第82話 カンゲキ

 俺は何を見せられているんだ?


 ベフメ領の領都ベフメルには、常設劇場がある。そこで現在上演され、人気を博しているのが、「囚われの姫と黒衣の君」と言う劇である。うん、タイトルからして内容が推察出来ると言うものだ。


「フフ、お嬢さん、あなたの私を呼ぶ声を聞きつけて、今宵、あなたの前に姿を現した愚かな私をお許しください」


現在舞台ではあの夜の出来事が再現されようとしていた。偽黒衣の君が姫の前に姿を現し、甘言とともに姫にナイフを刺そうとする。


「待ちたまえ!」


 そこに割って入るのが本物の黒衣の君だ。助けに現れた黒衣の君と偽黒衣の君は、姫の前で殺陣たてを繰り広げ、黒衣の君がその場では偽黒衣の君を追い返す。


 しかしその後、偽黒衣の君によって姫は連れ去られ、この事が引き金となって戦争が始まりそうになる。睨み合う両軍。今にも開戦と言うその時、爆音とともに白煙が舞台を覆い、それが晴れた時、舞台の中央には黒衣の君と姫がいた。黒衣の君が姫を奪還していたのだ。


 これによって戦争は回避されたが、二人の前にまたしても偽黒衣の君が立ちはだかる。この戦いに勝利した黒衣の君だったが、その素顔を隠していた仮面が、戦闘で壊され、顔がバレてしまう。その正体は隣国の王子であった。


 黒衣の君こと隣国の王子は、姫にプロポーズして二人は結ばれハッピーエンドだ。


 はあ。何これ? ほとんどが創作だな。まあ、真実をそのまま劇には出来ないだろうから、これくらいが丁度良いのかも知れない。実際、劇は大成功で、客たちからは盛大な拍手が劇を終えた役者たちに送られていた。


 劇場の最上階。貴賓席から観劇していた俺たちだったが、劇を観終えた俺はどっと疲れていた。横ではバヨネッタさんとオルさんが腹を抱えて爆笑するのを必死に堪えている。


「どうでしたか?」


 劇に感動したのか、一緒に観劇していたうるうる眼のベフメ伯爵がこちらに感想を求めてきた。


「面白かったわ! 最高よ!」


 ベフメ伯爵にそう感想を伝えるバヨネッタさんだったが、バヨネッタさんの面白いとベフメ伯爵の面白いは絶対違うと思う。



「いやあ、良いもの観せて貰ったわ」


 外は夜。帰りの自走車の中でも、バヨネッタさんとベフメ伯爵は劇の感想に花を咲かせていた。まあ、お気付きだろうが、この「囚われの姫と黒衣の君」の原案はベフメ伯爵本人で、それを劇作家が本に起こし、最近劇場公演されるようになったものだ。


 それはさておき、自走車である。俺は今、自走車に乗っている。しかもかなりの高級車なのだろう、座席もふかふかで、揺れも少ない。とは言え俺も馬車の中に乗って移動した事なんてないので、自走車と馬車の乗り心地を、本当の意味で比べる事は出来ないが。


 各々が自走車の中で楽しみを見出している間に、自走車は伯爵邸に到着した。


「お帰りなさいませ伯爵」


 ベフメ伯爵と俺たちを出迎えたのは、ジェイリスくんと屋敷の使用人たちだ。


「ベフメ伯爵」


 とジェイリスくんが、ずいと一歩前に出る。


「何かしら?」


 応えるベフメ伯爵だが、先程までのニコニコ顔と違い、少し不機嫌そうに見えた。


「公務もありますから、毎日観劇に出向かれては困ります」


 ベフメ伯爵、あの劇を毎日観に行っているのか。


「いいでしょう? その公務で疲れているのよ。一日の終わりに息抜きくらい必要だわ」


 それだけ言うと、ベフメ伯爵はジェイリスくんを無視するように屋敷の中へ入っていく。それを追い掛けるジェイリスくんや使用人たち。俺たちはそれに付いていけず、玄関前にぽつんと取り残されてしまった。


「申し訳ありません皆様。お見苦しいところをお見せしました」


 そう言って頭を下げたのは、この場に残っていたベフメ伯爵家の新たな家令、ドイさんだ。ちなみにドイさんは薄赤色の髪を後ろで結んだ妙齢の女性である。


 ドイさんは残った使用人たちに指示を出し、俺たちを各々の客室に送ってくれた。そう、俺たちはベフメル滞在中の居を、ベフメ伯爵の好意により伯爵邸で過ごさせて貰う事になっていた。



「ふう。伯爵邸で一人部屋を使えるとか、贅沢な話だ」


 部屋に通され、ばふっとベッドに横になる俺だったが、顔が自然とニヤけているのが自分でも分かる。ベッドもふかふかで良く眠れそうだが、俺は家に帰らねばならない。


 一度部屋を出ると、オルさんとバヨネッタさんの部屋に向かい、自宅に帰る旨を伝える。オルさんの部屋にはアンリさんがいて、お茶の用意をしていて、バヨネッタさんの部屋にはミデンがいた。


 バヨネッタさんの部屋に分身したミデンを残し、俺はミデン(本体)と部屋に戻る。その途中、廊下を歩く家令のドイさんとすれ違った。


「ああ、そうだ」


 会釈だけして通り過ぎようと思っていたが、伝え忘れがあった事を思い出して、ドイさんを呼び止める。


「食事も掃除もいらない。ですか?」


 俺は訝しそうに首を傾げるドイさんに首肯する。


「ええ。食事は朝昼夜、どれも基本的には要りません。部屋の掃除も、俺が夕方くらいに部屋から出てきたならしてください。部屋から出てこないようなら必要ありません」


 凄え怪しんでいるなドイさん。


「俺は学生なので、勉学に集中したいんです。食事ならこちらで勝手に用意します。それより部屋に入られて集中力を乱される方が嫌なんです」


 などと口からデマカセを並べ立てるが、通用するだろうか?


「分かりました。使用人たちには、ハルアキくんの部屋には手出ししないように通告しておきます」


 通じたようだ。これで俺がいつ何時転移門を開いて伯爵邸と日本を行き来したとしても、バレる心配は減っただろう。まあ、向こうとしては、客人の従僕が食事やら何やらを拒否したところで、問題にもならないんだろう。


 俺はドイさんに一礼してその場を離れると、部屋に戻って転移門を開き、家に帰ったのだった。

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