第462話 してやったり

「リコピン、サングリッター・スローンを浮かせておくのに、どれくらいの人工坩堝が必要になる?」


『三分の一、十個もあれば十分です』


「なら残りはこちらが使わせて貰う。バヨネッタさんの魔力をこちらへ」


『了解しました』


 言うなりリコピン経由でバヨネッタさんの魔力が俺に流れ込んでくる。そんな中、俺は円を描くように踊りだした。武田さん、バンジョーさん、イヤルガムは何を始めたのか不思議がっていたが、これは五閘拳を使う上で大事な前運動なのだ。俺は三人を無視して武踊を踊りながら、俺とバヨネッタさんの交ざった魔力を、サングリッター・スローン全体へと行き渡らせていく。そうやってサングリッター・スローン内の人工坩堝に俺とバヨネッタさんの魔力が浸透していき、高回転を始める。


「おい! 大丈夫なんだろうなあっ!?」


 不安そうに席にしがみつく武田さん。バンジョーさんとイヤルガムも同様だ。だが俺は今三人に返事をしている場合ではないのだ。高回転を始めた人工坩堝それぞれで高魔力が暴れ出し、その制御に神経をすり減らさなければならない。その間もスピンクスはこちらへ攻撃をやめる事はなく、操縦室の床面はスピンクスの攻撃を避ける度に揺れる。


 そして一度こちらから距離を取ったスピンクスがサングリッター・スローンの遥か上空へと飛び上がる。そうしてその巨大な突撃槍を両手に持ち、急降下してくるスピンクス。地球最速のはやぶさは、落下速度が最速であり、その最大速度は時速三百九十キロにも及ぶと言う。そんな猛禽類とは比べものにならない巨大な怪物が、高高度からこちらへ迫ってきていた。


「でもそれ、失策だったね」


 俺は武踊を既に終え、上空を見上げながら呟いた。


「リコピン!」


 アニン経由で俺の指示を汲み取ったリコピンが、サングリッター・スローンをギリギリでスピンクスの攻撃から躱す。俺たちの横を通り過ぎるスピンクス。そのスピンクスに向かって、俺は、俺とバヨネッタさんの魔力が浸透した二十個の人工坩堝と、俺の坩堝によって生み出された重拳の一撃を、未だ下降中のスピンクスに撃ち出した。


 ズドーーーンッッッッ!!!!


 耳をつんざく爆音と振動の後、地煙がもうもうと地面から噴き上がり、周囲を覆い隠した。何も見えなくなった為に、スピンクスや俺たちを覆っていたオーロラもどうなったのか分からない。魔力を使い過ぎて全合一が使えないからだ。サングリッター・スローンには魔電ハイブリッドバッテリーがあるから墜落する事はない。なので煙が落ち着くまでその場で待機していると、やがて煙が晴れ、その隙間から空が見える。そこにオーロラはなかった。


「倒した。って事か?」


 武田さんがこちらを振り返るが、それはまだ言い切れない。俺はリコピンに指示して地上まで降りると、そこには底が見えない程の大穴が開き、その底まで降るとスピンクスだった者たち、ノウリヤたちの死体が転がっていた。


「先を急ごう」


 そう口にしたのはバンジョーさんだ。確かに彼女たちを弔ってあげる時間はない。キャンピングカーを追おうとしたところで、


「その前に」


 と武田さんが、『転置』を使って二次テスト挑戦者たちと己の従魔であるヒカルを回収する。何が起こったのか理解出来ていない二次挑戦者たちに事情を説明しつつ、俺たちはサングリッター・スローンを飛ばす。


 説明を武田さんに任せ、オレはまだ眠っているバヨネッタさんを後方の私室のベッドに寝かせると、その世話をカッテナさんに任せて操縦室に戻った。



 先を行くキャンピングカーにはすぐに追いついた。


 ダダダダダダ……ッッ!!


 重機関銃で威嚇射撃すると、キャンピングカーはすぐに止まる。早くないか? と違和感を覚えながらも、俺たちはサングリッター・スローンをキャンピングカーの横に着陸させる。


 二次挑戦者たちは直ぐ様サングリッター・スローンを出ると、キャンピングカーを包囲した。俺と武田さん、バンジョーさんはサングリッター・スローンの中だ。見た目は普通のキャンピングカーだが、改造が施されていても不思議じゃない。緊張感が高まる中、後部座席から袖が銀糸で彩られた白いローブを着た男たちが出てきた。


「ニートニー大司教にカズ大司教!? それにデーイッシュ派の司教たち!」


 二次挑戦者たちと一緒にキャンピングカーを囲っていたイヤルガムは、流石に相手の顔を知っていたようだが、大司教に司教? デーザン卿だかマキシマ卿だかの枢機卿じゃないのか?


「私はハルアキです。そのキャンピングカーの中を改めさせて頂いてよろしいですか?」


 おれがマイク越しにスピーカーで尋ねると、大司教たちはにやりと口角を上げて後部座席へのドア前を譲った。当然の如く一番初めにイヤルガムが突入し、その後にあの電ナイフ使いなど、前線組が突入したのだが、そこから出できたのは、扇情的な服装をした女性たちだった。


「どう言う事でしょう?」


 流石にあんな扇情的な服装をした女性たちが枢機卿とは思えない。俺が横の武田さんに意見を求めたところで、バンジョーさんに通信魔法が入った。


「なんだって!?」


「どうしました!?」


 俺が尋ねると、バンジョーさんは苦虫を噛み潰したような顔で口を開いた。


「首都マルガンダを、多数の天使が包囲しているそうだ」


 天使? もしかして人工天使か? くっ、やられた! デミス平原を囮に使って、俺たちがストーノ教皇から遠ざかったところを狙ったのか!


「はっはっはっはっはっはっ」


 と横から笑い声が聞こえ、不謹慎だな。と振り向けば、武田さんがこちらが凍えるような目をして声だけ笑っていた。


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