第527話 カラクリを識る

「何故君たちをここへ招いたか、か」


 そこでカヌスは紅茶を一口すすり、口の滑りを良くしてから、逆に尋ねてきた。


「それに答える前に、僕からも聞きたいね。君たちの攻略速度は僕の想定以上だ。まるで一度このアルティニン廟を攻略したかのようにね」


「それは……」


 とそこで俺は武田さんに目を向ける。


「確かに、セクシーマンがいるのは分かっているよ。でも前回のセクシーマン一行とは明らかに攻略の仕方が違う」


 まあ、前回のセクシーマン一行は力業で無理矢理押し通った感じみたいだからな。


「これだけの攻略速度は、このそれなりに長いアルティニン廟の歴史でも二番目だね」


「二番目、ですか?」


 俺の言葉に頷き返すカヌス。


「一番はアリクサンダル一行だ。まあ、彼らの場合は数とレベルのゴリ押しだった」


 数とレベルのゴリ押し。何となく想像がつくな。高レベルで揃えた精鋭多数で、ドンドン攻略していったアレクサンドロス大王一行。マケドニア、ギリシアからインドまで一代で踏破し制覇したその人らしい。


「だが君たちの場合は、しっかりこのアルティニン廟の理屈を理解したうえで、最適解に近い形で攻略している。何故そんな事が出来るのかな?」


 う〜ん。俺が事情が分かるであろう武田さんの方をちらりと見遣ると、武田さんは首肯で返してきた。なら話すか。


「まあ、端的に言うと、我々異世界人はこの手のダンジョンはゲームで慣れているから。としか申し上げられませんね」


「ゲーム? 戯盤かい? それでこのアルティニン廟の攻略を?」


 カヌスからしたら理解の外の答えだったのだろう、目を丸くしてから、信じられないものを見る目をこちらヘ向けている。


「ゲームと言っても盤上遊戯のようなものでなく、もっと複雑な、それこそ『Play The Philosopher』、その劣化版レベルのゲームが、我々の世界では出回っていますので」


「ほう」


 目を細めたカヌスは、それが何であるかを正しく理解しているからこそなのか、それとも俺たちの知らない何かを思い出してか、その気配をはっきりと重い、常人が浴びればそれだけで死んでしまうような気配を、ほんの一瞬顕わにし、しかしそれを直ぐ様霧散させて、それまでのようななんでもないを装った顔に戻った。


「にわかには信じられないが、そうであるなら合点がいくかな」


 と口元に手を当てて考え込むカヌス。何であれ、直前に魔王の片鱗を見せ付けられた俺たちは、現在首と胴が繋がっている事に胸を撫で下ろしながら、さてどうしたものかな。と皆で視線を交わす。


 どうやら眼前の初代魔王様は、何やら沈思黙考モードのようだが、さてこの思考を断ち切って、ここに呼ばれた理由を再度尋ねて良いものか。


 皆が皆、お前が何か言え。とそれぞれに視線を飛ばし、私は嫌だ。と首を横に振る。それを何度と繰り返していると、


「何か、証拠は用意出来るかな?」


 とカヌスの方から話し掛けてきた。


「しょ、証拠ですか?」


 思わず声が上擦ってしまう。がカヌスはそんな事は気にならないとばかりに、俺の目を覗き込んでくる。他の皆に目を向けても、首を横に振るばかりで、どうやら対応は俺がしなければならないようだ。はあ。


「PTP程ではないですが、軽い携帯ゲームで良いのなら」


 と俺は『空間庫』からスマホを取り出し、スッスッと操作して、ゲームアプリを起動させる。


「ほう」


 スマホと言うガジェットに喜面を隠さず、カヌスは俺の手からスマホを取り上げると、


「ふむふむ。ほうほう」


 と一人で納得しながら、スマホを操作していく。


「ええっと、そのゲームに記載されている文字、日本語……、私の国の言語なんですけど、読めます?」


「大丈夫だよ。さっきスキャンした時に君たちの習得している言語は一通り脳にインプットしたからね」


 うん、分かっていた。だって部屋を光が通過した後から、古代語しか話していなかったカヌスが、オルドランド語を話していたからね。


「成程。これは面白いね」


 俺がカヌスに紹介したゲームは、ファンタジーRPGである。


「この、ログインボーナスと言うのは何だい?」


「ログボはその日にログイン、ゲームをするだけで貰える報酬の事です」


「ゲームをするだけで報酬を貰える?」


「異世界ではあなたのようなゲームクリエイター、ゲームメーカーが、それこそ星の数程存在しますから、自作をプレイして貰う為に、少しでも呼び水になるような事を、各メーカーがしているのです」


「成程。この、ガチャと言うのは?」


「それはお金を巻き上げる悪魔のシステムです」


「ほう? 悪魔のシステム。それは面白そうだね」


 目を輝かせた魔王は、俺に先を促す。


「ガチャと言うのは、アイテムで行うくじ引きのようなものです」


「ああ、成程ね。それは悪魔のシステムだ」


 にやりとカヌスが口角を上げる。それはそうだろう。くじ━━宝くじは古くはローマ時代から存在するが、日本だと江戸時代の富くじが有名だ。これは神社仏閣がその修繕を目的に行っていたのだが、人々がこれに熱中するあまり、生活や風起を乱すとして、幕府が禁止令を出した程である。神様仏様への寄進であるはずなのに、やり口が悪魔のそれってのが、人間を表していて度し難い。


「ええ。しかも見ての通り、そのゲームは本当に手元にアイテムが届く訳ではなく、あくまでもゲームの中での情報量が増えるだけです」


「メーカーとやらは絵に描いたアイテムを餌に、これを遊ぶ者たちから金を巻き上げられる訳か。不良在庫にも困らないし、それならログインボーナスで多少サービスしても、メーカーの懐は潤うねえ」


「実際には、それだけでゲームの良し悪しが決まる訳ではないので、潰えていくゲームもゲームメーカーも星の数程ありますけど」


「確かに。良作傑作駄作に迷作と色々あるだろうね。だが面白い取り組みだ」


「カヌス様の鍵付き宝箱も同様だと思いますけど?」


「ふふ、似ているか。でもあれ、段階があるからねえ。このガチャみたいに、一律って訳でもないよ」


 ああ、言われてみれば、鍵穴の数にそして階層にと段階があるもんな。ガチャならゲーム始めたてでもSSRでもURでも手に入れられるけど、このアルティニン廟では無理だ。スタートダッシュなんて完全に無理だな。そして逆にアルティニン廟では初手大ボスとか仕掛けてくるもんなあ、凶悪過ぎる。


「これ、しばらく借りて良いかな?」


「は?」


「面白いから」


「は?」


「その代わり……」


 パチン。


 カヌスが指を鳴らした次の瞬間、世界が変転した。


「エクストラフィールドを用意した。ここで存分に己を磨いてくれ給え」


「は?」

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