第483話 味、効能、量
出てきた透明に近い金色の油状のものをスプーンでかき集め、別皿に移す。量的には小さじ一杯に満たない。
「これが、アルミラージなんですかね?」
田町さんに尋ねるが、驚いて声も出ない感じになっている。
「しかしあれだけやって、出てきたのはこれだけか」
とデムレイさん。まあ、一リットルの牛乳の脂肪分は、多いと言われるジャージー牛でも五パーセントいかないらしいからなあ。小さじ(五cc)に満たないのも仕方ない。
「とりあえず、味見してみません?」
わくわく顔のカッテナさんは、この油状のものの味が気になるらしい。
「そうですね。毒になるものは入っていませんし、ひと舐めしてみますか」
と皆で小指の先にちょこんと付けてみたものの。先のフレッシュチーズの段階でかなり酸っぱかった事を思い出して、俺を含めた男たちが牽制し合っている横で、女性陣が先陣を切ってこれをひと舐めする。
「おおお……」
「甘いです」
「バターオイルと表現される理由が分かります」
との事なので、俺も思い切ってひと舐め。踏む。触った時にも感じたが、まず舌にくるのは『冷たい』だ。極低温で冷したから当然だけど、それなのに油のような食感なのが不思議である。そして肝心の味は濃厚なバター。砂糖が入っていないので、「甘い!」と突き抜けるような甘さはないし、油がさらっとしているので、すぐに口から消えてなくなる。不思議ともう一口欲しくなる後引く味だ。
なのでもう一口。と別皿に目をやると、既にアルミラージと思しきものはキレイさっぱりなくなっていた。
「これが最高に美味しいものなの?」
と口を挟んできたのはバヨネッタさんだ。武田さんとミカリー卿もいつの間にやら味見をしている。
「いや、割りと好きだぞ俺。なんだろう? 食べた事があるような、懐かしい味がするな」
武田さん、それは前世で食べたからじゃないでしょうか?
「まあ、二千年以上前となると、甘味も少なかっただろうからねえ。これも王族への献上品としては最高峰だったんじゃないかな?」
ミカリー卿の言葉に、皆が成程と頷く。
「じゃあ、これを量産すれば良いのか」
デムレイさんが早速次のアルミラージ制作に取り掛かろうとしたところで、田町さんが待ったを掛ける。
「魔法科学研究所の職員として、この精製物の成分分析をしたいのですが」
「そうは言うけど、こっちにだって都合があるのよ。あなたたちを待ってはいられないわ」
とバヨネッタさんが反論する。どちらの言い分も分かる。蘇の段階でハイポーションの二倍の治癒力を有していた代物だ。そこから精製した油なら、さらなる治癒力を発揮するかも知れない。研究者である田町さんとしては、そこら辺を調べずにはいられないだろう。
他方バヨネッタさん、と言うか俺たちの目的は、そこではなく、これを使ってアルティニンの口を開かせる事だ。この精製物がどれくらい必要になるか分からない以上、今のうちに量を作っておきたい。
「それじゃあ、これから作る、始めのアルミラージは田町さんに渡しますから、それを魔法科学研究所に持っていって、成分分析でもしていてください。俺たちはその間にこいつを作り続けていますから」
俺の提案で両者納得したところで、俺たちはドンドンアルミラージを生産していく。といっても、一リットルの牛乳から、小さじ一杯以下のアルミラージしか作れないのだが。
「どのくらい必要になると思います?」
早々に田町さんは魔法科学研究所へと戻っていき、残された俺たちは牛乳からフレッシュチーズ作り、そこからアルミラージを作り、と工程分けして制作しているのだが、それ以外やる事がないので暇と言えば暇であり、雑談混じりの会話が始まる。
「量は必要だろう。あの巨体だ。少量では開く口も小さかろうよ」
とデムレイさんが答えれば、
「そこはカッテナがいるんだから、少しでも口が開けば問題ないでしょう」
とバヨネッタさんが反論する。まあ、それはそうか。
「でも、竜の口が開かなければカッテナの『反発』だって意味をなさないんだから、アルティニンが口を開けるだけの量は必要だろう」
とは武田さん。それもそうだなあ。と言うか、武田さんは前世の事なんだし、覚えておいて欲しかった。まあ、ビチューレ王家も武田さんたちに見せないようにアルティニンの口を開かせたみたいだし、しょうがないけど。
とりあえず一リットルくらいは作ろう。と話がまとまったところで、俺のスマホに田町さんから電話が掛かってきた。
『凄いです! アルミラージ!』
「そうなんですか」
多分凄いだろう事は、田町さんの興奮度合いから分かるが、俺まで乗せられて、「そうなんですか!?」とはなってはいけない。興奮している人の相手は冷静にしなければ。
「なんとハイポーションの百倍の治癒力がある事が分かったんです!」
それは凄い! いや、凄いのか? 一リットルは千ccでそこから五cc以下のアルミラージしか作れないとなると、コスパが悪い気がする。いや、ホエイもハイポーションの二倍の治癒力があるみたいだし、その副産物扱いなら、別に問題ないのか?
「残ったフレッシュチーズの方はどうだっんですか?」
『普通のハイポーションの半分の治癒力になっていました』
成程。フレッシュチーズの治癒力が半分になった分、濃縮されてアルミラージの方に治癒力が移った形か。
「でもそれ、計算おかしくないですか?」
普通のハイポーションの治癒力を1000としたら、フレッシュチーズやホエイは2000だ。フレッシュチーズの治癒力が半分になったなら、500になっており、アルミラージの治癒力は1500となっているはず。それが百倍の十万と言うのはおかしい数字だ。
『工藤くんなら、画像を観てもらえばすぐに理解して貰えると思うんですけど、アルミラージはヒーラー体が異常に多いんです。オル氏はギリギリまで冷やした事で、ハイポーション内の菌が最大まで活性化して、このような現象が起きたのだろうとおっしゃられておいででした』
ああ、成程ね。ポーションをハイポーションに変化させる菌は、冷えれば冷える程活性化する事が分かっている。きっと100℃と言う温度はハイポーションの菌が最も活性化する温度帯なのだろう。
「分かりました。伝えてくれてありがとうございます」
俺が電話を切ろうとしたところで、
『それでですね……』
と田町さんが、電話の向こうから申し訳なさそうに話し掛けてくる。
『出来れば工藤くんの『清塩』を、もっとこちらに融通しては貰えないかと……』
「クドウ商会を通してください。俺の一存では決められません」
『…………はい』
そんな訳で? 俺たちは気も新たにアルミラージ作りを再開したのだった。
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