第473話 逸話
何はともあれ、まずはアルティニン廟とやらへ行ってみる事になった。アルティニン廟でなら分かる事があるかも知れないからだ。そんな訳でサングリッター・スローンでアルティニン廟に向かっている。
ビチューレ小国家群は群島国家だ。ビチューレ全体を大小の川が広範囲に流れ、その中に大小様々な島や州がいくつも存在している。これから行くアルティニン廟もその島の一つである。
「どうかしたのか?」
操縦室で武田さんに声を掛けられた。
「明らかに考え事している顔だぞ」
まあ、顔に出るのは今更だな。
「武田さん、アルティニン廟ってどんな場所ですか?」
「ああ、それな。入口は大きな竜の口のようだったのを覚えているよ。まるで自分たちから竜に呑み込まれに行くようで、良い気はしなかったな」
武田さんの言に、操縦室にいる皆の耳目が集まる。
「その竜の口を開かせる呪文は覚えていないの?」
とバヨネッタさんが尋ねるが、武田さんは首を横に振るった。
「あの後ガドガンとも通信魔法でやり取りしたが、どうやらアルティニン廟を開かせるのは、ビチューレ王家でも秘中の秘らしく、俺たちは竜の口が開く瞬間は見ていなかったようだ」
まあ、魔物を野に放つ手段を、異国の人間に見せる訳ないよな。エルルランドのデレダ迷宮の時もそうだったし。
「工藤はそれを気にしていたのか?」
「いやあ、チーク王の話だと、二千年以上前にアリクサンダル大王なる人物が、アルティニン廟のダンジョンを封じた。と言う話じゃないですか」
「そうだな」
首肯する武田さん。
「何か聞いた事あるな。と思いまして、スマホで調べたら、アリクサンダルって、イスカンダル……アレクサンドロス大王の事を指すみたいなんです」
「つまりアリクサンダル大王ってのが、アレクサンドロス大王が転生なり転移なりした人物だと?」
武田さんの言に俺は頷き返した。
「アリクサンダル王朝ってのが、どれくらいの規模だったのか知りませんけど、ウサギとアレクサンドロス大王には繋がりがあります」
「そうなの?」
とバヨネッタさんが後ろから声を掛けてきた。俺はそれにも頷き返す。
「アリクサンダル王朝と言うと、かつてオルドランド帝国と覇を競ったと言われる幻の王朝だよ。アリクサンダル大王が一代で築き上げた王朝で、彼の死後、モーハルドも含めてここら一帯が戦国時代に突入したんだ」
ミカリー卿が補足してくれた。ああ、天使が歌で戦国時代を終結させたってあれか。それにしても一代で大王になるとか、やっぱりアレクサンドロス大王と重なるな。
「それで? ウサギとアリクサンダル大王との間に関係があるのね?」
バヨネッタさんはそこら辺に興味がないらしい。いや、既に既知の情報なのだろう。曲がりなりにも財宝の魔女を名乗るのだから、歴史や遺跡にある程度明るくないとやっていけないはずだ。
「ウサギと言うか、角ウサギですね」
「アルミラージか?」
武田さんはそこまでは出てきたが、それがアレクサンドロス大王と繋がらないらしく、首を傾げている。
「アレクサンドロス大王の逸話に、アルミラージが出てくるんです。インド洋に浮かぶとされる『竜の島』と呼ばれる島で、竜退治をし、そのお礼としてアルミラージを島民から受け取ったみたいです」
「そうなのか?」
「はい。その島の名前がシャジラド・アルティニン」
「成程、関係がありそうだね」
ミカリー卿は楽しそうに口角を上げる。
「アルティニンってのが、竜の事なのか?」
と武田さん。俺は首肯する。
「アルが『the』みたいな冠詞で、ティニンが『竜』みたいです」
「じゃあ、アルミラージは?」
「ミラージは通常では『梯子』や『階段』、または『登る』とか『上昇』ですね。そこからの派生で『昇天』って意味もあるみたいです」
皆が首を傾げる。そうだよねえ。だから何? って話だし。
「それで? アリクサンダル大王はどうやって竜を退治したの?」
バヨネッタさん的に気になるのはそこのようだ。
「確か、島民は竜に毎日二頭の牡牛を供物として差し出していたようなんですけど、アレクサンドロス大王はその牡牛の毛皮を剥いで、中に硫黄と
「無茶なやり方ね」
「あはは。どうですかね? アレクサンドロス大王死後の逸話ですから、本当かどうかは……。異説も様々あるみたいですし」
「そうね。それに呪文も出てこないみたいだし」
確かに。
「いや、呪文云々は俺が言い出した事だ。もしかしたら、その牡牛を供物として捧げる。と言うのが正解かも知れない」
とは武田さん。そう言えばチーク王との対話の時に、チーク王がアルティニン廟を開かせる鍵を無くした。って話から、武田さんが呪文云々と言い出したんだっけ。
「でも、供物程度のセキュリティなら、二千年のうちに王家以外の誰かが開けていてもおかしくないわ」
バヨネッタさんは供物否定派か。
「呪文でも供物でもなく、ウサギの入れられていた金器そのものが鍵だったりしたら、終わりですよね」
「その時は入口ぶっ壊して、新たに結界張れば良いのよ」
バヨネッタさんは過激派だ。
『見えてきました。アルティニン廟です』
そこでリコピンが会話を遮り、皆の視線が全面モニターに移る。眼下に見えるのは、正しく川の中に浮かぶ口を閉ざした巨大な竜の頭であった。そしてその口先に一人の冒険野郎の姿が立っていた。
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