第525話 意外な……

「さて、どうしたものですかね?」


 地下六十階まで戻ってきた俺たちは、デムレイさんが隕石で破壊した床や、カッテナさんが単発銃でやらかした壁が、既に修復されている事に少し驚きながら、コンソールに二つ残っている光を前に腕組みしていた。


「こっちは階下への階段を出現させるボタンですよね」


 ダイザーロくんが指差す光に俺は首肯する。


「問題はもう一つの方ですね」


 武田さん曰く「知らない」と言うこのボタン。はてさて押して良いものなのか。


「可能性として、最下層へのファストパスって事はないですかね?」


「ないわね」


 バヨネッタさんに全否定されてしまった。


「こんなひねくれたダンジョンを造っているのよ? どちらかと言えば遅延させる方に労力を割かせようと言う魂胆が見え隠れするわ」


 まあ、確かにそれはそうか。


「新たにボス級の敵が出てきたりするかもねえ」


 とはミカリー卿の言。その可能性もあるか。


「だが、ダンジョンの隠し要素となると、まだ誰も発見していないお宝がある可能性が拭えないのが憎いな」


 デムレイさんが目を細めて光のボタンを眺めている。確かに、隠し要素として、その可能性もあるよなあ。そしてそれはバヨネッタさんの琴線に触れる言葉だ。


「眺めていても何も始まらないわ。押しましょう」


 そうなるか。


「とりあえず、ボス級が出てきても対処出来るように、臨戦態勢はとっておいて」


 とのバヨネッタさんの言葉に、俺たちは各々武器を構える。デムレイさんは岩の鎧で己を包み、ミカリー卿は翠玉板を手に、ダイザーロくんは二振りのブリッツクリークを構え、カッテナさんは黄金の短機関銃を、武田さんはシンヒラーから強奪したのも加えて光の剣を両手に、俺はアニンを曲剣にして構える。そしてバヨネッタさんはキーライフルを自身の上に浮遊させた状態で、二つの光を押したのだった。


 ゴゴゴゴゴゴ……。


 と広いフロアのその向こう、入り口付近で何かが可動する音が聞こえた。まあ、こっちは十中八九階下への階段が開いた音だろう。だが俺たちの関心はそちらを無視していた。地下六十階フロア、その中心に、虚空に渦巻くワープゲートが出現したからだ。


「滅茶苦茶罠臭いですけど、どうします?」


「飛び込むわよ」


「即断即決ですか? 俺たち地下界に行くのに結構急いでいるんですけど?」


 それに対してバヨネッタさんはこちらを振り返り、満面の笑みでこう口にした。


「ハルアキ、人と言う生き物は、時にそこに危険があると分かっていても、飛び込まなければならない時があるのよ」


「つまりあの中にお宝があるかどうか気になると?」


 力強く頷くバヨネッタさんだった。


 それに対して俺は、ミカリー卿と武田さんを呼んで話し合いを開始する。デムレイさんはバヨネッタ同様に目を輝かせているし、カッテナさんとダイザーロくんはバヨネッタさんの命令に背けないだろう。なので話し合いは三人でだ。


「どうします?」


「気にならないと言えば嘘になるねえ。でも先を急いでいるのも事実だから、私の気持ちとして半々かなあ」


「もう俺が攻略していたアルティニン廟とは訳が違うからな。この地下六十階フロアでシンヒラーが待ち受けていたせいで、地下四十階まで戻されたみたいに、地下八十階を攻略するのに、このワープゲートの先にあるものが必要になってくる。なんて事態も起きかねない」


「となると、ここは足を踏み入れておくべきですか?」


 と尋ねるも返答は無言。二人とも決めかねているな。


「何をこそこそ話し合っているのよ? 行くわよ」


 はあ、時間切れか。


「行く前に確かめさせてください」


「何を?」


 と首を傾げるバヨネッタを横目に、俺は『空間庫』からシンヒラー戦で出てきたリビングウェポンの一つである剣を取り出し、それに紐を括り付けて、現れたワープゲートに投げ込んだ。


「…………」


 何も起きないか。と括り付けた紐を引き寄せ、剣も健在である事を確認する。更に念を入れて、未来視の片眼鏡で様子を窺うも、何ら変化は視られない。


「分かりました。行きましょう」


「怖がり過ぎよ」


 バヨネッタさんが呆れたように嘆息するが、このダンジョンで、しかも不確定要素が現れたんだ。これくらいはやっておきたい。


 何であれ、速度には自信のある俺とダイザーロくんを先頭に、いざワープゲートの中に入れば、そこは真っ暗な空間だった。


「何も見えない!?」


 いきなりの事態にダイザーロくんが慌てるが、『全合一』が使える俺からしたら、ここは一本道の通路の端にあたる。


 そこにパチンと指を鳴らす音が響き、通路を照らす明かりが灯った。見ればバヨネッタさんが光を出してくれたようだ。


「ただの通路?」


「一本道ですね。奥に扉がありますけど、その先には何もありませんね」


「何も?」


 とバヨネッタさんが後からワープゲートを潜ってきた武田さんを見遣る。


「確かに扉の先には何もないな。転移扉なんじゃないのか」


「それならあの場にワープゲートじゃなくて転移扉を出現させませんか?」


「その質問を俺に投げ掛けられてもな」


 確かに、武田さんが答えを知っている訳ないか。


「何であれ、行けば分かるわ」


 とバヨネッタさんが目をすがめ、通路の奥を見据える。それは獲物を見つけた獣のようにも思える目だ。


「行きましょう。その扉が封じる宝の部屋へ」


 はあ。お宝があるって決まった訳じゃないんだけどなあ。などと心の中でぼやきながら、俺とダイザーロくんを先頭に、一丸となって一本道を進んで行く。


 そして何か仕掛けや罠がある訳でもない通路の先で、俺たちを待ち受けていた扉は、過去の遺物と言うには新し過ぎる。と言うよりも未来的、SF的なのっぺりとした金属扉であった。


 プシューと俺たちが前に立っただけで、開く扉。差し込む眩しい光。せめて心の準備くらいはさせて欲しかったが、ここまで来て引き返す選択は出来ないだろう。扉が開いた事でその向こうに部屋と人物の気配を感じながら、俺は身構える。


 光の眩しさに目が慣れた頃合いで、扉の向こうを見遣れば、そこはSFに出てくる宇宙船内を思わせる部屋であった。そして部屋の最奥、モニターとコンソールが並ぶ場所の前で、浮遊する椅子に腰掛けていた人物が、椅子ごとこちらへ振り返った。


「??????」


 何だ? 聞いた事がない言語。オルさん謹製の翻訳機でも翻訳出来ないどこの言葉でもない言語を、椅子に腰掛けた紺青の髪をオールバックにして銀色の服を着た青年が発した。


『ようこそ。だそうだ』


(アニン、分かるのか?)


『古代語だ』


(古代語?)


 そうか、大昔から存在しているアニンなら、古代語も理解しているか。


『会話が分かる程度だがな』


 それでもこの場では助かる。


「????、?、???」


『ほう。これは面白い人物が出てきたな』


(いや、何言ったのか説明して欲しいんですけど)


『自己紹介をしたんだよ。あやつの名前はカヌスと言うそうだ』


「カヌス!?」


 俺の一言に、皆が目を見開いて眼前の青年を二度見する。それはそうだろう。カヌスと言えば古代のダンジョンメーカーであり、このアルティニン廟を造ったその人なのだから。

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