第407話 『窃盗』

「で、奪われた物って分かりますか?」


 ゼラン仙者に尋ねるも、首を傾げられてしまった。


「妖精たちに目録と照らし合わせているが、何せ兄者が嫌がらせのように、宝物庫を滅茶苦茶にして去っていったからな。全てとなると時間が掛かる」


 成程? ゼラン仙者が住むこの宮殿には、召使いのような小さな妖精たちが一緒に住んでいる。その妖精たちに宝物庫を調べて貰っているようだ。


「全てじゃなければ分かるんですね?」


 これには首肯で返してくれた。


「グッドマンなる男の目的は分かっていたからな。それは直ぐ様調べさせた」


 そう言えば、グッドマンも欲しい物があるとか何とか言っていた。


「何ですか、それ?」


「精王杖と言う杖だ。しっかり奪われていたよ」


「凄い杖なんですよね?」


「霊王剣の杖版だ。古代文明の遺産であり、十個の人工坩堝を搭載している」


 わーお。そんな物をみすみす奪われてしまうなんて、俺たちってばなんて間抜けなんでしょう。


「そもそも、なんでそんな貴重な物を、宮殿の宝物庫に仕舞っておいたんですか? 管財人に預けるとか、自身の『空間庫』の方が安全だったんじゃ?」


 ゼラン仙者に胡散臭いものを見る目を向けられた。解せぬ。


「ハルアキ、スキルの中には『空間庫』からでも物を盗み出せるものもあるんだよ」


 とシンヤが教えてくれた。


「…………マジか?」


「マジだよ。スキル名もそのまま『窃盗』って言うんだけどね」


 ええ? でもスキルって基本的に神からの授かりものだよねえ? そんなまんまのスキルってあり? いや、でも、魔族もスキルを使うのか。


「『窃盗』は使えるスキルだぞ。空間系の上位スキルでな。レベルの高い『窃盗』使いになると、『空間庫』や結界の中に人知れず入り込んで、盗みに殺しとやりたい放題だからな」


「詳しいですね、ゼラン仙者」


「兄者が持っている」


 成程。


「だったらもっと警戒していてくださいよ」


「ハルアキよ。私が宝物庫にどれだけの罠を仕込んでおいたと思っているんだ」


 警察と犯罪者のいたちごっこか。


「兄者対策に聖属性で固めていたんだがなあ。九割方魔導具らしきもので破壊されていた。恐らく魔導具が残っていれば、ハルアキの命も狙っていただろう」


 危ねえ。背筋を冷たいものが流れたぜ。きっとムーシェン的にも、想定以上の罠の数だったんだろうなあ。


「他に奪われているのが確定のものってありますか?」


「ある。万象図が奪われていた」


「万象図?」


 聞き馴染みのない言葉に俺が聞き返すと、ゼラン仙者が一つ頷き、説明を始めた。


「万象図と言うのは、簡単に説明すれば世界地図だな」


「世界地図、ですか?」


 まあ、確かに地図と言うのは戦略的に大事なものだけど、わざわざ盗む程のものか? 地図ならバヨネッタさんもオルさんも持っていた。オルさんの話では百年前には世界地図は完成していた。との事だ。ならばある程度の数の人間が、この世界の世界地図持っていると思って間違いないだろう。


「万象図の優秀なところは、使えばその時点での地形を正確に立体的に再現出来る上に、生命体の位置までも正確に把握出来る事にある」


 へえ、立体図なのか。それは普通の地図よりも価値が高いかも知れない。いくらこっちの世界が平面世界だと言っても、立体地図はあって困らないだろう。…………へ?


「今、生命体の位置まで把握出来る。って言いました?」


「そうだ。万象図を使うと、その瞬間にどんな生き物がどの場所にいるのかが丸わかりになる」


 リアルタイムで居場所が把握されるやつやん! それ絶対敵に渡しちゃ駄目なやつやん!


「何やっているんですか!? そんなの絶対死守。むしろ敵に渡るくらいなら破壊しておくべき代物でしょう!」


「宝物庫でもそのように罠を張り巡らせていた」


「それをムーシェンに突破された訳ですか」


 首肯するゼラン仙者。はあ。気が重い。これから逐一敵に居場所を把握される事になるなんて。


「って言うか、何でそんなものを死蔵させていたんですか? シンヤたちの役に立ちそうな気がしますけど?」


「勇者が使うには、欠陥品だったからだ」


「欠陥品、ですか?」


「まず魔力を膨大に使う上に、把握出来る生命体は地表の上のものに限る」


 何それ? それで本当に万象図って言えるの? と俺が首を傾げたところで、何かが俺の身体を通り過ぎた。


「何だ!?」


 驚いて通り過ぎていったものを振り返ると、天まで届く光の膜が、北に向かって移動している。え? え? 何あれ?


「恐らく兄者か誰かが万象図を使用したのだろう。ほれ、第二波が来るぞ」


 とゼラン仙者が南の方を指差すと、確かに先程と同様の光の膜が、しかし先程よりもゆっくりとこちらへ迫ってきて、そして俺の身体を通り過ぎていく。


「万象図は、起動させると同時に二つの波動を生み出す。第一波で地形を読み取り、第二波で生命を読み取る」


 へえ、そうなんだ。


「そしてそれがまた、決定的に勇者が使うには欠陥品と言わざるを得ない部分なのだ」


「そうなんですか?」


 俺の疑問符にゼラン仙者は首肯した。


「あれは今、南から北に向かって光の波がやってきていたであろう?」


 俺は肯定の意味で頷く。


「それはここより南で、万象図を使用した者がいる事を意味している」


 そうですね。


「そして、波が二つやって来ただろう?」


 確かに。


「第一波と第二波は万象図から同時に放たれるはずなのに、波の速度が違う為に、時間差が生まれるのだ」


 へえ、成程ねえ。…………ん? それって、


「つまり、起動すると、居場所がバレるのだ」


 それは確かに問題だな。万象図を起動させると、光の波が発生し、その方角と二つの波の時差から、居場所が特定されてしまうのか。勇者パーティなんてのは、少数精鋭であり、奇襲部隊のようなものだ。魔王側からしたらどこにいるのか分からないくらいでないと、魔王の居城に攻め込む事なんて出来やしない。いくら敵の居場所情報が丸わかりになるとは言え、自身の居場所を晒すのは避けたいところだ。


「確かに勇者パーティでは使えないですね」


 しかしここでも疑問が生じる。


「でもなんで魔王軍は、今になって万象図を手に入れる為に動いたんでしょうか?」


「どう言う意味?」


 とシンヤたちが首を傾げた。


「いやさ、魔王との戦いは今に始まった事じゃないだろう? ムーシェンだってゼラン仙者の兄弟子って事は、今世の魔王にだけ仕えている訳じゃない。なのに、なんで今回、万象図を手に入れようとしたんだろう?」


「それは案外向こうが持っていた万象図を、壊してしまったとかだろうよ」


 とゼラン仙者が答えてくれた。まあ、それはそう……か?


「魔王軍も元々万象図を持っていたのだ。とは言っても『複製』による模造品だったがな。確か地形は解らず、生命体の位置だけが把握出来る代物だったはずだ。それが壊れたと考えれば、このような動きに出たのも納得出来る」


 ああ。『複製』って使用者のレベルやプレイヤースキルで、複製の精度が変化するからなあ。


「シンヤたちも、万象図が使われるのは初めて見るんだよな?」


 首肯するシンヤたち。リットーさんも頷いている。と言う事は相当前に魔王軍の万象図は失われていた事になる。


「そう言えば、もう五十年くらい万象図の光の波を見ていなかった気がする」


 ゼラン仙者も長命ゆえか変に気が長いな。て言うかそれって、武田さんたちが壊したんじゃね?

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