第246話 トリックプレイ
放課後、俺はミウラさん家の運転手が運転する車で送って貰った。当然アネカネも一緒である。
その途中で、アネカネが寄り道したいと駄々をこねたので、カフェに立ち寄る事にした。
「なんで真冬にオープンテラスなんだよ」
「良いじゃない。折角なんだし」
俺たち三人は、その店の名物だと言う、ホイップクリームの沢山載ったココアを片手に、店の奥、中庭のようなオープンテラスの一席に腰掛けた。冬だと言うのにテラス席には結構人がいて、俺たちが座ると、俺の後ろの席にすぐに誰か座って、満席となったくらいだ。
「どうだった? ウチの学校」
「意味分かんない」
席に着くなり俺が質問すると、二人は顔を見合わせて、アネカネがそう答える。
「なんだよ、意味が分からないって」
「まず制服よ! 何で女子の制服は、あんなにスカートが短いの!?」
声を上げるアネカネに、ミウラさんがうんうん頷いている。ああ、と俺もそこには頷いた。異世界、それも西の大陸の女性は皆、長いスカートで足を隠しているのが普通だからな。バヨネッタさんもそうだし。バヨネッタさんなんて、初めて俺ん家に来た時、靴からスリッパに履き替えるだけで文句言っていたもんなあ。それだけ足を隠したがるのだ。二人も上履きに履き替えるのは難儀していそうだな。
「でも短いスカートが嫌なら、ズボンって言う選択肢もあっただろ?」
ウチは女子のズボン着用を認めている。オラコラさんもズボンだし、ズボンが駄目と言う事もないだろう。
「下半身の線が出るって言うのが、もう駄目だから」
「そうなの? …………体育の授業とかどうするの? 見学?」
「私たちがゴネたら、身体の線が出ないズボンの着用を許可してくれたわ」
何だそれ? 俺が首を傾げると、
「アミ、写真を出して」
とアネカネがスマホに話し掛ける。そうして出された写真を見て、俺は思わずココアを吹き出しそうになってしまった。そこに写っていた二人は、まるで第二次世界大戦中のご婦人の如く、モンペをはいていたからだ。
「どう? 中々良いでしょう?」
二人は写真の自分たちに自信満々のようだ。
「ああ、うん。流行るかもねえ、もしかしたら」
俺はそれしか言えなかった。
「そもそも、何で皆同じ服を着ているのかしら?」
そこからなんだ。魔女は皆服装が個性的だからなあ。
「人間は一人一人違うのだから、制服にせずに普段着でも良いと思うの」
「そう言う学校もあるよ。でもウチの学校を選んだのは二人だろう?」
「そうだけど」
アネカネは不満があるらしい。一方のミウラさんはそうでもなさそうだ。
「オルドランド軍では規律を保つ為に、制服を着る事になっていますから」
俺の視線に気付いたミウラさんが教えてくれた。
「あれ? ミウラさんって軍に入っていたの?」
「軍には入りませんでしたが、首都の士官学校には入っていました」
そうなんだ。通っていたではなく、入っていたって事は、士官学校って寄宿学校なのかな?
「ジェイリスとは同期なんですよ」
「ジェイリス!! うわっ!! もう何だか懐かしいわ!!」
ベフメルで別れてからそれっきりだな。七月だったから、半年くらい前か。
「元気にしてる?」
「ええ、ベフメ伯爵の補佐役もサマになってきていますよ」
「そっかあ。元気にやっているなら何よりだなあ」
「ベフメ伯爵は色々話したいとおっしゃっていましたよ」
「ははは」
ベフメ伯爵にも俺が異世界人である事がバレちゃっただろうからなあ。あれやこれや、商人である俺に、注文したいものがあるのだろう。
「分かりました。クドウ商会の支店を、ベフメルに出す方向で話を通しておいて貰えますか?」
「よろしいのですか?」
「ええ。どのみち、オルドランドと貿易していくなら、ベフメの砂糖は大量輸入する事になるでしょうから。あそこに支店を置くのもおかしくありませんよ」
「確かにそうですね。分かりました。家に帰りましたら、その旨、ベフメ伯爵宛に通達しておきます」
「はい。こちらでもそのように動きますから、よろしくお願いします」
さてと、あまりここで長居をして、クドウ大使に心配させ過ぎてもいけないな。本題を片付けよう。
「しかしどうしたものかねえ」
「Future World Newsの事?」
「ああ」とアネカネに応えながら、俺は自分のスマホを取り出し、操作し始めた。
「放っておいて大丈夫なんじゃない? オルさんの防衛網のお陰でしっかりとは覗けないんでしょう?」
「まあ、そうみたいだね。でも、放ってもおけないよ。国防の問題だからねえ。オルさんが関わっている施設は大丈夫だろうけど、他が心配だよ。もしかしたら他国に飼われて、情報を流しているかも知れない」
「ああ、その心配はあるかもね」
そうなのだ。FWNの人間が、俺と同じ事故でスキルを身に付けた人間なら、まだ一年と数ヶ月といったところだが、もしそうでなければ、この日本に対して、『空識』と言うとんでもないスキルがかなり昔から使われてきた事になる。
「でも運が良かったとも言える」
「運が?」
二人は意味が分からない。と首を傾げていた。
「相手が同じ地球人で、恐らく異世界に行った事のない、レベル一だからな」
「そう言う意味ね。それなら確かに運があったかもね。レベル一だと、出来る事にも制限があるだろうし、近くないと覗けないんだっけ?」
「ああ。相手のスキルはレベルが上がる程、認識出来る距離が伸びるらしい。まあ、それでも五百メートルくらい先を見通すらしいけど。近ければ近い程良く認識出来るとか」
「ふ〜ん。ま、結界魔導具持っている私たちには関係ないわよねえ」
アネカネの言に、俺も自分のキーマの護符を触る。魔女が仕掛けを施した特別な指輪を。
「分からないぞ? もしかしたら、滅茶苦茶近くから俺たちを覗いているかも知れない」
と俺はこぼれる笑いを抑えるように口角を上げながら、スマホに目を落とした。
ガタッ。
その瞬間、俺の後ろの席に座った客が飛び上がるように席を立つ。その衝撃で男の席のコーヒーがこぼれてしまった。
「大丈夫ですか?」
振り返った俺を、恰幅の良い後ろの客は、恐怖に引きつった顔で覗き込んできた。そしてその視線を俺と、俺のスマホの間で、行ったり来たりさせるのだ。
「ああ。これですか? 大変だったんですよ? 日本の防衛衛星を使わせて貰う許可を貰うの」
言って俺はスマホの画面を男に見せる。その防衛衛星から撮られた宇宙からの映像には、くっきりと客の姿が映し出されていた。そう、『空識』スキルの持ち主である男の姿が。
「な、何故俺が?」
「分かったかって?」
俺はキーマの護符を男に見せ付ける。
「この魔導具は、悪意のあるスキルや魔法を跳ね返す仕様なんですけど、俺が仕える魔女様に、その仕様に指向性を付けて貰ったんですよ。要は逆探知とか、潜水艦のパッシブソナーみたいなものですね」
曇りガラスの向こうからでは、バヨネッタさんが何をしているのか見通せなかったのだろう。だから男は俺たちの側までやって来たのだ。罠だと知らずに。『空識』の未来視も、レベル一ではそれ程脅威ではないようだ。
ギョッとして目を見開く男に対して、俺はあえて挑発的に目を細めて口角を上げる。それが癇に障ったのだろう。男は、思わず俺の頬を殴っていた。相手はレベル一だ。全然痛くない。
「逮捕だあ!!」
そして周りで客に扮装していた警官たちが、男の逮捕に動き出した。
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