第582話 牛歩

「成程」


 冒険者ギルドへやって来た俺たちは、早速掲示板に貼り出されている『エキストラフィールド脱出クエスト』の依頼票を見てみる。そこには確かにエキストラフィールド脱出に対して依頼が出されており、その報酬は???になっていた。他の依頼票との違いを言えば、まず色が違う。他の依頼票が白い紙なのに対して、この依頼票は薄青い。そして依頼主の欄も???だ。


 何とも怪しい依頼票だが、別にこれ一つだけが薄青い訳ではなく、他にも薄青い依頼票はあり、それらは得てして依頼主の欄が?となっていた。


「とりあえず、受付に尋ねてみますか」


 俺の意見に異を唱える人はおらず、四人で受付へと足を運び、あの薄青い依頼票は何なのか尋ねてみる事になった。


「あちらは依頼主は決まっておりませんが、このエキストラフィールドで必要とされている依頼です。例えばレベルが低い、または戦闘に向かない者などが、継続的に欲しい程ではないけれど、何日かに一度や二度、欲しているアイテムの収集の為や、レベルや強さは足りていても、攻略に特殊なスキルを必要とするダンジョンのメンバー集めの為に、先に依頼票として掲示しておき、依頼主が依頼する時に困らないように、また、現在進行形でギルドや依頼主から依頼が出されている依頼と分ける為に、色を変えてあります」


 あまり感情のない亡霊の受付嬢さんが、丁寧に説明してくれた。成程、納得。そして実用的。振り返って三人を見ても、初めて知った。って顔をしている。


「気にならなかったんですか?」


「普通に、青い依頼票も受諾出来ていたはず」


 とバヨネッタさんは首を傾げている。それに追随して頷くカッテナさんとダイザーロくん。


「数は少なくとも、必要とされる依頼ですので、先に依頼を受けて頂き、持ち帰られたアイテムをギルドで保管。またはスキル持ちと連絡が取れる体制を整えておき、後でそれが必要になった依頼主が来られた時に、すぐに依頼の品をお出ししたり、スキル持ちへ連絡が行く運びとなっております」


 と受付嬢さん。成程、納得。そして実用的。


「じゃあ、青いからって受けては駄目な訳ではなく、白い依頼票と同じように受諾しても良いんですね?」


「はい」


 成程成程。


「逆に俺たちが依頼主として、あの薄青い依頼票を依頼しても良いんですね?」


「はい、問題ありません。その場合、基本的に報酬は依頼票に書かれている金額を前払いして頂き、当ギルドの方で、既に達成可能な依頼であれば、アイテムやメンバーを提出し、まだ達成不十分な依頼であれば、白い依頼票に差し替えて、再度掲示板に張り出します」


 成程成程成程。


「それで、あの掲示板に貼り出されている、『エキストラフィールド脱出クエスト』の報酬、???になっているんですけど?」


「あれは、カヌス様のご指示で掲示しておりますが、この安全地帯の町でも必要度が低い依頼であり、かつ、難易度が現状最高レベルなので、正式に依頼を出して頂いた場合、報酬に関しては、依頼主と受注したギルドメンバー間で報酬のすり合わせをして頂き、更に言わせて頂くなら、後で問題にならないようにする為にも、きっちり書面にして正式に契約をなされるのがよろしいかと」


 なんてしっかりした冒険者ギルドなんだ! ラノベの適当冒険者ギルドとは大違いじゃないか!


「それで、あのクエストを依頼なされるのですか?」


 あまり感情のない亡霊である為か、受付嬢さんの視線が冷たく、それでいて圧を感じる。まあ、それはスルーするとして、三人を振り返るも、三人して、俺が決めろ。みたいな視線を向けてくるのやめて欲しいんだけど。はあ。


「近いうちに依頼するかも知れませんけど、現状はまだ報酬を何にするかも決まっていないので、一度持ち帰って、メンバーで検討してからで良いですか?」


「問題ありません」


 淡々と首肯する受付嬢さん。まあ、そうでしょうね。そんなこんなで依頼は先送りになったので、俺たちは一旦宿屋に引き返す事にした。



「へえ、あそこって、依頼を受けるだけじゃなく、依頼を出す事も出来たのか」


 一旦宿屋に戻って、情報共有の為にそれぞれとコンタクトを取り、全員で闘技場地下の修練場へとやって来た。話し合いをするにしても、誰か一人の部屋では狭いし、一階の食堂では人の目が気になる。なので隔絶された空間である、修練場へとやって来たのだ。


『空間庫』からそれなりの大きさのテーブルと人数分の椅子を出すと、カッテナさんとダイザーロくんが紅茶とお茶請けのクッキーを用意してくれて、離れていた間の話となった。


 そこでダイザーロくんの能力や、カッテナさんの能力をアイテムに『付与』する話、今回のクエストや、冒険者ギルドでの出来事を話したところ、デムレイさんが感心したように声を漏らしたのだった。


「依頼を受けて強くなる事ばかりに執着していたからなあ。依頼票が貼り出されているんだから、当然依頼主がいる。そんな当たり前の事に目が向いていなかったな」


 デムレイさんの言葉に、全員が深く首肯する。このエキストラフィールドは地上の平面世界と比べても、よりゲーム的ではあるが、そこで暮らしている者がおり、安全な町から一歩外に出れば、そこは人工的に造られた、弱肉強食が蔓延るテラリウム的なフィールドであり、ここ安全地帯の町と、その周囲を形成するフィールドは、命と経済を循環させており、切っても切り離せない関係だ。


 こんなものを数週間で造り出し、きっちり継続性を保たせて循環させているのだから、初代魔王は侮れない。地上には興味ないようだけど、今後地下界(無窮界)で活動する事も考えると、やっぱり敵に回したくないなあ。


「……アキ? ハルアキ!」


 ハッとなって顔を上げると、バヨネッタさんを初め、皆が怪訝な顔でこちらを見ていた。


「ボーっとしてるなんて、ハルアキくんにしては珍しいね?」


 ミカリー卿に痛いところを突かれて、「ははは」と乾いた笑いで受け流す。


「で? どんな感じにします?」


「本当に聞いていなかったのね」


 呆れた声がバヨネッタさんの口からこぼれ落ちる。俺は、すみません。と頭を下げるしかない。


「俺たちとしては、先の四つのダンジョンで入手したアイテム類全部と、今俺たちが持っている手持ちのヘル全てを、クエストの報酬にしても良いんじゃないか。って話で決まり掛けていて、後はハルアキの意見待ちだったんだよ」


 腕を組みながら椅子の背もたれに身体を預け、デムレイさんがジト目で説明してくれた。


「それは……、よろしくないかと」


「何でだよ? 脱出しちまえば、もうこのエキストラフィールドには来ないだろ?」


「エキストラフィールドには来ないかも知れませんが、下の無窮界には行くじゃないですか。その時にヘルを現地の貨幣に両替出来るでしょうし、それにダンジョンのアイテムを報酬にしてしまうと、下手をしたらアイテム探索の方に時間を食われて、俺たちの本当の目的である、四つのダンジョンを同時攻略する。と言う大目的をなおざりにされる可能性がありますから」


「ああ~」と皆から声が漏れる。まあ、冒険者ギルドの受付嬢さんが言っていたように、事前にしっかり契約書を交わせば、ここら辺の問題は解消出来るかも知れないけど、本当に面倒臭い。こんな形で足止めされると、精神的に削られるから嫌なんだよなあ。

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