第221話 階層ボス
「ふはははははっ!!」
ダンジョンの中、まるで悪役のように高笑いを上げているのはバヨネッタさんだ。トゥインクルステッキに横座りし、ナイトアマリリスに周囲を守らせながらのやりたい放題。目に付いた魔物を片っ端から屠っていた。まるで新しいおもちゃを手に入れた子供である。
「バヨネッタ殿、ズルいぞ! お主ばかり戦って! 私も真・螺旋槍の威力を試したいのだ!」
とこちらでも大人気ない発言をしているのはリットーさんである。槍と銃とではその攻撃範囲に差があり過ぎる。例えリットーさんが先に獲物を見付けたとしても、その攻撃が先に届くのはバヨネッタさんな訳で、フラストレーションが貯まるのは分かるのだが。
「こう言うものは、先に攻撃した者の勝ちよ。遥か昔、神代から決まっているの世の理なんだから」
新しいおもちゃ、じゃなかった、新しい武器を手に入れたバヨネッタさんは、その性能が自身の期待を上回る事が知れて大喜びである。その満面の笑顔に、早く槍を振るいたいリットーさんがすねていた。
「何しているんだか」
俺の横で呆れているのは、勇者パーティのラズゥさんだ。何と言うか、身内が恥を晒してすみません。と俺は頭を下げておいた。
俺たちは今、デレダ迷宮から『魔の湧泉』を通り、ペッグ回廊に来ている。メンバーは俺、バヨネッタさん、リットーさん、ゼストルス、勇者パーティ、エルルランドの使節団。ここから地上に上がり、パジャンの首都、ヨーホーまで、エルルランドの使者十名を連れて行く為である。
「すみません。はしゃいじゃって」
俺は浮かれまくっているバヨネッタさんとリットーさんに代わって、使節団の代表に頭を下げていた。
「いえいえ。お二人の、特にバヨネッタ様の盾のお陰で、ダンジョン内だと言うのに、とても安全に移動出来ていますから、こちらとしては文句はありませんよ」
代表の言葉に、うんうんと頷く使節団の皆さん。なんて優しい人たちなんだ。流石は他国に使者として派遣されるだけあって、皆さん温厚である。きっと文句の一つも言いたいのだろうが、そこをグッと我慢するのが大人と言うものなのだろう。二人とは大違いだ。
ちなみにバヨネッタさんのナイトアマリリスの盾以外にも、使節団は俺の『聖結界』とラズゥさんの呪符で守られているのだけど、まあ、ここで恩着せがましく口にするのは野暮なので何も言うまい。俺は大人だなあ。
「くう! またしても先に倒されてしまった!」
「ふっふっふっ。今なら魔王でさえ倒せる気がするわ」
バヨネッタさんの発言に、なんとも言えない面持ちの勇者パーティ。本当に大人気ないなあ。
ペッグ回廊とは、首都ヨーホーの北西にあるペッグ高原の中腹に、どでんと入り口を構えるダンジョンで、何と地下百階まであると言われているそうだ。何で回廊なのに縦型ダンジョンなのかは知らないが、オルドランドの吸血神殿とは比べ物にならない深さだ。デレダ迷宮も大きいが、どちらかと言うと横に広いので、階数的にはそれ程でもない。
これまでパジャンに召喚された勇者は、このペッグ回廊を地下百階までクリアして初めて本当の勇者として認められるのだとか。いきなり勇者として持て囃される訳じゃないんだなあ。まあ、レベル一の勇者じゃあ、期待感はないか。
今俺たちがいるのは、ペッグ回廊地下七十八階である。結構深いな。これを地上まで上るのは中々骨が折れそうだ。
「出来るのなら、地下八十階まで下りてしまいたいところです」
と、俺たちがちょっと進んだところで、ラズゥさんが意味の分からない事を口にした。それに対して、勇者パーティも難しそうな顔をしている。
「どう言う事?」
俺は事情が飲み込めず不安がる使節団の代わりに、シンヤに尋ねた。
「このペッグ回廊には、十階毎に転移陣があって、それを使えば、行った事のある転移陣のある階にすぐ飛べるようになっているんだ」
成程。便利だな。ゲームなんかには良くある仕様だ。もしかしたらペッグ回廊自体、勇者を鍛える為に存在しているのかも知れない。いや、それだと『魔の湧泉』でデレダ迷宮と繋がっている理由が分からないな。
「なら地下八十階を目指しましょう」
と鼻息荒く語るバヨネッタさん。
「ちょっと待ってくださいよ。こっちにはエルルランドの使節団がおられるんですよ」
バヨネッタさんに落ち着くように促し、俺はシンヤを振り返った。
「シンヤ、八十階にあるのは転移陣だけか?」
俺の言葉にシンヤは、分かっているよ。と頷いた。
「このペッグ回廊には、十階毎にある転移陣を守る守護者と言う名のフロアボスがいるんだ」
中ボスって奴か。
「八十階の中ボスはどんな奴なんだ?」
「八つの頭を持つヒュドラだよ」
「ヤマタノオロチかよ!」
俺の言葉に首肯するシンヤ。
「ヤマタノオロチ?」
バヨネッタさんが首を傾げる。
「俺たちの国の神話に出てくる多頭竜の化け物です」
「ふ〜ん。面白そうね」
あ。これはバヨネッタさんに余計な事を言ってしまったかも知れない。隣りのリットーさんも目をキラキラさせている。
「シンヤ、そのヤマタノオロチは強いのか?」
「当たり前だろう? ヤマタノオロチだぞ?」
だよねえ。でもこの人たち、行きたそうにしてるんだよなあ。だってあからさまに武器の手入れをし始めているし。
「倒せなかったら、撤退出来るのか?」
俺の質問に勇者パーティ全員が首肯する。
「出来なかったら僕たち、今頃何十回と死んでいるよ」
成程。ゲームみたいにボス戦は撤退不可能。みたいな事にはならないのか。それが現実的かもな。まあ、ボスモンスターがいるってだけで非現実的か? いや、異世界だしなあ?
「七十階に戻ってもボスと戦う事になるのか?」
「いや、それは大丈夫。倒したボスは十年周期で復活するみたいで、僕たちが倒した七十階までのボスはもういないよ」
となると、ここは時間が掛かっても地下七十階まで戻るのが建設的かなあ。とちらりとバヨネッタさんの方を見遣ると、俺の心を見透かしたように、物凄く嫌そうな顔をしていた。
「何か?」
「ハルアキには、チャレンジ精神と言うものがないのかしら?」
「時と場合によります。そう言うものを考えてください」
「でも、今ならあの竜も倒せると思うんですよねえ」
そこにいらん口を開いたのは、なんとラズゥさんだった。何を言い出すんだよ。
「だって、現在は我々に加えて、リットー様やバヨネッタさん、ハルアキくんがいるではないですか。これだけのメンツで守護者に挑めるなんてそうそうありませんよ!」
鼻息荒く語るラズゥさん。まあ、要約すれば、俺たちと一緒にいるうちに、下階に下りるのに邪魔な中ボスを倒してしまいたい訳だ。打算的だなあ。が、これは勇者パーティにもバヨネッタさん、リットーさんにも魅力的な話のようで、俺以外目を輝かせている。
「我々はどうすれば……」
いや、使節団の人たちが困っていたな。でも先に謝っておきます。この人たち、絶対八十階の守護者に挑戦しますから。
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