第210話 賠償金請求先

 バヨネッタさんが呆れたように口にする。


「だってそうでしょう? 私たちと遭った時、この勇者、なりは立派だったけど、無一文だったのよ?」


 確かに、屋台で買い物も出来ない状態だったな。


「それは別に信用していない訳ではありません。勇者様が下らない詐欺や詐言誑言さげんきょうげんの類いに騙されないようにとの配慮です」


 とラズゥさんは言い返す。


「へえ。それって、あなたたちがこの子を騙しているのではなく?」


「なんですって!!」


 激昂して顔を真っ赤にするラズゥさん。それをサブさんが後ろから羽交い締めにする。


「聞き捨てならないわね。アタシたちはシンヤちゃんの事、騙してなんていないわよ」


 とラズゥさんを羽交い締めにしたまま、サブさんが反論してきた。


「シンヤちゃんはお人好しだから、言い寄ってくる有象無象の選別が出来ないのよ。それで不味い状況に陥った事が何度かあるの。だからそう言った状況を防ぐ為に、とりあえずシンヤちゃんにはお金を持たせない。って方針になったのよ」


 成程。ちょっと納得の答えだ。政治家の息子にしては、シンヤは真面目に育ち過ぎたからな。海千山千の詐欺師にでも目を付けられたらと考えると、そりゃあ大金を持たせるのは怖いか。


「それにしても、小銭も渡さないのはやり過ぎなのでは?」


 俺の反論に、四人は互いに視線で会話を交わしていた。なんか、責任のなすりつけ合いをしている感じだ。


「まあ良いわ。そちらにも事情があるみたいだし。私は別に、払うものを払ってくれるなら、相手は誰でも良いのよ」


「は、払うものを払う?」


 ラズゥさんがバヨネッタさんに尋ねた。


「そうよ。私たちだってこの勇者を止めるのに、代償がなかった訳じゃないのよ? こちらの被害の分、相応の賠償金を払ってくれれば良いのよ」


 バヨネッタさんは当然の要求をしているはずなのだが、四人は、何言っているんだこいつ? みたいな顔になっていた。


「勇者被害は天災と同じ扱いなのだから、賠償金なんて出る訳ないでしょう。国に請求しなさい」


 ラズゥさんはそれが、さも当然であるかのように答えた。勇者被害は天災? なんだそれは? 初めて聞くんだけど?


 バヨネッタさんも同じようで、ポカ~ンとしているし、バンジョーさんを見ても顔を左右に振るばかり、一人リットーさんだけが、思い出した! って顔をしていた。


「そう言えば、勇者が戦うとその被害が周辺まで及び、相当な被害額になるので、パジャンやその周辺国など、東の大陸の多くの国では、勇者被害は天災指定されており、勇者やそのパーティへの直接的な損害賠償はしないと、法律で決められていたのだった!!」


 マジかよ!? まあ確かに、勇者レベルであるバヨネッタさんとリットーさんが戦った闘技場は、無残にも崩壊した訳だし、あのレベルの戦いが各地で繰り広げられては、勇者への損害賠償はとんでもない額になる。勇者やっているだけで破産だもんな。


「そんな常識も知らないだなんて、魔女はやっぱり駄目ね。リットー様も、お仲間は選んだ方が良いですよ」


 ラズゥさんは呆れたように首を左右に振るった。それがバヨネッタさんの神経を逆なでしたらしい。


「ふ、ふふふふ」


「何を笑っているのよ?」


「残念ねえ、聖女様。ここはパジャンでもなければ、東の大陸でもないのよ。ここは西の大陸にあるエルルランドと言う国なの。勇者被害が天災? そんな事知った事ではないわね。勇者が出した損害分きっちり耳を揃えて払って貰うわよ」


 バヨネッタさんの言葉にラズゥさんが、理解出来ない。と言った感じで怪訝な顔をする。


「何を言っているの? ここはペッグ回廊の深部でしょう?」


「残念。あなたたちが今いるここは、エルルランドにあるデレダ迷宮の深部よ。あそこにある、あなたたちが通ってきた大渦は、空間を繋ぐ転移扉のようなものだったのよ」


 驚く四人。


「本当ですか?」


 ヤスさんがリットーさんに尋ねる。


「うむ! ここはデレダ迷宮の深部だ! 決してペッグ回廊ではない!」


 信じられない。と言いたげな顔だ。四人して、あの大渦がどこに繋がっていると思っていたのだろう? 魔族たちが住む東南の大陸かな? だったとしても、勇者被害が天災と言う事にはならないと思うけど? それとも東南の大陸でも同様の法律があるのだろうか?


「そもそも、勇者被害でもありませんしね」


 俺の発言に更に驚く四人。


「今回の事はギリードと言う魔王軍所属の魔物が引き起こした事です。だから請求はギリードに求めるべきです」


 俺の言葉に、大きく頷く勇者パーティの四人。


「ですがギリードは既に死んでおり、その傀儡かいらいとなったシンヤだけが残りました。そしてギリードの蛮行に対してシンヤ自身が、自分に一定の責任がある事を認めて、弁償すると明言しています。なので、相応の賠償金は払って欲しいところです。なにせこちらも死にかけましたからね」


 俺の発言に絶望する四人。え? 勇者パーティって揃って皆貧乏なのか?


「ええと、ちなみにいくらぐらいの金額になるのでしょう?」


 ラズゥさん、俺に尋ねてこられても困る。俺はバヨネッタさんを見た。


「四億で良いわ。本当は十億欲しいところだけど。大まけにまけてあげる」


「四億ッ!?」


 素っ頓狂な声を上げたのはシンヤだった。


「一ギンが約五円だから、二十億円……」


 膝から崩れ落ちるシンヤ。


「ええと、シンヤ。パジャンではギンが通貨なのかも知れないけど、こっちではエランが通貨で、一エラン、十円なんだ」


 シンヤの動きが止まった。と言うより、勇者パーティ全員の動きが止まった。まあ、確かに、懸命に生きてきて、いきなり四十億円払えと言われれば、思考停止で固まるか。


「だからキュリエリーヴで良いって言ったのに」


 とバヨネッタさん。つまりキュリエリーヴには、四十億円、いや百億円以上の価値があるって事ですね。これを聞いてラズゥさんが泡を吹いて倒れたのだった。

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