第57話 襲撃

 旅は順調に進んだ。先触れの先遣隊を先行させたのが効果的に働いたのか、先々の村や町に着いても、宿で困る事はなかった。場合によっては村長や町長があいさつに来る程だ。まあ、そういう時は決まって頼み事、厄介事とセットだったが。


 とある町では水源である川の上流で、魔物が川をせき止めているので助けて欲しい。とか、ある村では猿の集団が作物を荒らして困っている。とか、巨大な猪が、狼が、と村や町と言うのはいつも何かしら問題を抱えていた。


 俺たちも律儀にそんな問題を解決しなくても良かっただろうに、俺とバヨネッタさんが問題に対処しながら旅を進めていた。


 それは恐らく俺の旅が五日逗留して二日旅をすると言うものだったからだろう。俺がずっと旅が出来る身なら、「先を急いでいるので」との常套句で回避出来たのだから。三人及び先遣隊には迷惑掛けている。


 なのでゴールデンウィークはかなり飛ばしていた。結構進めていると思う。いつの間にか左手に見えていたアロッパ海は見えなくなっていた。



 見張られている気配はあった。何かが『聖結界』に当たって弾かれる。地面に転がったそれを見れば、矢だ。またかと嘆息して、俺はアンリさんに馬車を止めるようにお願いする。


 馬車を止めればぞろぞろと物陰から出てくる盗賊たち。何故盗賊か分かるかと言えば、これで三度目だからだ。


 一度目もこうやって攻撃を受けた。あの時は進行方向の先に矢を放たれ、思わずテヤンとジールが驚いて止まってしまったのだ。そこに襲い掛かってくる盗賊たち。まあ、聖結界があったからこちらに被害はなかったし、俺一人で倒せるくらい弱かったけど。


 二度目は演技派だった。進行方向からこちらに駆けてくるご婦人が一人。「何事か?」と馬車を止めて話を聞くと、盗賊に襲われたとの話。助けて欲しいと更に馬車に近付いてきたご婦人だったが、『聖結界』に弾かれる。『聖結界』は悪意や害意のある者を弾くからね。


 これでご婦人は黒、盗賊に襲われたのも演技だと分かった。バレた盗賊たちが物陰から一斉に襲い掛かってきたのは、逆に滑稽だった。これも俺一人で対処。アニンを黒棒に変化させて、殺してしまわないようにボコボコに。


 大体こう言った盗賊と言うのは、町と村の中間地点に拠点を持っている。村と村ではない。それは、村や旅人を襲っても、町以上の大都市でなければ、強奪した品物を売り捌けないからだ。金銀財宝も持っているだけでは宝の持ち腐れだ。



 そんな訳で俺たちは今、三度目の盗賊襲撃を受けている。三度目ともなると慣れてくるものだ。テヤンとジールも暴れ出したりせずに静かにしている。


 しかし数が多いな。五十人はいる。武装もそれなりだ。大体が革鎧を着込み、手にはバラバラの武器を持っていた。


「金目の物を全て置いて行け」


 盗賊のお頭だろうか? 一人だけ鉄製の胸鎧を着ている。武器も大剣、と自分は他とは違うとアピールしているようだ。


「置いて行け、と言われてもなあ」


 戦うべきか、逃げるべきか。都市は近い。ここからテヤンとジールで二時間半で着くだろう。飛ばせばもっと早いか。都市なら警備隊も常駐しているから、俺たちが何かするまでもないだろうが、


「どうした!? 聞いているのか!?」


 テヤンとジールはラバだからなあ。馬よりもスピードに欠ける。馬で追い掛けられたら途中で追い付かれるだろうなあ。


「おい!? てめえ! ぶっ殺すぞ!!」


「うるさいな! 黙っててよ! 今、色々考えているんだから!」


 いちいち考えを中断されたら、まとまる考えもまとまらない。


「てめえ、ふざけんなよ……!」


 あん? 俺が改めて盗賊のお頭の方を見ると、顔を真っ赤にしてぷるぷる震えている。うわあ、なんか知らんがメッチャ怒っているなあ。こりゃ逃げられそうにないなあ。


 俺は馬車を降りて『聖結界』から出ると、スタスタとお頭の方へ近付いていく。


「はっ、今更命乞いか?」


 そんな訳がない。俺は近付きつつアニンを黒棒に変化させる。俺が武器を手にした事で、お頭も他の盗賊たちも身構えた。


 ドンッ。


 俺はそんなのお構いなしにお頭の胸鎧ではカバーしきれていない腹に黒棒で一突き入れる。お頭は三メートル程吹っ飛んで、後ろの手下を下敷きに倒れた。


「ぐふっ、野郎……!」


 お? お頭結構タフだな。腹抱えて動けなくなるくらいのつもりで一突き入れたのに。


「お前らボーッとしてんじゃねえよ! さっさとこのガキぶっ殺せ!」


 お頭の命令が下り、五十人の盗賊たちが俺目掛けて襲い掛かってくる。


 盗賊たちの武器は大概が剣や短剣で、ちょっと離れて槍、更に離れて弓がいる。


「うらあッ!!」


 盗賊たちに流派や型なんてものはない。格闘ゲームで言えばガチャプレイである。だからこそ危うい。無闇矢鱈に刃物を振り回すのだから、武器の軌道が読めないのだ。


 なので距離を取る。黒棒を長く伸ばし、剣や短剣が届かない距離から盗賊たちを倒していく。


 そうすると今度は槍と弓が幅を利かせてくる。警戒するべきは槍だ。弓は難しくて素人に扱い難い。と思っていたのだが、弓使いがバシバシ俺に当ててくる。それを振り払うので面倒臭い。そう言えば動いている馬車に当ててきていたな。


「ちっ」


 俺は舌打ちしながら「水よ」と遠距離から弓使いたちを攻撃していく。これに弓使いたちがビビっているうちに、俺は槍、剣、短剣を打ち倒していく。


 そうやって近距離で俺と戦う盾代わりの仲間がどんどん減っていった事で、弓使いたちが焦って攻撃が雑になっていった。そんな攻撃が当たるはずもない。


「水よ」


 水弾が弓使いに命中し、呻き声を漏らしながら倒れる。これで残るはお頭だけだ。


「はっ、やってくれたな」


 仲間が皆やられたのに、お頭は余裕の笑みを浮かべている。何かあるな。と思っていると、お頭が大剣を構える。


「炎よ!」


 お頭がそう唱えると、大剣の刀身が炎に包まれる。


「はっはっはっ。どうだガキ! こいつを相手に出来るか?」


 まあ、出来ると思いますけど。と俺は改めて黒棒を構え直す。俺が怯まなかったからか、お頭の顔に焦りが浮かんでいた。


「ちいっ、やってやるよ」


 そう言ってお頭は俺に向かって駆け寄ってくると、炎の大剣を横に薙ぐ。俺がそれをバックステップで躱すと、お頭は更に追撃と上段から大剣を振り下ろしてきた。俺はそれを黒棒で受け止める。


「ちいっ」


 そうこぼしながら盗賊のお頭は、炎の大剣を何度となく振り下ろしてきた。それを俺は受け止め、受け流し、躱し、避け、いなす。


 お頭は誰かに剣の手解きを受けていたのかも知れない。構えや大剣の振り方が、素人の俺から見ても様になっている。俺も誰かから剣の扱いを習った方が良いのかなあ。


 などと考えながら大剣の一撃を避けたところで、俺は黒棒でお頭の手首に一撃を与えて大剣を落とさせた。慌てて大剣を拾おうとするお頭の喉元に俺は黒棒を突き付ける。観念した盗賊のお頭はそれ以上抵抗する事はなかった。



「皆さ〜ん!!」


 都市のある方から声が聞こえてくる。多くの馬の蹄の音も響いている。盗賊たちを全員縄で拘束した後、そちらを見遣ると、先遣隊のアルーヴたちが都市の警備隊を連れて来てくれたようだった。


 万が一を見越して、通信用イヤリングで連絡しておいて良かった。俺たちだけじゃ都市まで連れて行くのに難儀したからなあ。

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