第81話 獅子は兎を狩るにも全力を尽くす
獅子は兎を狩るにも全力を尽くす。と言われているが、ウサギの立場からしてみれば、こんなに恐い事はない。
六月。カージッド子爵領から西へ。オレたちの旅はベフメ伯爵領に入っていた。その道中は草原が続いている。草は腰まで伸び、見渡す限りにそれが広がり、ところどころに低木が生えていた。
いつまでも変わらない風景に、俺は少し気を抜いていたのかも知れない。この世界では危険はいつも隣り合わせなのだ。
気付けばライオンの群れに取り囲まれていた。たてがみがないのでメスであろうが、三メートルはあろうかと言うその巨体が十頭以上で取り囲んでいるのだ。恐いなんてものじゃない。
素早く『聖結界』を張ったものの、それを巨体の爪や牙でガンガン削ってくる。
「ライオンって単独で狩りをするものじゃないのかよ!?」
俺は『聖結界』に魔力を注ぎながら愚痴をこぼす。
「メスは群れで狩りをするものらしいよ」
馬車の中のオルさんが説明してくれた。
「でもネコ科ですよ? イヌ科ならともかく」
「どちらも同じネコ目だね」
確かに。犬はネコ目イヌ科だった。ならネコ科のライオンが群れで狩りをしてもおかしくないか。
「って言うかバヨネッタさん! 早く退治してくださいよ!」
俺は馬車の中で呑気にミデンと戯れているバヨネッタさんに文句を言う。
「ええ? これくらいハルアキ一人で対処出来るでしょ?」
しかしこんな事を言って取り合ってくれなかった。鬼だ。この人、魔女じゃなくて鬼なんじゃなかろうか? もしくは悪魔だ。などと心の中で思っていると、小窓越しに睨まれた。恐い。
バヨネッタさんがライオンより恐いので、俺は馬車を取り囲むメスライオン退治をする事にした。
「ゥワン!」
『聖結界』から出ると、バヨネッタさんと遊んでいたミデンが、こっちまで出張ってきてくれた。ありがたい。
俺はアニンを黒剣へと変化させて右手に持ち、ミデンはドーベルマン程に大きくなってどんどん分身を増やしていく。
メスライオンたちの獲物は、馬車から俺とミデンに変わっていた。『聖結界』から出てきた俺たちを、メスライオンたちは取り囲み、次の瞬間、一斉に襲い掛かってくる。太い牙が、鋭い爪が、その巨体とともに俺たちを亡き者にせんと飛び掛かってきた。
「はっ!」
それを俺は横薙ぎで一閃する。黒い刃の波動が360度飛び出し、襲ってきたメスライオンたちを傷付けるが、相手もこの程度でやられてくれる程ヤワじゃない。
「ミデンッ」
こちらはミデンに頼んで追撃。分身たちが傷付いたメスライオンたちに襲い掛かる。
ミデンがメスライオン一頭に対して、二、三匹で対応し、メスライオンたちがそちらの対応に気を取られている間に、俺が隙を突いて黒剣で攻撃していく。
乱戦の中、俺とミデンは上手く連携を取って立ち回っていたと思う。俺が襲われそうになればミデンがカバーに入り、ライオンたちの爪牙がミデンに向けられれば、俺が刃の波動でそれを斬り裂く。
そうして徐々にメスライオンたちの数を減らしていき、メスライオンが半数まで減った時の事だった。
地面が揺れた。グラグラグラグラと揺れるそれは、地震大国日本に住む俺からすると、震度3かそれ以上と言った感じだったが、この震動に俺とミデン、そしてメスライオンたちも足を止めた。
「何だ?」
何か異常事態が起こっている。と思った次の瞬間、
『飛べ!』
アニンの言葉に反応して、俺とミデンは中空に飛び上がっていた。
ドゴォ!!
それは地中からの急襲であった。俺たちがいた地面を貫くように、何かが地中から突き出してきたのだ。
「何だあれ!? 角ッ!?」
地中から出てきたそれは、鋭く大きな角だった。そしてそれを額に備えたライオンを超える巨体。
「ギシャアアア!!」
吠えるそいつは、その角を振り回し、地上のライオンたちを攻撃していく。
「何あれ?」
着地した俺に、アニンが教えてくれた。
『ウサギだな』
「ウサギぃ!?」
そう言われてもう一度その巨体を見てみれば、確かに土茶色をした巨大角ウサギだった。
巨大角ウサギは俺とミデンが半数まで減らしたメスライオンたちを相手に、互角の戦いをしていた。それどころか角ウサギの方が優勢だ。そりゃあ獅子も兎を狩るのに全力を尽くすはずだよ。
角で突き刺し、脚で蹴る。単純だが巨体を活かした角ウサギの攻撃に、メスライオンたちは一頭また一頭と倒されていき、気付けば、巨大角ウサギは全てのライオンを倒し、俺たちを睨み付けていた。
やべえな。メスライオンたちを倒しただけじゃ物足りないってか?
巨大角ウサギが地を駆け、猛スピードで突進してきた。俺とミデンはそれを紙一重で避けると、俺はアニンを巨大な黒い布へと変化させる。
踵を返して再度こちらへ突進してくる角ウサギの攻撃を、紙一重で避けると、俺は黒い布で角ウサギの頭を覆い隠し、何も見えないようにしてみせた。
急に暗闇に視界を奪われた角ウサギは、動揺からその場で暴れ出すが、そんな状態の巨体なんてただの的でしかない。
俺は黒い布の先端を掴み、それを黒槍に変化させると、暴れる角ウサギから距離を取り、黒槍を伸長させてその首を一突きする。
黒槍を引き抜けば、傷口から迸る血。巨大角ウサギはその後もしばらく暴れ回っていたが、やがて出血多量により動けなくなり、その場に倒れたのだった。
「はあ。どうにかなったな」
俺は額の汗を腕で拭い、倒れた角ウサギに近付いてアニンを回収。黒い布を黒剣に変化させると、まだ息のある角ウサギの首を掻っ捌き、トドメを刺したのだった。
「この巨体どうしよう」
角を含まずに五メートルはあろうかと言う巨体。解体するにしても一苦労だろう。
「もうすぐ街に着くわ。解体屋もいるだろうから、そこで解体して貰いましょう」
バヨネッタさんの言で、俺は角ウサギとメスライオンの死体を『空間庫』に収納。俺たちは夕暮れの草原を、ベフメ伯爵領の領都ベフメルへと向かった。
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