第617話 美味しく頂く

 その後も、アルティニン廟から出航したサングリッター・スローンを、様々な魔物が襲ってきた。


 イカはもちろん、一メートル以上あるアジやサバが集団となって、まるでそれぞれが砲弾の如くサングリッター・スローンに体当たりしてくるのを魔力シールドで防御したり、風景に擬態した巨大タコが、その八本の脚で船体を締め付けてくるのをレーザー砲で切断したり、巨大鮭がイクラ爆弾を投下してくるのを右へ左へと回避したり、巨大なタイが優雅に空中を泳ぐ横を静かに潜航したり、巨大ホタテ貝がその二枚貝をパクパクさせながら空中を飛び回る姿に驚いたり、どこまでも続くアナゴや、列をなして行進するエビ、滑空するトビウオの群れに、縦になって泳ぐ巨大タチウオ。


 様々な魚介……、魔物はアクティブな奴もいればノンアクティブな奴もおり、サングリッター・スローンは無駄な戦闘を避ける為、それらを刺激しないように降下潜航していた。


「う〜ん、寿司が食べたくなってきた」


「工藤、お前なあ…………、分かる!」


「分かるのかよ!」


 俺と武田さんが地下界の生態を目の当たりするに、そんな風にはしゃいでいると、シンヤにツッコまれた。


「そもそもセクシーマンはこれで二度目だろう? 何でそんなにはしゃいでいるんだ?」


 デムレイさんの当然の疑問。


「いや、前回は降りるのに精一杯で、どんな魔物たちだったかなんて、記憶に残っていなかったんだよ。それに日本人として転生した身からしたら、眼前の風景は食欲をそそるものがあるんだ」


「分かります! 水族館とか行くと、美味しそう! って思いますよね!」


 武田さんに乗っかる俺。それに対して皆が溜息を吐く。


「ハルアキがこんなに食い意地が汚いとは思わなかったわ」


 バヨネッタさんが額に手を置いている。頭痛いって感じかな。


「日本人って言うのは、こう言う生き物なんですよ」


 何ら恥じる事はなし。と俺が返せば、「はあ」とまた皆が溜息を漏らすのだった。


「シンヤ、どうなの?」


 ラズゥさんがシンヤに尋ねる。


「ええ!? 僕!? 僕はそんな事ないけど……」


「あ、シンヤ、ズルいぞ! 一人だけ逃げようとして」


「そうだそうだー」


「タカシだったら、絶対俺と同じ感想を口にするね」


「そうだそうだー」


「タカシはそうかも知れないけど、僕は違うから。それにそれ、浅野さんとかリョウちゃん相手に言える?」


「言える。何なら中学の修学旅行で沖縄の水族館に行った時、浅野の隣りでおんなじ事を口にして引かれた」


「そうだそうだー」


「いや、引かれてるじゃん!」


「いや、浅野も大概だったぞ。水族館の水生生物の薀蓄うんちくを滔々と傾けて、何なら表記間違いを飼育員に指摘して、クラス全員引いていたから」


「うわあ、想像出来るなあ」


「そうだそうだー」


「タケダ、黙れ」


「そうだそ……、はい」


 ノリノリだった武田さんが、バヨネッタさんの一言でしゅんとなる。良い大人が何をやっているのやら。俺擁護派の武田さんに、何か一声掛けようか、と口を開いた瞬間だった。


「下に何か集まっています!」


 俺の発言で全員が下を見遣る。と遠目に見て、下が白い何かで八十パーセント程埋め尽くされていた。何だあれ?


 サングリッター・スローンは、その白い何かを刺激しないように、ゆっくり降下していく。そして近付いて分かったのは、それが半透明の天使もどきだと言う事だ。


「クリオネ……!」


 流氷の天使とあだ名されるクリオネが、密になってふわふわ浮いている。それは地球のクリオネよりも、より天使に近いシルエットで、全体が白く半透明で、頭はあっても顔はなく、手があり、足があり、背中に翼が生えている。そんな天使が飛空艇の周囲をふわふわ浮いている姿は、とても幻想的なものであった。


「あれも食べるのか?」


 ヤスさんが、こちらを振り返って尋ねてくる。


「え? ああ、食べられるとは聞いた事ありますね」


 俺のこの発言に、先程よりも引く面々。そっちから聞いておいて酷くない?


「でもクリオネって、苦いしシンナー臭いしで、美味くないらしいぞ」


「そうなんですね」


 武田さんの言に、明らかにホッとしないで欲しい。そもそも食べないよ。それよりも気になるのが、


 バン! バンバン! バン!


 当然だが周囲のクリオネの密度が高く、バンバン船体にぶつかってくる。傍目には美しいクリオネも、船体にへばりつく姿はお世辞にも美しいとは言えない。しかもそんな天使たちは、


「ひいっ!?」


 ラズゥさんがショッキングなものを見て、思わず悲鳴を上げる。そうだよねえ。クリオネと言ったら、バッカルコーンだよねえ。天使たちはその頭部を、ぐわばぁと花のように開くと、その花弁を触手のように伸ばして、船体にかぶり付いてくる。おお、小さなクリオネでもショッキングなのに、これが人間サイズとなると更にホラーだな。しかもそれだけではない。


「船体を溶かしてきている!?」


 どうやらクリオネたちは、頭部から溶解液を吐き出しているらしく、それが船体と反応して煙が上がっている。黄金の船体を溶かすとか、王水かよ! などとツッコんでいられない。魔力シールドを張っているのに、それでも溶かされているのだ。これは不味い。と俺は『聖結界』を張る。これで弾かれるかと思ったら、『聖結界』はクリオネたちを素通りしたのだ。


「はあ!? 何で魔王の領域で聖属性の魔物が現れるんだよ!」


 そんな愚痴をこぼしたところで意味はない。どうにかしなければならないのだが、船体全体にクリオネどもが張り付き、そのせいで重機関銃やレーザー砲が機能しない。これは本当に不味い。


 ゴオオオオッ!!


 そこへ頭上から炎が降り注ぎ、船体に張り付くクリオネたちを焼き殺していく。リットーさんがゼストルスに竜炎を吐かせたのだ。しかし、


『ぎぃやあああああ!!』


『たすけてえええ!!」』


『死にたくないいいい!!」』


 天使たちは焼かれながら、『念話』によって断末魔の叫びを上げる。それは本当に人が生きたまま焼かれているかのようで、いくら耳を塞いだところで、精神に響き渡ってくる。その凄惨な光景にラズゥさんはそれでも目と耳を塞ぎ、他の面々も目を逸らす。


 こんな状況がいつまで続くのか、と露悪的な光景に眉根を寄せて、早くこの空域から脱出したいと望んでいると、『瞬間予知』が遠方から高速で接近してくる何かを捉える。俺は今度こそ、と『聖結界』を発動させてそれに備えると、高速で接近してきたのは、このサングリッター・スローンさえ丸呑みに出来そうな程巨大なマグロだった。


 そのマグロは口を大きく開けて、こちらへ接近してきたかと思ったら、ばくんとその場に漂っていたクリオネたちをこそ丸呑みにした。


 突然のマグロの襲来に、天使たちは慌ててその場から霧散していく。それでもマグロからは逃げ切るのは困難だったようで、眼前では巨大マグロによって、多くのクリオネたちが呑み込まれていく。


 それはまるで嵐のようで、こちらはそれに呑み込まれないように気を付ける事に精一杯で、時間にして五分と経たず、クリオネのほとんどを呑み込んだマグロは、食欲を十分満たしたのか、俺たちは呑み込まれる事なく、マグロはどこかへ行ってしまった。


「何だったんでしょう?」


「知らないわよ」


 俺の呟きに、天を仰ぎ見るバヨネッタさん。


「何であれ、やっぱり天使は碌なものじゃないわ」


 スキル『金剛』と『黄金化』を使い、溶けた船体を修復しながら、バヨネッタさんは言葉を吐き捨てる。


「でもマグロは美味しいですよ」


 俺の余計な一言で、皆から睨まれてしまった。

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