第80話 戦争はくだらない

 五月下旬、それは中間テストと言う戦争の季節である。こんな地方都市の一公立高校であっても、その忌まわしき呪縛からは逃れられないのだ。


「ああ、死ぬ」


 全ての学科を終え、テスト範囲を間違える、先生たちからの思わぬ隠し玉など、その凶弾に倒れた者たちが、クラスのそこかしこに放置されるこの季節、俺もそんなゾンビの一人となっていた。


 この五月、ロッコ市からブークサレと中々ハードな異世界冒険だった上に、トドメの中間テスト。流石に死ぬ。その上、


「何だお疲れだな? ヤマ外れたか?」


 タカシは両脇に女子を侍らせ、とても元気だった。何とも憎々しい顔だ。


「そう言うんじゃないけど、それでいいよ。そっちはヤマが当たったって感じか?」


 俺は内心の怒りを悟られないように、努めて平静を装い会話を続ける。


「まあな。俺の彼女の中には、勉強が得意な子もいるからな」


 ああ、そうですか。知ったこっちゃないけど。


「ああ、そうだ。お前に渡したい物があったんだ」


 と俺はさりげなくズボンのポケットから、その物を取り出しタカシに放り投げる。


「何これ? 指輪?」


 先端に淡い黄色の魔石が付いた指輪だ。デザインもユニセックスで男が嵌めても違和感がないだろう。


「タカシ、その指輪は向こうの技術で造られた特別な指輪でな。それを嵌めれば更にモテモテになる事間違いなしだぜ」


「へえ〜」


 感心したタカシは、それを自身の指に嵌めようとして、俺の机に戻した。


「特に必要ねえや」


「チッ」


 あ、舌打ちしてしまった。


「チッ? その舌打ち、もしかしてこの指輪、付けるとモテるんじゃなく、逆にモテなくなる指輪だな?」


 気付かれたか。ならば実力行使で付けされるのみ! 俺は指輪を手にして席を立ち、一気呵成に指輪をタカシの指に嵌めようと試みるが、その前にタカシの『魅了』に操られた女子たちが立ち塞がる。そのうちに逃げようとするタカシだったが、それをクラスの男子がとっ捕まえた。


「くっ!? 何を!?」


 訳が分からず男子たちの拘束を解こうと試みるタカシだったが、男子の中には運動部のやつもいる訳で、腕力は普通並のタカシに振り解ける訳がなかった。


「俺たちも良く分からんが、事情は察した。工藤! その指輪を前田に嵌めさせれば、こいつがモテなくなるんだな?」


 とタカシを拘束する男子の一人が声を上げる。成程、俺たちの会話が聞こえていた訳か。するとそれを聞き付けた他の男子たちも、タカシ拘束に動き出した。


「そうはさせないわ!」


 それに立ち塞がるのはクラスの女子たち。


「皆! 私たちのタカシ王子を守るのよ!」


 ここに今、男子対女子のクラス戦争が勃発したのだった。って言うかタカシ、王子とか呼ばれてたのか。似合わねえ!


「くっ」


 俺は図らずも女子たちに囲まれ、タカシの元へたどり着けない。強引に突破する事も可能であろうが、俺と女子たちではレベル差があり過ぎる。怪我をさせられないのでそれは却下だ。なので、


「パス!」


 俺は指輪をタカシと俺の中間地点にいた男子に放り投げた。それを上手くキャッチした男子だったが、その前に立ち塞がったのは、その男子の元カノであった。


 ちなみに男子の方はタカシのせいで別れたと思っているが、女子から話を聞いた感じ、男子の俺様な態度に嫌気が差したのが理由のようだ。


「その指輪を渡して」


「どけよ」


 睨み合う元彼氏彼女。教室の緊迫感が更に増した。


 と、その隙を突いてその男子の手が後ろから払われ、指輪が床に転がった。それをやったのはバスケ部の女子だ。


 床に転がった指輪を、男女総出で拾いに掛かる。そして、


「指輪ゲットー!」


 指輪を拾ったのは、クラス女子の一人であった。


「ナイス! その指輪捨てちゃって!」


 と女子の一人が窓を指差す。まさか!? と思ったのも一瞬。指輪を手に入れた女子は、それを窓の外に放り投げてしまったのだった。


「ああ〜〜!」


 男子たちは大慌てで外まで指輪を探しに行ってしまった。残されたのは俺とタカシと女子たちである。


「で、なんでこんな事したのか、教えてくれるよな?」


 タカシと女子たちに囲まれ、俺は昨日の出来事を話した。



「お兄ちゃん、私、タカシくんの事……」


 突然の事だった。夕飯前、ミデンを連れて俺の部屋にやって来たカナが、そんな事を口にしだしたのは。俺は遂にこんな日がきたのか。と覚悟を決めた。


「……タカシくんの事、あんなにモテる人だとは思わなかった」


「お、おう」


 ごくりと喉が鳴る。何でも、アオイちゃんとミデンの散歩中に、タカシが複数の女子を侍らせて歩いているのを見掛けたのだそうだ。その姿があまりに格好良かったので、ぽーっと見惚れてしまったのだと言う。


「それで、カナはタカシと付き合いたいと思うのか?」


「え? ううん。そんな事ないよ」


 ないのかよ!


「一瞬格好良いな。って思ったんだけど、ミーちゃんが「ワンッ」って鳴いたら、どうでも良くなっちゃった」


 俺はホッと胸を撫で下ろした。恐らくミデンが鳴いたのは、タカシの『魅了』を抵抗レジストする為だろう。俺はワシワシとミデンの頭を撫でて盛大に褒めてやる。


 だがまあ何にせよ。タカシの脅威が我が家にまで迫っているのを、俺は感じざるを得なかった。



「成程な。だからって、呪いの指輪はやめてくれよ」


 一通り話を聞いたタカシの言だ。確かにそうかも知れない。が、


「タカシだって、今回の件で男子たちから相当恨みを買っているのは感じたんじゃないか?」


 タカシの顔が引きつる。


「はあ。分かったよ。善処するよ。俺の魅力を控え目にすれば良いんだろ?」


 と何故か格好つけるタカシ。


「キャー、タカシくん格好良い!」


 全然説得力ないんだけど? はあ。これはミデンに俺がいない時に、番犬としてしっかり家を守って貰わないとなあ。ちなみにあの指輪は見付からなかった。誰かに拾われてしまったのだろう。

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