第471話 不名誉称号

「ああ! ムシャクシャする!」


 サングリッター・スローンの玉座に座るバヨネッタさんは、渋面を隠そうともせず、むしろ暴れたい気持ちを玉座に座る事で抑えつけているようにも見える。何にせよ、バヨネッタさんの機嫌がすこぶる悪い。早くこの仕事を終わらせてしまおう。


「じゃあ、人工天使たちを『清浄星』に連れていきますから、坩堝砲の準備をお願いします」


 俺は夢幻香の指輪に火を灯し、『有頂天』状態になると、『清浄星』を右手の平の上に顕現させ、己の中の三つの坩堝を開き、そのLPでサングリッター・スローンごと、天使たち共々『清浄星』の中へ入りこむ。この光景を傍から眺めていたマルガンダの人々は、天使たちが天界へ帰っていったと思った事だろう。実際には人工天使の処分なのだが。


 ズドーーーーーーンッッ!!


 余程鬱憤が溜まっていたのだろう。バヨネッタさんはサングリッター・スローンが『清浄星』の中へ入ってすぐに、坩堝砲をぶちかまし、全ての人工天使を塵も残さず消し去ったのだった。


「はあ、すっきりしましたか?」


「まあまあね。全く何で私がデウサリウス教の使徒なんて呼ばれなきゃならないのよ」


「ははは……」


 こうなった経緯を説明しよう。



 時はストーノ教皇が、聖伏殿のテラスで信徒たちに対して復活宣言した日の夜に遡る。カッテナさん、ミカリー卿、ダイザーロさんを仲間に迎え、その日は聖伏殿で軽めの晩餐会となった。出席者は俺、バヨネッタさん、武田さん、ストーノ教皇、ミカリー卿、バンジョーさん、カッテナさん、ダイザーロさん、マチコさん、ガトガンさん、そしてL魔王だ。リットーさんやシンヤたちはパジャンのトホウ山に帰っていった。


 ストーノ教皇の復帰を喜びながらも、話題は次期教皇選挙の時期についての話となった。


「ストーノ教皇も戻られた事ですし、次期教皇選挙は、出来るなら魔王軍との戦争後にして頂きたいです」


 俺の提案に、しかしストーノ教皇は首を横に振るった。


「私としては、出来るだけ早く次期教皇を選出しておきたい。と思っています」


「何故ですか?」


 俺の、今後の予定に響くの嫌だなあ。と言う思いが顔に出ていたのだろう。ストーノ教皇は困ったように眉尻を下げる。


「私も職務に復帰しますから、次期教皇選挙に関して、ハルアキさんやバヨネッタさんの旅の邪魔は致しません。選挙に出る者を選出する試練は、今回のを参考に私が考えますよ」


「はあ」


 まあ、旅がこれ以上遅延しない。と言うなら俺から文句はない。ただ、


「理由を聞かせて頂けませんか?」


 理由は気になる。俺の問いにストーノ教皇は首肯し、理由を話し始めた。


「偏に今度の魔王軍との戦争を見据えての事です。今度の戦争は、我々人類がこれまで体験した事のない未曾有の戦いとなる可能性が高いのですよね?」


 俺は首肯で返す。


「となると、その戦争で私が命を落とす可能性もない訳ではありません」


 この発言に、ガトガンさんやマチコさんなどはざわりとしたが、俺からすれば、なくはない可能性だと思っていた。ミカリー卿の『不老』とは違って、ストーノ教皇の細胞は、凄い再生力が付いただけで、普通に傷付くのだ。サングリッター・スローンの坩堝砲のような攻撃を受ければ、ストーノ教皇でも一溜りもないだろう。


「つまり、戦争後に次期教皇選挙を開くのでは、今回回避出来た、教皇不在の可能性が出るので、その可能性を下げる為に、今のうちに手を打っておこう。と言う事ですね?」


「ええ。それに早めに次期教皇を選び、その者に私の補佐として仕事を割り振る事で、私の仕事を覚えて貰い、スムーズな世代交代をする狙いもあります」


 確かに。教皇の仕事がどのようなものかは知らないが、いきなり、「はい、あなたは今日から教皇ですから、教皇の仕事をしてください」と言われても困ってしまうな。


「分かりました。理由にも納得ですし、そちらはそのようにして頂いてよろしいんじゃないでしょうか」


 なんか、偉そうな言い方になっちゃったかな? とも思ったが、周りは誰も彼も気にしていないようなので、問題なさそうだ。


「教皇の問題は解決しそうね。なら、准天使たちの話をしましょう」


 話が一段落ついたところで、新たな話題を振ってきたのはL魔王だ。


「今いる准天使は全部廃棄。それに准天使の製造法も禁忌として、製造した者には相応の罰を与える。これで良いわね?」


 それが妥当か? 人工天使を廃棄するのは仕方ない。もう人間に戻れないだろうからな。それなら……、


「ハルアキの考える、准天使に変えられてしまった人間たちが可哀想だから、それなら……。って言うのもあるけど、私が危険視しているのは、あの准天使たちが魔王軍の戦力となる可能性があるからよ」


「魔王軍の戦力、ですか?」


 人外となってしまったから? いやでも晩餐会現在、人工天使たちはL魔王の命令で大人しくして……、


「そうか。魔王軍には魔天使ネネエルがいるのか」


「そう言う事。この世界の最上位管轄者が魔天使ネネエルであるのだから、私の命令なんて簡単に上書きされてしまう。そうなれば准天使たちは直ぐ様魔王軍の一員よ」


 確かにそれは厄介だ。L魔王が廃棄を提案するのも分かる。


「製造法を禁忌とするなら、製造法の書かれている書物なり何なりを、廃棄とすれば良いのではないのですか?」


 ストーノ教皇がL魔王に尋ねる。


「天使の製造法が記されたものが、モーハルドやデウサリウス教の勢力圏にのみ存在していると思う?」


 とL魔王。それはそうだな。


「浅慮でした。モーハルド国、デウサリウス教として、他国に今回の事件を伝え、警鐘を鳴らす事とします」


 頭を下げるストーノ教皇に、鷹揚に頷くL魔王。まあ、本人的にも周りとしてもそこに違和感はないのだろうが、俺はL魔王が普段バーチャル動画配信者をしているのを観ているので、動画配信者相手に教皇が頭を下げているのは何かもやる。


「しかし教皇猊下、あれだけの数の人工天使を滅するとなると、魔女であるバヨネッタさんの飛空艇の力を借りるのが一番となりましょうが、そうなると、また良い顔をしない者も出てくるでしょう」


 とミカリー卿が懸念を漏らす。ああ、この国の人は魔女嫌いだからなあ。しかも滅するのは人工とは言え天使だ。胸中は複雑となるだろう。


「その問題の解決なら簡単でしょう」


 口を挟んできたのはL魔王だ。


「バヨネッタ、あなたもハルアキと同じく使徒になりなさい」


 このL魔王の鶴の一声で、バヨネッタさんは使徒となったのだった。機嫌が悪くなるのも分かると言うものだ。

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