第222話 ヤマタノオロチ退治(前編)

 ドスッ!


 地中から伸ばしたアニンの黒槍が、ヤマタノオロチの胴に浅く突き刺さった。俺はそれでもって『時間操作』タイプAでヤマタノオロチの時間を遅める。


「今です!」


 俺の言葉に、バヨネッタさん、リットーさん、ゼストルス、勇者パーティは一斉に動き出す。


 バヨネッタさんはトゥインクルステッキとナイトアマリリスで、リットーさんは真・螺旋槍で、ゼストルスは竜の火炎で、勇者パーティもそれぞれの武器でもって、ほとんど動けなくなったヤマタノオロチへと攻撃を加えていく。


 いったいこれで何度目だろうか? 使節団の最後の防波堤になる役割もあって、皆より後ろから、戦いの全景を見ている俺は、既にヤマタノオロチとは呼べなくなったその化け物と戦う皆の様子を、不安な気持ちを抑えながら見守っていた。



 ヤマタノオロチがいるのは、とても地下とは思えない広い空間だった。タワーマンションくらい入り切る程に広大なその空間の、最奥でヤマタノオロチは俺たちを待ち構えていた。


 八股の頭に尾も八つ。伝説の通りのその化け物は、俺たちの中で一番大きい飛竜のゼストルスが霞む程に巨大で、俺たちが奴にある程度近付くなり、八つの尾から黒雲を吐き出し、ボス部屋はしとしと雨から豪雨へと変わっていった。


 そして八股の頭から振るわれるのは暴風と電雷。ボス部屋は一瞬にして嵐のようになり、ヤマタノオロチに近付く事さえ困難となってしまう。


 そんな中でも勇者パーティは慣れたもので、ラズゥさんが神紙で作った雷除けの呪符を全員に持たせる事によって雷を封じ、特攻を始めた。


 まずシンヤが霊王剣の一閃を飛ばす事でヤマタノオロチの頭の一つに一撃を与え、その首を落とすと、そこにヤスさん、サブさん、ゴウマオさんが突っ込んでいく。そんな三人を食い殺そうと、三つの頭が大顎を開いて襲い掛かってくる。


 それに対して、ゴウマオさんがヤスさん、サブさんに先行して前に出て、その頭を手甲で殴り飛ばしていった。ゴウマオさんは決して身体は大きくない。ドワヴと間違う程だ。そんなゴウマオさんが、まるで野生の獣のように俊敏に動いたかと思ったら、信じられない力でヤマタノオロチの頭を蹂躪していった。流石は勇者パーティと言う事だ。


 ヤスさん、サブさんもそれに負けていなかった。ヤスさんはその背に背負っていた段平を抜き放つと、その刀身に豪雨にも負けない炎をまとわりつかせ、ヤマタノオロチの首の一つを斬り落としてみせ、サブさんも手に持つ偃月刀に水をまとわせ、こちらもヤマタノオロチの首を一つ落としてみせた。


 どうやら勇者パーティは、ゴウマオさんがその機動力でもって敵戦力を撹乱または出先を潰し、それに続いてシンヤ、ヤスさん、サブさんが敵を攻撃、ラズゥさんがこれに戦況を俯瞰し、バフや回復などを与えていくスタイルであるらしい。


「なによ。私たち必要ないんじゃないの?」


 ラズゥさんの横でトゥインクルステッキに乗るバヨネッタさんが、自分の出番がない事に不満を漏らす。リットーさんはこれに対して静観模様だ。


「これで倒せるくらい楽なら、私たちは既に下の階層に行っているわ」


 バヨネッタさんの言葉に対して、ラズゥさんは緊張の面持ちのままヤマタノオロチを見詰め、言葉だけをバヨネッタさんに向ける。


 どう言う事なのか? とバヨネッタさんは首を傾げるが、俺は何となくラズゥさんが言いたい事が分かる。ゲームやラノベで知るヤマタノオロチであるならば、あの能力を保有していてもおかしくないからだ。


 そう思っていると、八つの頭は全て落とされ、シンヤたちも何が起こるか分かっているようにそれ以上先に進まず、ヤマタノオロチから一旦距離を取った。


「なっ!?」


 俺は思わず声を上げてしまった。ヤマタノオロチの首が再生されたからではない。それは俺にとっては想定内だった。想定外だったのは、ヤマタノオロチの首が増えたからだ。首が一つあったところから、ヤマタノオロチの再生能力によって二つの頭が生えてきたのだ。


「なんですかあれ!?」


 俺がラズゥさんに尋ねると、ラズゥさんは戦況を注視したまま応えてくれた。


「あれはヤマタノオロチが持つスキル、『超回復』と『増殖』が合わさった事によって発生した特殊な事象です。これによって私たちは、攻撃すればする程に増えるヤマタノオロチの頭を相手にしなくてはならないのです」


 うわあ、嫌なミックスされたスキル持っているなあ。あんなのどうやって倒すんだ? いや、シンヤが持つキュリエリーヴなら、神鎮鉄の力でスキルを無効化出来るのか。


「でも、あの頭が厄介ですね」


「ええ。あのヤマタノオロチの胴まで接近して、キュリエリーヴを突き刺す前に、頭を排除しなければならないのですが、何せ斬れば増えるのです。どんどんと厄介度が増していき、最後には手に負えなくなってしまいます」


 例え一つの頭にキュリエリーヴを突き刺したところで、増えた他の頭の活動が停止させられる訳じゃない。増えた頭はそれだけで厄介なのだ。


 実際シンヤは一つ首を落としてその切断面にキュリエリーヴを突き刺し増殖を止めるが、残る十五の頭が襲い掛かってきて、その場から飛び退かなければならなくなっていた。


「成程。自分たちだけでは火力が足りないから、私たちにも加わって欲しかったのね」


 得心のいったバヨネッタさんは、自身が乗るトゥインクルステッキの引き金を魔力で半引きにして、人工坩堝のエネルギーを溜め始めた。


 同時にゼストルスに飛び乗ったリットーさんが、ヤマタノオロチへと猛突進していく。


 ズドンッ!!


 そして放たれるトゥインクルステッキの熱光線。それは一気に首を二つ落とすとともに、ヤマタノオロチの胴まで削ってみせる。


 続いてリットーさんが放つ一撃が、ヤマタノオロチの首を吹き飛ばし、そこに襲ってくるもう一つの頭も、返す刀で吹き飛ばしてみせた。


 バヨネッタさん、リットーさんと言う新戦力を得た事で、勇者パーティも一気に攻勢に出る。皆はバッタバッタとヤマタノオロチの首を斬り落として行きながら、ヤマタノオロチの胴へと肉薄した。


 胴に突き刺さるシンヤのキュリエリーヴ。これで『超回復』と『増殖』は抑えられる。と浮かれたのも束の間、胴の後ろからせり上がったヤマタノオロチの尻尾の先から、紫の霧が噴き出された。それを食らったシンヤが倒れる。


「まさか毒!?」


 横のラズゥさんが驚き、直ぐ様呪符をシンヤに向けて放った。これとともに後退するシンヤたち。そして『超回復』と『増殖』によって増えるヤマタノオロチの首。しかもそれは、斬り落とされた首からだけではなく、バヨネッタさんとシンヤによって傷付いた胴からも首を生やしたのだ。


「なっ!?」


 驚く俺の横で、ラズゥさんも驚いている。次から次へと襲い来るこの事態は、ラズゥさんにとっても予想だにしない事態だったらしい。


「くっ」


 俺は差し込まれる皆に助力する為に、アニンの黒槍を伸長させて、ヤマタノオロチに突き刺すと、『時間操作』タイプAでヤマタノオロチの時間を遅速させる。


「皆! 今のうちに退避を!」


 俺の言葉に従う形で、全員がボス部屋から脱出していく。しかしヤマタノオロチは、スキル攻撃に対しても、対応出来る造りになっているらしく、バキンッと言うガラスが割れるような音とともに、俺の『時間操作』のスキルは破壊されてしまった。


 そして襲い来るヤマタノオロチの無数の頭を尻目に、殿しんがりの俺は『時間操作』タイプBで時間を加速させてボス部屋から脱出したのだった。



 こうして冒頭のように、俺の黒槍でヤマタノオロチの動きを止め、全員で何度も突撃してヤマタノオロチを仕留めようとしたのだが、上手くいってはいない。救いはボス部屋を出ると、ヤマタノオロチの頭の数がリセットされている事だろう。

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