第481話 呼び方

「や、やっと出来たあ……」


 俺、田町さん、アンリさん、カッテナさん、デムレイさん、ダイザーロさんが一息吐いているキッチンスペースの隅で、やる事が無いバヨネッタさん、武田さん、ミカリー卿が、「お? 出来たか?」って顔でこちらを見てくる。いやまあ、役割分担があるから、それはそうなるんですけど。釈然としない。


「出来たの?」


 と足取り軽やかに近付いてくるバヨネッタさん。


「まだ蘇、フレッシュチーズの段階ですけどねえ」


「ええ〜? まだダイゴにならないの?」


 俺の説明に不満があるようだが、そんな簡単に誰でも作れると言うなら、製法が失伝していない。


「しかしなんだな。まさか温めた牛乳に同量のハイポーションを入れないと、カードとホエイに分かれないとは思わなかったな」


 と腕を組みながら驚きを言葉に出すデムレイさん。


「そうですねえ。しかもカードとホエイに分離させるにも、火から離して氷水の入ったボウルで鍋を冷やしながらしないと駄目。出来上がったカードも氷水に漬けておかないと、常温ではドロドロで固形の状態を保てませんからねえ。何とも常識を覆す製法です」


 と田町さんも語る。


「とにかく、食べてみましょう!」


 カッテナさんは、苦労したこのフレッシュチーズを食べたくて仕方ないらしい。


「そうですねえ。では皆でちょっとずつ」


 とその場にいる皆で口に含めば、


「ゲボッ」


 思わず咳き込む程の酸っぱさだった。まあ、酸味のあるハイポーションをドバドバ使ったのだから、こうなるのも当たり前と言えば当たり前か。知らずに食べたら、腐っていると思ってしまう味だった。


「これをあの竜が好んで食べるとは思えません」


 とはダイザーロさんの言。これには皆して同意だ。


「失敗かなあ」


「とりあえず出来上がったフレッシュチーズとホエイは、魔法科学研究所に持って行って、成分を調べてみますね」


 田町さんのこの発言で、今日は解散となったのだった。



「ダイザーロさんはこの部屋使って」


「すみません、俺なんかの為にわざわざ」


 解散となった後、デムレイさんは武田さんとともに街に繰り出し、バヨネッタさんはカッテナさんを連れていつも泊まっているホテルへ。ミカリー卿はモーハルド大使館へ。田町さんとアンリさんは魔法科学研究所に戻っていったので、残ったのは俺とダイザーロさんだけだ。


 もうやる事無いし、家帰って寝よう。って話になって、ダイザーロさんを連れてマンションに帰宅した。


 昼間に色々試して料理する気力も失せていたので、カップ麺で良い? と尋ねれば、何でも良いです。との返答。まあ、そりゃあそうなるわな。


 二人侘しくカップ麺をすすると言うのもあれなので、どうせなら、L魔王のコンテンツでも観るか。とテレビで動画を観ながらの夕食となった。L魔王、レトロゲームしながらキャーキャー言っとるな。


「あの……」


 珍しくダイザーロさんの方から話し掛けてきた。


「使徒様に上申するのはおこがましいのですが……」


 え? 何? 怖い。ついて行けないので辞めます的なパターンのやつ?


「俺と使徒様って、そんなに歳は変わらないと思うんです」


「そうだねえ。確か誕生年は同じだったはずだよ。誕生日はダイザーロさんの方が早いけど」


「それです!」


 俺が面接の『記録』を思い出していると、ちょっと大きな声を上げられてビクッとなってしまった。


「どれ?」


「同い年なのに、使徒様は俺に敬語をお使いになられるじゃないですか。それが何と言うか、居心地悪いと言いますか……」


 ああ、確かに同年代の人間に、『さん』付けで呼ばれるのは、居心地が悪いかも知れない。


「ごめん、そこまで気が回っていなかったよ」


「いえ、こちらこそ……。尊重して頂いているのに、物申す形になってしまって」


「気にしないで。じゃあ、何て呼べば良いのかな? ダイザーロくん? それとも呼び捨てでダイザーロ? それともダイちゃんとか?」


「え? ええ? そんな、いえ、お好きなようにお呼びくだされば……」


「それだと今まで通りダイザーロさんになるけど?」


 俺の発言に、困ったように眉と口をへの字にするダイザーロさん。悪ふざけが過ぎたかな。


「それじゃあ、ダイザーロくんでいこうか。これからもよろしく、ダイザーロくん」


「は、はい! よろしくお願いします!」


 と俺とダイザーロくんが握手をした所で、テレビの向こうではL魔王がゲームオーバーになっていた。何しているのやら。



「大発見です!」


 翌日キッチンスクールのスペースへ行くと、田町さんが興奮して俺たちを迎えてくれた。


「研究所の方で、何か分かったんですね?」


 俺の質問に首肯で返す田町さん。


「今回、ハイポーションを使ってフレッシュチーズとホエイを作り出しましたよね?」


 俺たちは首肯する。


「で、この両者の成分を研究所で調べた結果、ハイポーションよりも治癒力が高い事が判明しました」


「マジですか!?」


「はい! しかもフレッシュチーズもホエイも、ハイポーションの二倍の治癒力ですよ! 我々は凄い逸品を作り出してしまいました!」


 まあ、当初の目的からは外れたけど、魔王軍との戦争には役立ちそうだな。


「醍醐の前段階の蘇であるフレッシュチーズでこれですからね。醍醐、アルミラージともなれば、恐らくその効能は更に高くなるでしょう。これは研究者として、研究しがいが出てきました!」


 熱いな田町さん。研究に情熱を燃やすタイプだったんだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る