第86話 引っ込みつかず

「何を考えているんですか!!」


 ジェイリスくんがベフメ伯爵と対面する執務机を叩いて激昂している。


「ピルスナー川から吸血神殿まで水路を通して、氾濫する川の水を流し込む? 前代未聞だ!!」


 それはそうだろうな。現在ベフメ家執務室には、俺、ベフメ伯爵、ジェイリスくん、ドイさんの他に、アドバイザー的立ち位置で、バヨネッタさんとオルさんがいた。ただ、この件に関して強く反対しているのはジェイリスくんだけだ。


「確かに、前代未聞かも知れないわ。でも何の問題があるの? この計画を実行したとして、人が死ぬ訳じゃない」


「今後の事を考えろ、と言っているんです! 吸血神殿は貴重な財源だ! あれ一つあるだけで、その入場料で冒険者たちからどれだけの税が徴収出来ていると思っているんです!?」


 へえ、吸血神殿って、ただで入れる訳じゃないのか。まあ、魔物が湧くダンジョンみたいだし、領で管理しているのが普通かな。


「もしも壊れたり、魔物が全滅したりすれば、冒険者たちが、全て街から消えてしまうんですよ!?」


「その心配は無用だと思うわよ」


 そう口にしたのはベフメ伯爵ではなく、バヨネッタさんだった。全員の視線が、ソファで寛ぐバヨネッタさんに注がれる。


「外観にしろ内観にしろ、あれは相当頑丈な造りだし、そもそも自動修復機能が付いているのよ。だいたい考えてみなさい。あの吸血神殿は建造から数千年経っている。だと言うのに、未だその白亜の姿は健在。現在の技術力を遥かに凌ぐ代物よ」


 そうバヨネッタさんに言い込められ、たじろぐジェイリスくんだったが、それでも彼は引かなかった。


「しかし中の魔物はどうなる? 吸血神殿が水没すれば、魔物は全滅です。そうなれば、外側だけ残ったところで意味がないんじゃないですか?」


「意味はあるでしょう? 毎年の治水施設として。それに魔物が全滅したって問題ないわ。あいつら、時間が経つと勝手に再出現するから」


「再出現ですか?」


 思わず俺が口を挟んで、ジェイリスくんに睨まれた。


「そうよ。出現場所はランダムなんだけど、私は何度か出現する場所を目撃しているし、あそこを活用している冒険者たちに聞けば、皆、再出現していると証言してくれるはずよ」


 ここまで言われては返す言葉もなさそうだ。が、まだ食い下がるジェイリスくん。


「しかしその間、冒険者から税を徴収出来なくなるんですよ?」


「ジェイリス。あなたは冒険者冒険者と、冒険者の味方ばかりしますが、我々がまず考えねばならないのは、領民の安定した生活のはずです」


 ここでベフメ伯爵が割って入る。


「冒険者の大半は所詮領外からの流れ者。彼らはここで旨味がなくなれば、他所に行くだけですが、ここに暮らす住民たちは、そうはいきません。畑が荒れれば食うに困り、家が浸水すれば住む所もなくなるのです。その復興に毎年どれだけのお金を領庫から捻出しているか。たかが一、二ヶ月、いえ、今後吸血神殿を治水施設として、冒険者や一般人立ち入り禁止にしてでもお釣りのくる計画なのですよ」


 そうベフメ伯爵に真正面から見据えられて、ジェイリスくんは歯噛みし、腕をわなわなと震わせたかと思うと、バンッと執務机を叩いて執務室の隅へと行って、一人ブツブツ何か呟いていた。


 それを見ていたベフメ伯爵は、ふう、と一息吐いてから、バヨネッタさんと向き直る。


「それで魔女様」


「嫌よ」


 速攻でお断りだったな。


「いえ、まだ何も言っていないのですが?」


「どうせ私に川からの水路を引いて欲しいってお願いするつもりなんでしょう? 悪いけど私、善人じゃないの。慈善活動はしないのよ」


 またこれだ。無償で手伝うのは俺も賛成出来ないが、他に言い方ってものがなかったのだろうか?


「もちろん、水路を引いてくださるのであれば、それ相応の返礼は考えております。何せ水害の被害にあった場合の予算がまるまる残るのですから」


 とベフメ伯爵も必死で取り繕う。


「お金の問題じゃないのよねえ。別に私お金に困ってないし」


 と言うバヨネッタさんの答えに不安そうな顔を浮かべるベフメ伯爵。対してバヨネッタさんはニヤニヤ顔だ。悪い顔である。そんな顔をして、バヨネッタさんは俺をチラチラ見てきていた。…………ああ! そう言う事か!


「ええ、こほん。ベフメ伯爵、我らが魔女、バヨネッタ様には、このような二つ名がございます。『財宝の魔女』と。つまりバヨネッタ様はベフメ伯爵か持つであろう古代の秘宝をご所望なのです」


 何だこれ? 自分でやってて笑けてくるんですけど。


「古代の秘宝、ですか?」


「はい。別段とても高価な物である必要はございません。安物であれ、奇妙な物やきらびやかな物など、バヨネッタ様の目を引くものであれば構いません」


 これを聞いてベフメ伯爵はしばらく黙考を続けたが、ついに思い当たるものがあったのか、執務机の引き出しを開いてそれを取り出した。


「これなどどうでしょう?」


 とベフメ伯爵自ら、バヨネッタさんのところまでそれを持ってくる。


「これは! フーダオの花形箱!」


 フーダオの花形箱? 確かにそれは両手で握れる程の花の形をした半透明の小箱で、そのクリスタルのような材質の中に、ラメのようなキラキラが封じられている。確かに綺麗な小箱で、それを見るバヨネッタさんの目もキラキラしていた。


「これは本物……! しかも花弁が七枚もあるじゃない!?」


 そんなに凄い物なのか? とちらりとオルさんを見ると、オルさんがこっそり耳打ちしてくれた。


「フーダオの花形箱は、インザス海を越えた先の大陸、魔王のいる大陸の上の大陸で発掘されるもので、この大陸で出回っている事はほとんどないんだ。フーダオの花形箱は縁起物でね。その花弁が多ければ多い程縁起が良いと言われているよ」


 ふ〜ん。縁起物か。モチーフは花だし、俺にはあまり興味を惹かれないが、バヨネッタさんの食い付きは凄いものがあり、


「早速工事に取り掛かりましょう!」


 ともう夜だというのに、今から水路建設を始めそうな勢いだ。


 ダンッ!


 そんなバヨネッタさんの気勢を削いだのは、ジェイリスくんが足で床を打ち鳴らした音だった。全員の視線がジェイリスくんに向けられる。


「やはり納得出来ない」


 そう呟いたジェイリスくんは、ツカツカと俺の元までやって来ると、ドンッとその人差し指を俺の胸に突き付ける。


「決闘だ!」


 …………はあ!?

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