第511話 ハイリスクハイリターン?

 地下三十七階。角が羊のようになっている鹿の魔物が、俺たちを見た瞬間に逃げ出した。何あれ?


「追え! 工藤!」


 は?


「いや、武田さん、いきなり追えと言われましても」


「あいつがこのフロアの中ボスなんだよ!」


 はあ!?


「逃げてましたけど!?」


「逃げまくるタイプもいるんだよ!」


 そんなのもいるのか。これまでにミノタウロスのようなパワータイプ、狼のようなスピードタイプ、人間のような万能タイプ、コウモリのようなデバフを仕掛けてくるタイプなどが出てきたけど、ここに来てまた新しいタイプか。


「と言うか、何で俺が追う係なんですか?」


「『二倍化』の影響で、お前が今一番スピードがあるからな」


 まあ、確かにそうか。


「これ俺だけが追う事になりません?」


「大丈夫だ。向こうは紙装甲だから」


 ああ、そうですか。とりあえず俺は『有頂天』で逃げていった鹿の魔物の場所を探知する。くう、このフロアが円環状に繋がっていなければ、どこか一ヶ所に追い込むのに。


「それじゃあ、俺が追いますから、戻ってきたら討ってください」


 これに皆が首肯し、俺は鹿の魔物を追い掛けた。



「だあ! もう!」


 上から炎の槍が降ってくるし、かと思えば、下の落とし穴には油が貯まっていて燃え上がるし、それを越えたらツルツルの上り坂かよ。面倒臭い。


 俺はこれらの罠を、アニンをバトルスーツに変化させる事で無理矢理突破し、ぐんぐんと突き進んでいく。今の俺はステータス的にはレベル八十でもおかしくないからな。鹿を追うなんて楽勝だぜ。


 などと思いながらフロアを一周して追い込んできたら、バヨネッタさんたちが待ち構える部屋の前の部屋で、鹿の魔物は転移罠に自らかかって、別の部屋に転移しやがった。マジか!?


 仕方なくバヨネッタさんたちと合流したんだけど、


「何をやっているの?」


 そりゃあ、怒られますよね。


「すみません、目算が甘かったです」


「いや、あいつは中ボスの中では厄介な方なんだよ。スピードもあるしずる賢い。階が下ると分身とかまでしてくるからな。逃げるプロを追い掛けるのは難しいって」


 武田さんにしては珍しく真っ当なフォローでありがたい。


「とりあえずさっきの部屋の罠は解除してきましたけど、これでどうにかなりますかね?」


「なると良いな」


「きっとなるよ」


「なるんじゃないか?」


「頑張ってください」


「ハルアキ様なら出来ます」


「どうにかしなさい」


 さあ、どの言葉を誰が言ったでしょう? などと馬鹿な遊びをしていないで、俺は鹿の魔物を追いますかね。


 どうやら向こうにも探知系の能力があるらしく、俺が動くと向こうも動くのだ。そして鹿の魔物はどの罠がどんな効果を引き起こすのか理解しているらしく、俺が追い込んでも転移罠で次々転移していくのである。このままでは鹿の魔物の転移を止める為だけに、二十個のスイッチを全部使う事になってしまう。そんな事になったら、バヨネッタさんからどんなお叱りを受ける事になるか。なので俺は五周で鹿を追う事を諦めた。それに考えもあるし。



「ハルアキ?」


「分かっています。分かっていますから詰め寄らないでください、バヨネッタさん」


 俺が諦めて帰ってきた事で、バヨネッタさんの目が据わっている。


「このままだと、無駄にスイッチを使うだけなんですよ。それはバヨネッタさんも嫌でしょう?」


「それは、まあ」


「なので、先に宝箱を確認してからにしましょう」


 これにはバヨネッタさんもにこにこ顔だ。


「でも工藤、スイッチを無駄にしない為だと言っても、それならバヨネッタたちに宝箱を諦めて貰った方が確実なんじゃ…………、何でもないです」


 武田さんも、わざわざ自ら地雷を踏みに行かなくても良いのに。


「いえね、ちょっと試したい事があるので、それをさせて貰えないかと」


「試したい事?」


 バヨネッタさんを筆頭に、皆が首を傾げている。



 俺が皆を連れてきたのは、三十七階のとある部屋だった。ここまでもいくつか宝箱を発見しているし、エメラルドの像もゲット出来ているので、フロアでのお宝ゲット数的には上々と言える。だが、俺が皆に見せたかったのは、それではない。


「これです」


「宝箱だな」


 じゃじゃーんと俺が皆に見せたのは、そう、武田さんが言うように一つの宝箱である。


「工藤。この宝箱がどうしたって言うんだ?」


「それはですね……」


「この宝箱、鍵穴が二つ付いているわね」


 流石はバヨネッタさん。目の付けどころが武田さんとは違うな。バヨネッタさんも、中身が期待出来ると目をキラキラさせている。


「ああ、あったなこんな宝箱。鍵穴が二つ付いているんだから、中身も良いと思ったけど、別に、スイッチが入っていただけだったぞ」


 と言う武田さんの言葉に、がっくり肩を落とすバヨネッタさんとデムレイさん。まあ、ここら辺までは予想通りかな。


「でも武田さん、その時って、鍵を使わずに宝箱を開けているんですよねえ?」


「そりゃあな。鍵を使うと宝箱から高レベルの魔物が出てくる事は、既に理解していたから…………、ってまさか!」


「そのまさかです。この宝箱に鍵を使ったら、どうなるかと思いまして」


 これには武田さんだけでなく、皆が考え込む。確かにこれはリスキーだ。普通に考えれば、鍵穴が二つの宝箱に鍵を使えば、更に高レベルの魔物が出てくる危険性が高い。


「ハルアキは、何故この二つ鍵穴が付いている宝箱に、鍵を使おうと考えたの?」


 バヨネッタさんの質問で、俺に皆の注目が集まる。


「理由は二つあります。一つはあの鹿の魔物が罠の位置や効果を完全に把握しているので、攻略法的に大量スイッチによるゴリ押しと言う、美しくない攻略をしなければならない事。カヌスのダンジョンとして、それはどうなのだろう? と思いました」


「確かに、今までもスイッチや護符なんかの救済措置はあったからな。それがここに来てスイッチを大量に使わせるだけの魔物を配置するのはおかしいか」


 とデムレイさんは一定の理解を示してくれた。


「もう一つはこれまで獲得してきた鍵が多過ぎる事です。だって、結局鍵を使わないのは、このアルティニン廟を攻略している俺たちだけでなく、このアルティニン廟を設計したカヌスだって理解していたはずです。それなのに、ここまでの宝箱は、必ず二個一対でした。そして片方には鍵が絶対に入っていた。使わないと確定しているものを、この階層まで出し続けるでしょうか?」


「成程、どこかで鍵を使う場面がある。と考えるのが妥当かも知れないね」


 ミカリー卿の言に俺は首肯した。


「二つの理由は確かに納得させるものだが、やはりリスキーである事に代わりはないぞ」


 と武田さんは苦言を呈する。


「ええ。なのでここは多数決でも……」


「必要ないわ。ハルアキ、鍵で開けなさい」


「バヨネッタさん!?」


「ここは私の国よ。勅令よ、やりなさい。それにどうせ皆、反対なんてしないでしょうし」


 ぐるりと皆を見ると、皆乗り気のようだ。一人武田さんは不承不承と言う感が出ているが。


「じゃあ、開けますね」


 俺は頷く皆を見てから、二つ鍵穴の付いた宝箱に振り返った。

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