第56話 先触れ、ですか?

「先触れ、ですか?」


 アルーヴの五人との戦いが終わり、宿に戻ってきてオルさんに言われたのがそれだった。俺はその言葉に馴染みがなかったけど、アルーヴの五人を含め、皆理解しているようだった。


「ハルアキくんにも分かり易く説明すると、要は先遣隊だね」


 先遣隊! …………どう言う事?


「先触れと言うのは、本隊に先行して町や村に赴き、宿の手配などをして、本隊が町や村に着いた時に不便にならないように務める人たちの事さ」


 へえ、つまり宿の予約を取る為に、この五人に町や村に先に行っておいて貰うって訳か。お貴族様はやる事違うなあ。と思ったが、皆納得しているので、こちらの世界では常識なのかも知れない。


「出来るかな?」


 オルさんがアルーヴの冒険者五人に尋ねる。


「もちろんです。お任せください」


 首肯する五人。アルーヴって、皆美人だけど、顔が整い過ぎてて誰が誰だが良く分からないんだよねえ。


「では、これはその資金だ」


 とオルさんは、『空間庫』から財布と言うには大きい金袋を取り出し五人に渡す。更に一筆啓上したためるオルさん。この文がアルーヴたちが先触れの先遣隊である証左になるらしい。


 しかし、昨日今日会ったばかりの人たちに、一筆啓上までして、何か事件が起きたりしないだろうか? と旅慣れない俺は心配になってしまう。


「心配そうだね?」


 オルさんに突っ込まれた。顔に出ていたらしい。


「いえ、初めてのシステムに戸惑っているだけです」


 するとオルさんが俺に近寄ってきて耳打ちしてくれた。


「ハルアキくんは、先触れとして先行する事になったこの五人が、何か先々で悪さ、例えばこの文を証文に、借金をしたり、多少の悪事に目を瞑って貰ったりするんじゃないか、と考えているんだろう?」


 当たりだ。


「大丈夫。そんな事をしたら官憲が動いて牢獄送りだから。可能性がないわけではないけど、彼らも馬鹿ではないだろうから、そんな愚かな事はしないよ」


 なら良いんだけど。


 その日はルートの話し合いなどで費やされ、俺は時間になったので、途中で話し合いから抜けて家に帰った。



 翌日。


「なんだよ、こんな朝っぱらから」


 日が昇ろうかと言う時間に、俺はタカシの家の前でタカシと会っていた。チャイムを鳴らすと家人が出てきそうだし、DMなんかじゃ気付かないだろうから、直電した。


「悪いな」


「全くだ」


 タカシは休日の朝早くから起こされて不機嫌そうである。


「渡しておかなきゃいけない物があってな。これ」


 と俺はデパートの紙袋を差し出す。


「何これ?」


「デパートで買ったお菓子の詰め合わせ」


「は?」


「俺はさあ、春休みからこっち、タカシの家で凄え世話になっている。って言う設定なんだよ」


「ああ、あの異世界行っているのを誤魔化しているやつ?」


 どうやらタカシも得心いったらしい。


「そうそれ。でさ、うちの両親が世話になりっぱなしなのを、凄え気にしててさ、だったら付け届けを贈っておくよ。って話になってね」


「それでこの菓子の詰め合わせって訳ね」


 俺は首肯する。


「タカシの家族も驚くだろうけど、そこは上手い事説明しといてくれない? あ、くれぐれも一人で全部食べたりするなよ」


「しねえよ。んで、今日も泊まりで異世界行くのか?」


「まあな」


「凝ってるなあ、異世界に」


「これ関係で知り合いも出来たからな。出来るだけ顔を出しておきたんだよ」


 俺の言葉にタカシは「面倒臭そう」とこぼす。これが楽しいんだけどな。それに他の狙いもあるし。


「じゃあ、行ってくるわ」


「おう。行ってらっさ〜い」


 タカシと別れた俺は、いつもの公園にやってくると、転移門から異世界へと渡った。



 異世界にやって来て、まずやる事は宿のチェックアウトである。フロントで宿泊代金を支払い(オルさんがカードで支払った)、全員分のルームキーを返して終わり。表に出ると、アンリさんが馬車を宿前まで出してきてくれていた。


「そうだ。ハルアキくん、これ渡しておくよ」


 と何やらチャラチャラする魔石のアクセサリーが付いたリングを渡された。


「何ですかこれ? 指輪?」


 にしてはアクセサリーが邪魔だ。まあこう言うデザインのものもあるか。


「指輪じゃなくてイヤリングだよ」


 ああ、イヤリングか。見れば確かに留め具のような部分もある。でも何故今イヤリング?


「それは通信用の魔道具でね、先行して出発した五人にも渡してある」


「通信用の魔道具ですか」


 なんか魔法の世界のアイテムっぽい。俺はイヤリングを左耳に付けた。


「でも、ピアスじゃなくて良かったです」


「ピアス?」


 俺がそう口にすると、三人に首を傾げられてしまった。


「何だいそれ?」


 知りたがりのオルさんの興味を引いたらしい。


「ピアスって言うのは、イヤリングと似たようなもので、イヤリングは留め具で耳から落ちないようにしますけど、ピアスは耳に穴を開けてそこにリングを通して、落とさないようにするんです」


「耳に穴!?」


 三人が凄いドン引きしているな。


「耳に穴を開けるなんて、痛くないのかい?」


「いや、痛いらしいですね。でもファッションとしてやっている人は少なくないですよ」


「有り得ないわ」


 バヨネッタさんは呆れて、さっさと馬車の中へ入っていってしまった。


「う〜ん、そんなに有り得ないですかね?」


 俺もピアスの穴を開けたいとは思わないが、地球ではファッションとして普通なんだがなあ。


「ああ、成程」


 成程? オルさんが自分の中で何か結論を出したらしい。


「ハルアキくんのいる世界では、レベルアップがないからそんなファッションが出来るんだね。僕らの世界で耳に穴を開けても、レベルアップの度に塞がってしまうからね。そりゃあ流行らないよ」


 確かに成程だ。ピアスだって一回だから我慢出来るが、これがレベルアップの度に穴を開けなきゃいけないとなると、確かに流行らなそうだ。まあ、何個何十個とピアス穴を開けている人もいるが、あれは例外だろう。


「まあ、でも、安心してよ。そのイヤリングは魔道具だから、耳に穴を開けなくても滅多に耳から外れる事はないよ」


 それはありがたい仕様だ。俺はオルさんからイヤリングの使用方法を教わり、一度試してみる。と言っても魔道具に魔力を通すだけだが。


「聞こえますか?」


 俺が話し掛けると、骨伝導イヤホンのように頭の中に声が響いてきた。


『はい。聞こえます』


 返事をしてくれたのは女性の声だ。声の感じからして、俺が助けた時に受け答えしてくれた女性だろう。


「ええと、確かレイシャさん? でしたっけ?」


『ええ。そちらはハルアキくん? ですね?』


「はい。これから俺がそちらとの連絡係になるみたいなんで、よろしくお願いします」


『分かりました。こちらこそよろしくお願いします』


 こうして初めての短い通信は終わり、俺たちは馬車に乗り込み村から出発した。

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