第498話 宝箱
周囲を見回すも、俺以外誰もいない部屋。
「皆、生きている?」
皆に持たせた通信魔道具に話し掛けるが、応答はない。くっ、通信的にも遮断されたか。それならばと、俺は夢幻香の指輪に火を点し、『有頂天』状態となって辺りの気配を探索する。
そうすれば見えてくる目茶苦茶な地下一階の構造。大きさは半径一キロ以内に収まっているが、その中に仕掛けられている罠の数は百を有に超えるだろう。そんな地下一階で、仲間はバラバラの位置に飛ばされていた。間違いなくバヨネッタさんがエメラルドの像を取ったのがトリガーだったよなあ。
「はあ」
『どうするのだ?』
と腹の中のアニンが尋ねてくる。そのどうするは、仲間との合流をって事? それとも迂闊な行動をしたバヨネッタさんに対する追求?
『最初の階層でこうなったのは、教訓として受け止められるが、ハルアキの仲間にはレベルが低い者も少なくないのだ。待っていては死ぬぞ』
そうだ! 既にカッテナさんとダイザーロくんは戦闘に突入しているようで、俺と同じく『空織』で感知出来る武田さんは、ヒカルの結界に閉じこもっている。他の皆も各々動き出しているようだし、こちらも動き出すか。まずは武田さんとの合流かな。
と一歩踏み出したところで、床に隠されていた魔法陣が発動した。そして出てくる魔物たち。はあ。何もない部屋はないって事かな。俺はアニンをバトルスーツのようにまとい、『清塩』と『聖結界』で出来た白い曲剣で、出現してくるアンデット系魔物たちを斬り伏せていく。
部屋の魔物を全て倒したところで、入り口から廊下に顔を覗かせる。と、
ズシャンッ!
と入り口上部からギロチンが落ちてきた。『瞬間予知』で避けなければ、危うく首が胴体から離れるところだった。とりあえず落ちてきたギロチンを蹴りで壊すと、再度廊下に顔を覗かせる。
左右は一見すると何もない廊下が続いているが、そんな訳ないよな。俺は壊したギロチンの欠片を、まず右の通路に投げ入れた。すると、
バカンッ、ドシャンッ!
と結構長い距離の落とし穴が開いたかと思うと、その逃げ道を塞ぐように天井が落ちてきた。そして一定時間が経過したら元に戻った。成程。
次いで左側は? とギロチンの欠片を投げ込むと、
ジャリンジャリンジャリンジャリン! ドスドスドスドス!!
と廊下を埋め尽くす刃物とぶっとい矢の雨あられ。こちらも一定時間を過ぎると元の状態に戻った。
う〜ん。『有頂天』で感知した感じ、右の落とし穴の中には鋭い槍が所狭しと配置されていたし、その下は何か液体が満たされているんだよなあ。あれって毒か?
『毒だろうな』
殺意が高い。まあ、でも、進むなら右かな。武田さんの方に進むには近道だし。となればと俺はギロチンの欠片を右の廊下に投げ入れた。
バカンッ、ドシャンッ!
開く落とし穴、落ちてくる天井。が、それで通路が塞がれた訳ではない。俺は落ちてきた天井の上を、悠然と歩いていく。
「ま、こうすればこっちの道の方が楽勝なのよ」
と独り言ちながら、歩く事数歩。
ガンッ! ギンッ!
落とし穴の続く廊下の向こうから、槍が飛んできた。それを曲剣ではたき落とす。
『そうは問屋が卸さないようだぞ』
「変な言葉覚えるなよ」
とアニンへ返しながら俺は走り出した。槍の対処をしながらは面倒だが、ゆっくり移動していたら、天井が元の位置に戻ってきてしまい、それによって押し潰されてしまうからだ。
長い落とし穴の廊下を全力疾走している間も、天井は徐々に元に戻り始め、もう天井によって圧迫死させられる寸前で、俺は落とし穴のある廊下の外にある部屋に滑り込んだ。
「ふうう、罠相手だと、『逆転(呪)』のスキルも通用しないから、廊下一つ通り抜けるのも簡単じゃないな」
などと俺は額の汗を手で拭いながら部屋を観察する。入った部屋は小部屋で、俺が入ってきた入り口を東とすると、南と西の二方向にも入り口がある部屋で、入り口のない北の壁面に凹みがあり、そこに祭壇があり、小さな宝箱が2つ置かれていた。
何とも怪しい部屋だ。明らかに罠がありそうで、しかし宝箱は魅力的で、さてどうしたものか? と悩んだのも一瞬。これを取り逃がしたのがバヨネッタさんにバレたら、叱られるのは確定な訳だし、ダンジョンの宝は男のロマンなのだから、取らない選択肢はない。と俺は宝箱へと歩を進めた。
コンコン。
まずは罠が設置されていないか、二つの宝箱を叩いてみた。場合によっては人食い宝箱なんて可能性もあるので、俺は曲剣をいつでも振れるようにしていたが、いきなり何かが飛び出すと云う事はないようだった。
宝箱は片方には鍵が掛かっていて、もう片方には鍵は掛かっていなかった。と言うか、鍵の掛かっていない方の宝箱に、鍵が入っていた。他には何も入っていない。まあ、小さい宝箱だし、そんな事もあるか。しかし鍵は金銀魔石で装飾された美しいもので、この鍵自体に価値がありそうだが、
「これって、絶対もう片方の宝箱を開ける鍵だよね?」
『であろうな』
う〜ん、参ったな。この鍵でもう片方の宝箱を開けるべきか悩むな。ゲームなんかだと鍵は消耗品で、宝箱を開けると消滅するのがお約束である。この装飾された鍵も同様だとすると、もう片方の宝箱を開ければ、なくなってしまうだろう。
それで宝箱の中身が鍵よりも値打ちのあるものならば良いが、カスを掴まされる可能性だってゼロじゃない。う〜ん、悩む。
この宝箱、小さいし、宝箱ごと持って行く事も可能なんじゃないか? と鍵の掛かっている宝箱を持ち上げようとしたところで、ガガガッと三方向の入り口が閉まりかけ、慌てて手を離した。
成程。宝箱自体を持っていこうとすると、この部屋に閉じ込められる仕組みか。
『何なら、我が開けるか?』
それも考えた。アニンを鍵に変化させて、開ける事は可能か? でももし宝箱に仕掛けがあって、正規の鍵以外は受け付けず、偽鍵だと中身が壊れる仕組みだとしたら?
…………いや、やってみるか。あからさまな罠だ。正規の鍵で開けても、何が起こるか分からないしな。
「アニン」
『うむ』
鍵に変化したアニンを、俺は宝箱の鍵穴に挿し込んだ。そしてゆっくりゆっくり回す。どうやら開きそうは開きそうだ。このまま何事もなく開いてくれ。と祈りながら回すと、
カチャン。
と鍵の開く音がして、宝箱が開いた。その中に入っていたのは……。
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