第472話 宮廷料理
モーハルドの東にあるビチューレ小国家群。多数の川に別けられた島々によって構成され、複数の少国家が集まり、王たちによる合議制で政治を動かしている連合国だ。元は一つの国家だったのだが、王が子沢山だった為に跡目争いが勃発し、国が分裂。現在に至る。俺たちはそのビチューレ小国家群の一つ、南西のコルト王国にやって来ている。
「おお! 良くぞ参られました使徒様方、それにミカリー卿、勇者様」
王宮の謁見の間で、コルト王国国王であるチーク王は、立ち上がってこちらへ向かってくると、俺たちの前で跪いた。まさか連合国とは言え、一国の王が俺たちに向かって跪くとは。それだけでどれだけこの国が信心深いか分かる。まあ、コルト王国はデーイッシュ派なんだけど。周りを見ればチーク王だけでなく王妃や臣下など全員が跪いていた。えっと〜、
「心よりの歓待痛み入ります。しかしそのままでは会話もままならないでしょう。王よ、どうぞ玉座へ。もしも玉座に座るのが心苦しいのであれば、応接室ででも話をしましょう」
俺の言葉に深く頷いたチーク王の命により臣下たちが動き、その臣下たちの案内で俺たちは直ぐ様応接室へと移動した。
「簡単ではございますが、お料理を用意させて頂きました」
とまるで満漢全席の如くテーブルを埋め尽くす料理の数々。絶対に食べきれないんですけど。すると早速ミカリー卿が魔導書を取り出し、テーブルに並べられた料理にキラキラした魔法を振り掛ける。
「大丈夫。毒はないから食べて良いよ」
そうですか。毒見魔法みたいなものも持っているんだな。毒は恐いからねえ。と思いつつ俺は手前の水を一口飲んで、その水の美味しさに驚く。そして鳥肉の丸焼きを使用人に取り分けて貰い、一口頬張れば、表面の皮は甘くパリパリで中の肉はジューシーと、まさに宮廷料理の面目躍如の美味しさだ。
「お気に召されたようで何よりです。当王家は食に力を入れておりまして」
とホッとしたようなチーク王に言われてハッとする。いけない、俺たちは食を楽しむ為にこの国に来たんじゃない。俺はチーク王と横の王妃に向き直る。
「チーク王。今回我々がこのコルト王国にやって来た理由は、聞き及んでおいでだと思います。どうかお力をお貸し願えないでしょうか?」
これにはチーク王も一も二もなく承諾してくれる。と思っていたのだが、困っているとアピールするように眉がハの字に下がっている。
「我々としては天使様より遣わされた使徒様方を支援する事に、何ら異存はないのですが、何ぶん、えー、何と言いましょうか、鍵をなくしまして……」
「鍵?」
俺の問いに更に眉を下げるチーク王と王妃。
「それはおかしいな」
異を唱えたのは武田さんだ。
「あのダンジョンの入口に、それらしい鍵なんてあったかな? 確か五十年前は王族が秘中の呪文を唱えた記憶なんだが?」
そうなのか。開けゴマだかアブラカタブラだか知らないが、呪文式なら確かに鍵をなくした。と言う言い訳は通用しない。
「それはつまり、その呪文を忘れてしまった。もしくは呪文の書かれてる何かを紛失してしまった。と言う事なんじゃないのかな?」
とはミカリー卿の意見。成程。とチーク王を見遣れば、うんうん頷いているので、ミカリー卿の意見が正解のようだ。
「問題ないわ。そんな入口程度、ぶち壊せば良いだけよ」
最近富に過激になったバヨネッタさんが発言すれば、チーク王と王妃の顔が真っ青になる。
「駄目ですよバヨネッタさん。俺たちは中の魔物を倒すだけの実力がありますけど、市井の方々がそうとは限りません。入口から抜け出した魔物が街を徘徊するようになっては、あっという間にこの国は国ごとゴーストタウンです」
「面倒臭いわねえ」
言いながらバヨネッタさんはオレンジ色のソースがかかった薄切り肉を一口分に切り分け、付け合わせの野菜とともに口に運んでいる。
「紛失とはどのような状況なのですか? 呪文を覚えていた者が亡くなったのか、書かれていた物が盗まれたのか、それとも壊れたのか、壊されたのか」
とミカリー卿が静かにチーク王に詰め寄る。そう言えば王家や貴族には管財人と言う財産を管理する人材がいたはずだ。何であれ、簡単に紛失するとは思えない。
「ビチューレ王家は、元を正せば二千年以上前のアリクサンダル王朝に端を発します」
チーク王が語り出す。もしやここから歴史の話になる感じか?
「アリクサンダル王朝が出来る前はまだアルティニン廟は閉じておらず、魔物が行き交う恐ろしい場所でした」
アルティニン廟と言うのが、今回俺たちが挑むダンジョンの名だ。
「そのアルティニン廟の入口を閉ざし、周辺を平和な地へと変えたのがアリクサンダル大王であり、そこからアリクサンダル王朝は始まりました」
そうですか。横のバヨネッタさんとか、完全に興味をなさそうに川エビと水麦のスープを食していますけど。更にフレッシュチーズと野菜のカプレーゼみたいなものを食べる。気に入ったのだろう。美味しそうに食べている。俺も食べよう。
「その封印にはウサギが使われ、そのウサギが腐らないように、腐らないポーションに丸々漬けて、そのウサギを保存し続けました」
ん? 何かその話聞いた事がある気がする? どこだったっけ? 覚えていないと言う事は、『記録』を獲得する前か。
「その後アリクサンダル王朝は滅びましたが、その後の王朝もウサギを王家の象徴と定め、アルティニン廟の封印に使われたウサギ肉を今代まで王家である証として受け継いできました」
あ、この話、確かベフメでハイポーションを作った時に、オルさんとリットーさんが言っていた話だ。コルト国には二千年前にポーション漬けになったウサギ肉があるって。
「それで、今回のお家騒動で国が分裂した際、ウサギ肉を各王家で分散所有する話になった訳ですね?」
俺の言葉にチーク王が項垂れるように頷く。
「それって、入口を開けるのに関係のある話なのか? 呪文式なんだから、ウサギ肉は入口と関係ないだろ」
とは武田さんの言。それは俺も思ったが、同時に何だか嫌な予感で背中を冷や汗が流れる。
「はい。今まででしたら、ウサギ肉の入った金器ごと、次の王朝が引き継いでいたのですが、今回ばかりは王家が分裂して多くなった事もあり、ウサギ肉は別の容器に移し替え、その入っていた金器を鋳潰し、各王家の王印を作製したのです」
ドッと冷や汗の量が増える。
「ま、まさか、アルティニン廟の入口を開ける呪文が、その金器に刻まれてたりしたりして?」
申し訳なさそうに首肯するチーク王と王妃。マジかよ。そんなの、もう完全に入口を開かせる方法が途絶えてるじゃん。
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