第482話 凝固点降下
「蘇から醍醐を作る場合、蘇、この場合はフレッシュチーズになるんですけど、ここに穴を空けて冷却します。すると、その穴から醍醐が滲み出てくる。と本草綱目には書かれており、その事から、醍醐とは蘇の内部の脂肪分であり、蘇と醍醐で凝固点が違うから、蘇は冷えて固まるけれど、脂肪分である醍醐は固まらず、滲み出てくるのだろう。と言うのが、現代研究から導き出されている解答ですね」
語る田町さん。
「つまり、その冷やして固めたフレッシュチーズを、更に冷やせば、醍醐、アルミラージの方から勝手にフレッシュチーズより出てくる。って話ですね」
俺の返答に皆が首肯する。これは一度聞いただけで理解するのは難しいな。
「それで合っていると思います。ただ、このフレッシュチーズだけを凝固させて、脂肪分だけを取り出すとなると、その温度が何度なのか、かなり検証が必要になってきます」
そうだよねえ。と言うか、既にバヨネッタさんと武田さんとミカリー卿が静観モードに入っているんですけど。
「氷水でボウルを冷やして、ハイポーション入りのフレッシュチーズを作った訳ですから、零度よりは確実に低い温度ですよねえ」
「何で零度以下だと言い切れるんだ?」
とデムレイさんが尋ねてきた。デムレイさん、カッテナさん、ダイザーロくんなんかは、今回のアルミラージ再現実験で地球の温度の計り方なんかを学んだけど、魔法のある向こうの人だと初見じゃ分からないか。
「水で出来た氷は零度以下にはならないからです」
「それは違います」
割って入ってきたのは田町さんだ。
「水で出来た氷も零度以下になります」
「え? そうなんですか?」
水で出来た氷は零度以下にならないのだと思っていた。
「たとえば冷凍庫で水を凍らせた場合、水は基本的に零度で凍り始めて、全て凍るまで零度のままですが、水が全て氷に変わると、最終的に氷の温度は冷凍庫の内部と同じ温度まで下がるんです」
へえ、そうだったのか。水はいつでも零度以下にはならないと思っていたけど、それは単に水の凝固点が零度なだけなのか。
「う〜ん? つまり二人の話からすると、その零度以下の氷を使って冷やせば良い訳か?」
首を捻るデムレイさん。
「その為には、この部屋を零度以下にしなければなりませんね」
「あ、そうなるのか」
と田町さんの説明にデムレイさんは顔をしかめる。寒いのが苦手なんだろうか?
「部屋を氷漬けにすれば良いのかい?」
今の説明を聞いていたのだろう。部屋の隅でミカリー卿が魔導書を取り出している。
「ええと、どのくらいまで冷やせますか?」
本当に部屋を氷漬けにして貰うつもりはないが、どれくらいの事が出来るのか尋ねてみた。
「そうだねえ。一頁使い切れば、完全凍結も可能だよ」
その完全凍結とやらがどのくらい凄いのか知らないけれど、バヨネッタさんが横で、「やるじゃない」みたいな雰囲気出しているから凄いのだろう。仮にその完全凍結が絶対零度なら、死ぬけどね。
「完全凍結となると、アルミラージの脂肪分も凍結してしまいそうですから、ミカリー卿の手を借りるのは最終手段とさせてください」
「そうかい? 言われてみれば、私は氷結系の魔法を使えるが、その温度を計ったりなんてしてこなかったな。攻撃や防御に使うものだし、調理には向いていないかもね」
かもね。ではなく向いていないと思いますよ。
「ええと、実験に取り掛かります」
音頭を取る田町さん。とりあえず三月だと言うのに部屋に冷房を入れて、実験開始だ。
「まず、零度ではフレッシュチーズにまでしかならないのは昨日までで確認済みです。その後、冷凍庫で冷やしましたが、家庭用冷蔵庫の冷凍庫はマイナス18℃までなので、それ以上冷やす必要があります」
「どうするんですか? ドライアイスですか? それとも思い切って液体窒素?」
「その二つも持ってきていますが、まずは氷に塩を振り掛け、凝固点降下を起こすところから始めましょう」
ああ、氷に塩を振り掛けると、温度が零度以下に下がるってやつか。あれ凝固点降下って言うんだ。
「どれくらいまで下がるんですか?」
「塩の場合、最大で約マイナス21℃です。次に塩化マグネシウムで試します。こちらはマイナス33℃ですね。その次が塩化カルシウム。これでマイナス55℃まで下がります」
へえ。塩以外でも下げられるんだな。
「ちなみに、ドライアイスと液体窒素だとどのくらいの温度になるんですか?」
「ドライアイスでマイナス79℃。液体窒素になるとマイナス196℃から210℃ですね」
「結構差がありますね。マイナス100℃くらいの液体とかないんですか?」
「ありますよ。塩素ですけど」
それは駄目かなあ。
そうこう話している間も田町さんは実験の準備を進め、俺たちは氷に塩から順に実験を重ねていったのだった。
「駄目ですねえ」
結果、全てハズレで終わった。いや、分かった事もある。ハイポーション入りのフレッシュチーズは、ドライアイスで冷やしても完全には固まらず、アルミラージも滲み出てこない。だが、液体窒素では固まるけれどフレッシュチーズ自体壊れてしまうのだ。これではアルミラージを取り出すどころではない。
「やっぱり塩素? それともキセノン? クリプトンも候補かしら?」
田町さんは度重なる失敗から、額に片手を当てて考え込んでいる。
「そう言えば……」
と暗い雰囲気のキッチンスクールのスペースで、努めて明るくアンリさんが俺に話し掛けてきた。
「氷に塩と言いますと、オル様もハルアキくんの塩で氷を溶かしておられましたね」
そう言えば、『清塩』を手に入れた後、魔法科学研究所で、俺の『清塩』をオルさんに調べて貰った事があったっけ。ポーションにも含まれているヒーラー体が、俺の『清塩』にも含まれているとか。その時にオルさんが俺の塩で氷を溶かしていたっけ。あれって凝固点降下を試していたのか。
「確かに、俺の『清塩』は普通の塩とは違いますし、試してみますか」
と明らかに期待薄な望みに懸けて、俺たちはハイポーション入りのフレッシュチーズをボウルに入れ、更にそのボウルを、氷を俺の『清塩』で溶かした液体の入ったボウルに浸ける。温度はマイナス90℃から110℃だ。するとどうだろうか。フレッシュチーズに空けた穴から、油状のものが滲み出てきたではないか。
「こ、これがアルミラージ……?」
ほぼ透明に近い金色の油が出てきた事に俺たちは驚き、困惑していた。
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