第517話 鍵穴三つ
「インゴットだな」
地下四十三階でデムレイさんが鍵穴二つの宝箱から手に入れたのは、小さなインゴットだった。
「ふむ? この光沢に重さ、肌触り、鎧のミノタウロスが身に着けていたのと同じ素材か」
あれか。
対魔鋼:特殊な製法で造れた金属。向かってくる魔力を拡散させる。
「あれ? 神鎮鉄じゃない?」
「神鎮鉄ではないわ」
俺の独り言に、バヨネッタさんが答えてくれた。
「違っていたんですか? 俺はてっきり神鎮鉄だと思っていました」
「神鎮鉄なら、肉体強化系の魔法も無効化するわ」
そう言うものなのか。となると、この対魔鋼のインゴットはそれよりは劣る? って事か?
「でも使い勝手としては、何でもかんでも無効化してしまう神鎮鉄よりも、こっちの方が使い易くはあるわね」
「ああ、確かに?」
神鎮鉄だと防具は作れないものな。いや、
「このインゴットがあれば、罠を破壊出来るんじゃないですかね?」
と俺が発言したら、バヨネッタさんとデムレイさんに難しい顔をされた。そう上手くはいかないらしい。
「私が言うのもあれだけど、これだけ罠を張り巡らせているのだし、それにこのインゴットで出来た中ボスが現れるのだから、向こうも対策はしているのじゃないかしら? 下手にこのインゴットで罠を解除したら、別の罠が作動するとか」
それはありそうだなあ。
「じゃあ、加工して武器や防具にして、戦闘に使うって感じですかね?」
「そうなるわね」
しばらくは死蔵品になりそうだな。と俺が思っている中、デムレイさんは慎重に己の『空間庫』に対魔鋼のインゴットを仕舞った。普通に仕舞えるって事は、空間系には作用しないのか? いや、向かってくる魔力じゃないからか? 何に作用して、何に作用しないか、調べる必要もありそうだ。
その後も俺たちは順調にアルティニン廟を攻略していった。俺以外は。探索自体は捗るのだが、戦闘が厳しくなってきたのだ。主に俺の。ベイビードゥに俺がトドメを刺した事で俺のレベルが四十三まで上がり、ダンジョンの魔物とのレベル差が俺の方が上になってしまったのである。その為に『逆転(呪)』で俺の能力が低くなってしまったのだ。
先々の事を考えると、中ボスや大ボスは俺よりレベルが高いから良いが、ボス特化で雑魚を皆に任せてばかりは良くないよなあ。『代償』でレベルを下げるべきか? それも一時的なものだしなあ。
などと俺が悶々と考えているうちにも、ダンジョン攻略は進んでいく。どうやら鍵穴二つの宝箱は、一階層に一つしかないらしく、それをジャンケンで開ける人間を決めながら進んでいく。中身は片眼鏡の時もあれば、秒数や回数が倍に増えたスイッチや護符、スキルスクロールなど様々だ。
「おお! 治癒の指輪か!」
治癒の指輪:触れた者を治癒する指輪。治癒量は込めるMPに比例する。
地下四十九階で俺が鍵穴二つの宝箱から引き当てたのは、治癒魔法が使えるようになる指輪だった。思わずガッツポーズをしてしまったよ。
「はあ、小太郎くんに『回復』を奪われて以来、長かった。これで回復持ちに戻れた」
「そうね。それに治癒なら他者の傷も癒せるから、より便利ね。ポーションの使用頻度を落とせるわ」
そんな平坦に言わなくても。いや、そうか、バヨネッタさんや武田さんは、魔王の一人、ブラフマーの『抹消』による過去改変で、小太郎くんや百香がいなかった世界で生きているんだ。たまたま俺が『記録』持ちだから覚えているだけで、本来なら、俺も違う感情だったのかも知れない。二人の顔がはっきり思い出されて、少し泣きそうになるな。
そして五十一階から、鍵穴が二つの宝箱だけでなく、三つの宝箱も登場したのだった。それは同時に宝箱を守る魔物も現れると言う事だった。
ドガガガガガ……ッッ!! ズガガガガガガ……ッッ!!
バヨネッタさんたちによる連携攻撃を、宝箱を守る五メートルはある金属ゴーレムは、その自らの頑丈さと、金属壁を生み出す事で防いでいた。この魔物のやるべき事は、俺たちの討伐ではなく、宝箱を守る事だろうから、これはこれで正しいのだろうけど、硬すぎる。その上『回復』持ちで、壊した先から回復していくのだ。手数で押し切れない。
ゴーレムには確か弱点があったはずだ。と武田さんに尋ねたが、このゴーレムにそんなものはないそうだ。くっ、そう上手くはいかないか。まあ、それも織り込み済みの連携攻撃なんだけど。
ゴーレムの意識を前方のバヨネッタさんたちに集中させている間に、俺と武田さんが『転置』でゴーレムの後ろに移動、素早く鍵穴三つの宝箱を開けてその場を脱出する作戦だ。
上手くいくと思ったんだが、ゴーレムの反応が早過ぎた。武田さんが『転置』で転移するなり、ぐるんと上半身だけ回転して、俺たちに襲い掛かってきたのだ。それを防ぐ為に俺は慌ててアニンで大盾を作った。相手は機械的なゴーレムである。害意や敵意を持ち合わせておらず、『聖結界』が効かない可能性があったからだ。
「ぐっ、武田さん!」
「もう開けた!」
流石はピッキングの天才。と思ったところで、ゴーレムの重い拳にアニンの大盾も限界がきていた。やはり重量系の魔物の相手はきつい。早く転移しなければ。
「伏せろ!」
そこに響く武田さんの一言に、はあ!? と思いながらも、俺はその場に伏せた。すると光線がビーッと俺の頭上を横切り、あの硬いゴーレムが上下に切断されたのだった。
何事が起きたのか理解出来ず、武田さんの方を振り返れば、武田さんの右手には、剣の柄が握られており、そこから伸びる剣刃は、金属のそれではなく、光で出来ていた。
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