂かれていた。
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