第618話 歓迎
眼前にいるのはタツノオトシゴ。
『ようこそ。フォルンケイン国はあなた方を歓迎します』
砂地の地面に赤いサンゴの森。そこに地上から三十センチ程ふわふわ浮かぶ人間大のタツノオトシゴが、『念話』でコミュニケーションを取ってきた。
なんやかんやで地下界までたどり着いた俺たちを待っていたのが、タツノオトシゴの集団である。初めこれを見たバヨネッタさんが攻撃しそうになったのを、俺が制止した。集団の先頭にいた人物? に見覚えがあったからだ。
「どうも、ラフーシさん。エキストラフィールド以来ですね」
サングリッター・スローンを降りた俺たちは、俺を先頭に、タツノオトシゴの集団とあいさつを交わす。握手しようかと思ったけど、そもそもタツノオトシゴに手はなかった。
『ええ。ハルアキ殿もお変わりないようで』
はは。ここに来るまでに危うく死にかけましたけど。
ラフーシさんは六領地同盟により、このフォルンケインよりエキストラフィールドへ助役として派遣された人物? だ。地球で言えば大使くらいは偉い地位の魔物だろう。
『それでは、ゲストにここで立ち話をさせる訳にもいきませんので、早速王城へ向かいましょう』
そう言ってラフーシさんが振り返ると、砂地に隠れていた巨大なヒラメが現れた。
『これにお乗りください』
移動手段まで手配してくれていたのか。
「それに乗らないといけないの?」
振り返ると、バヨネッタさんが少し難色を示している。嫌と言うよりは、サングリッター・スローンで行きたいのだろう。あのヒラメはお世辞にも乗り心地が良いようには見えないしね。
『その船で追い掛けてきて頂いてもよろしいですが、魔物に襲われても、我々は関知しませんよ』
ああ、あのヒラメに乗っているならお客さん扱いするけど、そうじゃないなら、その限りではない。って事か。
これを聞いてバヨネッタさんも他の面々も、渋々と言う感じで納得する。皆、一応ここは公式の場なんだから、そんな顔に出すのはどうかと思うけど。すぐに顔に出る俺には言えないか。
「おお! 速いな!」
タツノオトシゴたちと並んで、俺たちの先頭ではしゃぐリットーさん。巨大ヒラメは確かに速かった。振動のようなものは特になく、地上すれすれを泳ぐように高速で飛翔する。林立するサンゴも、見事に躱しながら高速で泳ぐヒラメに、俺たちは振り落とされない為に這いつくばるように姿勢を低くしている。前に風除けとしてゼストルスがいるから、なんとか姿勢を保っていられるが、いなくなったら風でふっ飛ばされそうだ。
「この国は、基本的には皆さんのような魔物が生活しているんですか?」
ここでただ耐えているだけと言うのも、弱い印象を与えるかと、ラフーシさんに話し掛ける。
『そうですね。三割は我々浮馬族ですが、他にも様々な種族が存在しますよ』
へえ。浮馬族って言うのか。
「これから拝謁する王様も、浮馬族なんですか?」
『はい。このフォルンケインは基本的に浮馬族が他の種族の上に立ち、治める国ですから』
成程。
「もしかして、王様も女性ですか?」
先程ラフーシさんたちとあいさつを交わしたが、全員女性だったので、この国の王様も女性なのかも? と尋ねてみたのだ。
『ええ、そうですよ』
やっぱりか。
「浮馬族的には、男性は子育てなど家庭を守る感じの立ち位置ですか?」
『はい。女が外で働き、男は家庭を守る。それが伝統的な浮馬族の生き方です』
俺の想像通りで、思わずニンマリしてしまう。タツノオトシゴって、メスがオスに卵を産み付け、出産、子育てはオスがするのだ。浮馬族もそれと同様の生態をしているようだ。
『見えてきました』
などと思考の海に沈んていたら、ラフーシさんの『念話』でハッとなり前を向く。見えてきたのは端から端まで一キロ以上はある蒼いテーブル状のサンゴが、段々の層を造り、その層の一番上のサンゴに、キャベツのような団子状の薄紫色のサンゴが乗っている。大きさはドームくらいありそうである。
『あれが王都フォルッケです。そしてあの頂上に鎮座するのが、我らが王、パピー様の居城です』
王都フォルッケに近付くと、その様相が良く分かる。テーブル状のサンゴには、穴が空いていたり、曲がりくねった道があったりし、その道を魚人や人魚などの魔物たちが闊歩している。そんな風景を横目に、俺たちが乗る巨大ヒラメは、上へ上へと飛んでいき、最上層のテーブル状サンゴの上で鎮座する、王城の前で静かに停止した。
「おお……」
そこで待っていたのは多くの浮馬族で、何やら大歓迎されている。
「なんでこんなに大歓迎されているんだ?」
ヒラメから降りた武田さんが、眉間にシワを寄せながら、眼前の光景を怪しんでいる。まあ、それはそうだよなあ。こんなに歓迎される理由が見当たらない。他の皆もそうらしく、自分たちを歓迎する魔物たちに戸惑いを隠せずにいた。
『どうぞ、付いてきてください。王がお待ちです』
俺たちの戸惑いを知ってか知らずか、ラフーシさんは俺たちが全員ヒラメから降りたのを確認すると、先頭に立って先導を始める。それに置いていかれないように歩いていく俺たち。
王城は薄紫色のサンゴが、縦に層になって出来ており、まさにキャベツなどの葉野菜のような造りだ。内部は迷路のようで、ラフーシさんを見失えば、自分たちがどこにいるのか分からなくなりそうだった。
そんな通路を二十分程歩くと、通路の先、右側の壁に一際明るい出口が見えてきた。あそこが謁見の間かな? と思い気を引き締める。
『パピー王、ハルアキ様御一行をご案内致しました』
部屋の前で一礼するラフーシさんの後に続いて、俺たちは中に入る。と言うか俺が皆を連れている形になっているのか。面映いな。
謁見の間では目映い光を放つ、他の浮馬族よりも一回り大きな浮馬族が、玉座と思われる席で浮いていた。どうやら彼女がこの国の王であるようだ。
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