第279話 宇宙通信所

「……アキ、ハルアキ」


 誰かが俺に呼び掛けている。しかし暗闇に沈む俺の意識は混濁していて、重たい身体は指一本動かない。


「ハルアキ、アンゲルスタが『狂乱』を使用したわ」


 それを言われた途端に、俺の意識が覚醒し、布団から起き上がろうとして、ガツンッとおでこが何かにぶつかった。


「痛って〜〜ッ!?」


 何にぶつかったのかと周囲を見回すと、俺の横でバヨネッタさんが額を押さえて倒れていた。


「痛いわ」


 はあ。


「何をしているんですか?」


「時間になっても起きて来ないから、起こしに来てあげたのよ」


 額をさすりながら状況説明をしてくれたバヨネッタさんに、俺はハッとなってスマホを確認する。その時刻は出発時間を三分過ぎていた。どうやら寝ぼけて目覚ましを止めていたらしい。その事にブアッと冷や汗が出る。


「す、すみません! 俺、寝坊して!」


「大丈夫よ、落ち着きなさい。数分なんて誤差でしょう」


 バヨネッタさんはそう言って笑うが、就寝前に観た臨時ニュースを信じるならば、アンゲルスタによる『狂乱』テロまで時間がない。俺は布団から飛び起きて、直ぐ様外に向かおうとするが、バヨネッタさんに腕を掴まれ止められた。


「落ち着きなさい。と言ったでしょう。まずは自分の調子を確認しなさい。今回の作戦はあなたの『聖結界』が鍵なのよ? いくら時間が間に合っても、あなたが不調で『聖結界』が不完全だったら、全てが水泡に帰すわ」


 バヨネッタさんの言葉に、俺は一つ深い溜息を吐いて気分を落ち着ける。それからストレッチするように身体を解し、布団をたたみながら部屋の隅に片す。


「バヨネッタさんの方はどうですか? 俺の『聖結界』もそうですけど、今回はバヨネッタさんの魔力も鍵になってきますから」


「問題ないわ。私は完全充填状態よ」


「そうですか。こちらも完全です」


 俺の発言に満足したのだろう、バヨネッタさんが鷹揚に頷いてみせる。


「そう。なら行きましょうか」


 俺はその発言に頷き返し、二人で部屋を出る。


 宿の外に待たせていたバスに乗り込み、待機していた運転手に詫びを入れて席に座ると、俺たちは増田宇宙通信所へと出発した。



 種子島は緑の多い土地だ。道すがらも観える景色は木々が立ち並び、変わり映えと言えば、今にも日が暮れそうな夕空くらいであった。


 森林に囲まれた道を抜けると、開けた道へと出た。そこを進んでいるとパラボラアンテナが何基も天に向かって突き出している増田宇宙通信所が見えてくる。


「何かありましたかね?」


 増田宇宙通信所の方の気配を探ると、何やら騒がしい。争っているような気配があった。


「問題ないわよ」


 対してバヨネッタさんは気にしてもいないようだった。それが間違っていなかった事を証明するように、争いの気配はすぐに沈静化した。


「ほらね。あの人たちが負ける訳ないわ」


 勝手知ったると言う事だろう。争いを収めた人たちに心当たりのあるバヨネッタさんは、落ち着いた様子で車窓から増田宇宙通信所を眺めている。


 今回、バヨネッタさん級の魔力持ちを十人、この島にお呼びしたのだが、全員バヨネッタさんの知り合いで揃えられた。当初俺はリットーさんやゼラン仙者なども呼ぼうと思っていたのだが、バヨネッタさんが、人選は自分に任せろ。と言われたので、このような人選になったのだ。


 バスが入口から入ると、増田宇宙通信所の敷地内は、魔石インクで描かれた魔法陣で埋め尽くされていた。その中をバスが慎重に速度を落として通り、ゆっくり駐車場に停車する。


「まあまあ、二人して遅れてくるなんて、母として色々考えてしまうわ」


 バスを降りた俺たちにあいさつしてきたのは、バヨネッタさんの母親、幽玄の魔女サルサルさんだ。


「変な事言わないでよ」


 横のバヨネッタさんが少し頬を赤らめているが、どう言う意味だろうか? まあ、それよりも気になる事を聞いてしまおう。


「サルサルさん、どうやら侵入者が現れたようですけど、どうなりました?」


 俺の質問にサルサルさんは笑顔を返してくれる。


「懲らしめて使わない部屋に押し込んであるわ」


「そうですか。やっぱりアンゲルスタでしたか?」


「ええ。殺してしまいたかったところだけど、この国の法律ではそれは駄目なのでしょう?」


「そうですね。それに下手に殺すと自爆する可能性があったので、無力化して貰えたのはありがたかったです」


「あら、そんな事してくるのね? なら良かったわ。折角描いた魔法陣が駄目になってしまうところだったもの」


 確かに。自爆されてこの魔法陣が潰されれば、アンゲルスタの勝ちが確定していたところだ。


「それで、母さん、私たちはどこへ行けば良いのかしら?」


 バヨネッタさんの問いに、


「こっちよ」


 とサルサルさんが道案内してくれた。



「来たわね、家出娘」


 年老いた一人の魔女が、バヨネッタさんに話し掛けてきた。一基のパラボラアンテナの下で待っていたのは、オルさんや研究員たちに警備の自衛隊員、そして八人の魔女たちだった。魔女の中にオラコラさんもいる。今回バヨネッタさんに頼まれて魔女集めに奔走してくれたのだ。そしてここにアネカネの姿はなかった。青森で大変だろうから当然か。


「お久しぶりです、ジンジン婆様」


 バヨネッタさんはその老婆に近付くと跪いて一礼した。バヨネッタさんがここまで礼を尽くすのは珍しいな。


「島を飛び出した未熟者である私の招集に、こうして島の序列上位者の皆様にお越し頂き、恐悦至極にございます」


「まあ、面白そうな話だったからねえ。私らで異世界を救うだなんて、刺激的じゃないか」


 言って老婆がニカッと笑うと、周りの魔女たちがバヨネッタさんを取り囲み、わちゃわちゃと話し始める。なんだか楽しそうだな。と俺は魔女の輪を一歩離れたところから眺めていた。

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