第524話 推察
「いやあ、凄い威力ですねえ」
消えゆくシンヒラーの下半身を見ながら、バヨネッタさんが撃った熱光線の威力に寒気を覚える。威力的にはカッテナさんが撃った坩堝弾の方が凄かったが、あっちはな、もうカッテナさんが手に持っている単発銃は使い物にならなくなっているし。対してバヨネッタさんの方はスキルだからなあ。
バヨネッタさんが上限解放で獲得したスキルの名は『加減乗除』。その名が示す通り、魔法、スキル、ギフトの使用において、MPまたは効果、またはその両方に対して加算、減算、乗算、除算のいずれかを加える事が出来るレアスキルだ。つまり『二倍化』のスキルに対して、MPが半減すると言う代償を、二で割って四分の一にしたうえで、威力二倍の効果に二を掛けて威力四倍に出来る訳だ。
それなら乗算と除算だけで良いのだが、このスキルがピーキーなところは、同じ計算を連続して行えないところにある。つまり、MPで除算をしたなら、その後、加算、減算、乗算をしてからでなければ、除算を使えないのだ。乗算も同じく、加算、減算、除算をした後でなければ乗算を使う事が出来ない。しかもこれは『加減乗除』の半分しか表していない。
現在の『加減乗除』はレベル一。レベル一で使える数字は一と二だけ。『加減乗除』の行使では、加算、減算、乗算、除算の縛りだけでなく、この一と二も使い切らなければいけない。つまり一周して最大効果を引き出すのに、八回の魔法行使が要求されるのだ。そしてこれはレベル一だからこの程度で済んでいるが、恐らく、いや、確実に『加減乗除』のレベルは上がっていく訳で、となると数字の数も増えていく訳で、何と言うか、自分では管理し切れないスキルだなあ。と言うのが俺の感想だ。
なんであれ、ここに来るまでにきっちりキーライフルの弾数管理をしていたバヨネッタさんは、シンヒラーに対して『二倍化』にプラスして『限界突破』を加え、そこに『加減乗除』で乗算した、最大効果の熱光線をぶっ放した訳で、これには流石にシンヒラーもひとたまりもなかったようだ。
「全員掛かりで何とかでしたね」
くたくたのダイザーロくんの言葉に、『不老』のミカリー卿以外が首肯で返す。怨霊王とスケルトンドラゴンがこれ以上だとなると、これは本気で全員のレベルを五十オーバーにしないといけないかも知れない。そして俺は『逆転(呪)』をどうにかしないといけない。レベル管理が本当に面倒臭い。シンヒラー戦ではそれなりに役に立ったかも知れないが、ここに来るまでにお荷物だったからなあ。悲しい現実。でも呪われたスキルを外すには、『奪取』じゃなくて、それに対応したスキルの持ち主じゃなきゃ出来ないっぽいんだよなあ。
「とにかく帰りましょう。もう今日は戦いたくない」
とのバヨネッタさんの言葉には同意だ。帰って温泉に浸かろう。このバヨネッタさんの意見に反対する人間などここにいる訳もなく、くたびれた身体で無駄に広い地下六十階のフロアをのろのろと台座まで歩いて行くと、台座の前のコンソールが光っていた。三ヶ所。
「何ですかこれ?」
俺は武田さんに胡乱な目を向けるが、武田さんは首を横に振るう。
「知らねえよ。俺が前に来た時は二つだったはずだ」
ええ? ここに来てまだ変な要素追加してくるとか、このダンジョン、マジで精神にくるな。
「どうします?」
「今は放っておきましょう」
バヨネッタさんの意見に賛成だ。幸い地下二十階、四十階とコンソールを見てきたので、どの光がワープゲートの光かは分かっている。なので俺たちはワープゲートだけ開放して、今日のところはアルティニン廟から引き上げたのだった。
「シンヒラーの口振りからして、裏で何かしら、いや、誰かしらが暗躍していると考えるのが妥当だと思うんですよ」
温泉旅館、もう皆の集会所となっている俺とミカリー卿、ダイザーロくんの部屋のこたつで、俺は女将さんが差し入れてくれたイチゴを、そう口にしてから、その口に放り込んだ。
「そうだねえ。それが怨霊王ジオなのか、スケルトンドラゴンのガローインなのか、それとも別の第三者なのか。どう思う? セクシーマン」
と武田さんに話を振りながら、ミカリー卿は行儀良くフォークでイチゴを刺して、それを口に入れた。
「分からんすね。俺たちがやっていた時とは攻略法も攻略速度も攻略難易度も違うから。ほとんど別のダンジョンと考えた方が良いかも知れないくらいだし」
武田さんが溜息を吐きながら、その吐いた分を埋めるように、口にイチゴを次々と放り込んでいく。
「ジオとかガローインって、どれくらい頭を使ってくるボスなんですか?」
俺の質問に腕組みしながら武田さんが答える。
「ガローインはそれこそスケルトンだからな、脳みそなんて使ってこねえよ。巨体でしかも速い。基本は牙の噛み付き、爪の引っ掻き、尻尾の薙ぎ払い、体当たりだけど、それにどう言う理屈か、黒いブレスを吐いてくる」
「黒いブレス?」
「ああ。ガローインには心臓に黒い靄に守られた核である魔石があるんだが、そこを燃焼させて、黒いブレスを吐いてくるんだ。これを受けると目が見えなくなるうえに、魔法、スキル、ギフトが使えなくなる」
「凶悪ねえ」
とどこか呑気にイチゴを食べながら紅茶をすするバヨネッタさん。まだ出現するのが先だから、気にし過ぎてもいけないってところだろうか。しかしスキルとかが使えなくなるのは辛いな。
「ジオの方はどうなんですか?」
イチゴを嚥下したダイザーロくんの質問に、一つ頷き武田さんが口を開く。
「ジオは戦う度に戦闘方法を変えてくるタイプだ」
? 言っている意味が理解出来ずに首を傾げる。
「ジオは魔法使い系なのだが、最初に会敵した時は、そのフロア全体を火炎地獄に変えて襲ってきた」
フィールドを変化させてくるのか。
「これはまずいと一時撤退し、炎対策をしてから挑んだら、次はフロアを極寒地獄に変えてきた。その次は万雷降り注ぐフロアに、その次は大量の岩が落ちてくるフロアに、まあ、そんな感じの攻撃を仕掛けてくるのが怨霊王ジオなんだよ」
「それを攻撃と呼んで良いのか? 何かもう自然そのものが相手じゃないか」
デムレイさんが愚痴りながら、イチゴがなくなり空になった皿を見詰めている。いや、俺のは上げませんけどね。
「怨霊王って言うくらいですし、火の玉とか霊体を操って攻撃してくるのかと思っていました」
とカッテナさんがイチゴに手を伸ばすデムレイさんから、皿を守りながら尋ねる。
「それは第二段階だ。追い込むと大量の怨霊を放って、こちらがその相手に手一杯の間に逃げるんだあいつ」
ジオは普通に第二段階があるのか。そして逃げるのか。
「もしかしてガローインにも第二段階が?」
「ガローインは戦いが長引くと、スケルトンからゾンビに変化する」
「うげえ。それもしかしたら第三段階もあるパターンなんじゃ?」
「どうかな。俺たちはゾンビに成り立てで何とか倒したからな。その後があるのかは知らん」
はあ、どっちも面倒臭そうだ。
「でも何か仕掛けてくるって言うなら、ジオですかね?」
俺の意見に皆が曖昧に頷く。やはり皆も第三者の可能性は捨て切れないか。
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