第600話 勝利の静寂
「よっしゃあ!!」
闘技場の大型ビジョンでリットーさんが一番にゴールラインを通過したのを見て、デムレイさんが両手を上げて勝利の雄叫びを上げる。
「はあ〜……」
そんなはしゃぐ姿を横目に、俺はギリギリの勝利に、スマホをテーブルに置くと、息を吐いて身体をゲーミングチェアに預けては、上を向いていた。他の面々も、辛くの勝利に喜びより安堵が上回っているようで、デムレイさん以外は静かなものだ。
『どうやらカヌスは、本当にゲームの腕だけで勝負してきているみたいね』
バヨネッタさんからの念話が頭に響く。
『ですね。『未来視』を使っていれば、三周目の水場は避けて、正規コースを使用していたでしょうから』
俺の念話に皆が頷く。
『勝負事に正々堂々とした魔王。と言うのも違和感あるけどねえ』
ミカリー卿の言葉にカラ笑いが漏れる。これにはデムレイさんも、うんうんと頷いていたが、ここにきて周囲の静けさに気付いたのか、観客席を見回して、その静けさの威容に気圧されるように、静かに着席するデムレイさん。
そう。静かなのは俺たちだけでなく、観客席も同様で、まさかカヌスが負けるとは思っていなかった観客たちは、あり得ない光景に静まり返っていた。う〜ん、嵐の前の静けさじゃないが、これで暴動が起きなきゃ良いのだけど。
段々と事態に思考が追い付いてきた観客たちから、徐々にざわめきが起き始め、これは舞台に罵倒の雨が降り注ぐかと、我が心中穏やかにならない中、
「いやあ、やられたねえ。これでこそ真剣勝負だ。面白くなってきた」
カラッとしたカヌスの声が闘技場に響き、これによってざわめきは、その鳴りを潜める。闘技場にいる、俺たちを含めた全員の視線がカヌスに集まる中、当のカヌスはと言えば、どこから現れたのか、お付きの亡霊の女性から、お茶とお茶請けを受け取り、呑気にティータイムに入っていた。
(一勝くらいくれてやる。ってか)
俺の視線に気付いたカヌスは、お茶で口を濡らした後、俺に向かってにこりと笑顔を返してくる余裕ぶり。これが本当に余裕なのか、見せ掛けなのかの判断は俺にはつかない。少しでもカヌスに心的ダメージを与えられていたなら良いが。いや、三戦のうち、こちらが一勝したのだから、冷静に考えて、追い詰めているのは事実だ。向こうのパフォーマンスにこちらが動揺してはいけないな。
「ハルアキ様、どうぞ」
あれこれ考えていると、スッとカッテナさんがペットボトルのスポーツドリンクと、お菓子のラムネ、それにタオルを俺の前のテーブルに置いてくれた。
スポドリにラムネは分かるけど、タオル? と脳内に『?』が浮かぶが、自分の首筋を触ってみると、汗でびっしょりになっている事に気付いた。ゲームをたった一戦しただけで、俺は自分が思っている以上に相当疲弊していたらしい。
「ありがとうございます」
とカッテナさんに礼を述べて、タオルで顔や首筋、腕など、拭けるところを拭いたら、「はあ」とリフレッシュした声が漏れ、そのままスポドリを飲んで、からからだった喉を潤し、ラムネを噛み砕く。ゲームと言うものは、真剣に臨むと相当に脳を酷使する。それを回復させるには脳の栄養分であるブドウ糖を摂取するのが一番なのだ。そしてラムネは九割以上がブドウ糖で出来ている食品である為、脳の栄養摂取に持って来いの食品だ。
横を見れば、バヨネッタさんが紅茶にフルーツサンドを頬張っている。それに他の面々もスポドリなり水なりを飲みながら、糖分の多いお菓子や軽食を摂取していた。こうやって皆の嗜好に合わせて食事を提供出来る辺り、流石はカッテナさんである。
「さて、そろそろ二戦目を始めようか」
選手全員が一息吐いたところで、それを見定めたカヌスが、こちらに声を掛けてきた。それに対して俺が面々を見遣れば、皆気分を一新して、思考は既に二戦目に向いているようだ。
「そうですね。やりましょうか」
カヌスの言に応えるように、俺たちはテーブルに置いておいたスマホを手に取る。
前戦同様にカヌスがコース選択画面から、ランダムを選択すると、ピロピロピロと画面が切り替わっていき、そうして止まったコースに、
「うげっ」
と思わず声を漏らしてしまった。
表示されたコースは
ちらりとカヌスの方を窺うと、その顔は勝利を確信した顔をしていた。それも仕方ない。とは言え、こちらだってタダでやられるつもりはない。ここで大差で負けると、カヌスに本当に余裕を与えてしまい、その勢いのまま三戦目を奪われてしまう可能性が高くなるからだ。
『この二戦目は、俺とバヨネッタさんもスピード勝負に参戦します。なので残るミカリー卿、デムレイさん、武田さんでメンバーの補助とカヌスの妨害をしてください』
これに全員が頷き、一斉にチューニングを開始した。
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