第70話 チンピラの安請け合い

「全く、偵察に行かせただけなのに、どうしてこんな事になっているのかしら?」


 俺の横には、バヨネッタさんに降伏し、俺によって縄でぐるぐる巻きにされた野盗たちがいる。


「しかもそんな格好までして」


 うっ。俺は直ぐ様アニンの黒いローブを解除した。


「あはは、いやあ、先を行く馬車の護衛とこいつらで戦闘があったんですけど、後で死体脇を横切るのも嫌だなあ。と思いまして」


「はあ。偽善ですらないのね」


 バヨネットに乗って宙に浮かぶバヨネッタさんに、嘆息されてしまった。まあ、確かに偽善ですらない、俺のわがままだ。



 とりあえずオルさんたちの馬車を待つ。こいつらを連れて麓にある次の街まで下るのはそれからだ。その間に野盗たちに話を聞いてみた。理由? 暇だったから。


「何でこんな事したの?」


 プイッと首を横に向けられてしまった。


「何でこんな事したのか聞いているのよ」


 今度はバヨネッタさんが尋ねる。すると、


「はい! それは俺たちに依頼があったからです!」


 と素直に返答してくれた。いや、俺との態度違い過ぎない? バヨネッタさんが恐いのは分かるけどね。


「依頼?」


「俺ら普段は麓のブークサレの街でチンピラやってるんスけど」


 自分でチンピラって言っちゃうんだ。


「酒場で飲んでいたらオレンジ髪の気取った服着た男がやって来て、この金である貴族を襲って欲しいって」


 なんじゃそりゃ? 俺だったら絶対手を出さない案件だぞ?


「それでその貴族を襲ったのね」


「はい。この時間にここを通るからって」


 ベフメ伯爵、恨み買ってるなあ。しかし場所と時間まで指定してきたのか。計画的だな。


「あの?」


 と大人しくしていた野盗の、俺と同年代くらいの女の子が尋ねてきた。


「私たちどうなるんですか?」


「死罪でしょうね」


 当然のように答えるバヨネッタさんに、野盗たちだけでなく、俺まで顔面蒼白になる。


「マジッスか? 俺が人死に出さなかった意味ないじゃないですか」


 そう言うと、バヨネッタさんにまた呆れたように嘆息された。


「はあ。ハルアキは自分の目の前で人が死ぬのが嫌なだけでしょう? どうせこいつらの死刑の瞬間なんて見る事ないんだから、気にしなくて良いわよ」


 気にするなと言われても、関わってしまったのだから気になってしまう。俺が今まで捕まえてきた盗賊たちも、俺の知らないところで死刑に処されてきたのだろうか?


「ど、どうにか減刑されないですかね?」


 と野盗たちがすがるようにバヨネッタさんを見詰める。


「減刑? されないわよ。あなたたち、貴族を襲ったのでしょう? オルドランドはそこら辺シビアだって聞くし」


 身分制度、恐い。


 バヨネッタさんの話が余程ショックだったのか、その後野盗たちは地面のアリを数えていたり、空の雲を眺めていたり、とりあえず現実逃避に没頭していた。


「そう言えばさあ」


 俺はもう一つ気になっていた事を野盗たちに尋ねる。


「なんか馬車の護衛をしていた騎士たちと、ギクシャクしてなかったか?」


「ああ、それな。知り合いだったからだよ。あの騎士たちとは」


 と素直に答えてくれたが、


「知り合い?」


 どう言う事だ?


「ベフメ伯爵の護衛をしていたのは、ブークサレに常駐している、このカージッド子爵領の騎士たちだったんだ」


「え? ベフメ伯爵の騎士じゃなかったのか?」


「ああ。いつも街で悪さしてる俺たちを叱ってくれてた人たちでさあ。顔見知りだったから、向こうもやり難かったみたいだな」


 それでギクシャクした戦闘だったのか。それにしてもベフメ伯爵は何で自分の領の騎士を護衛に付けず、このカージッド領の騎士を護衛にしていたんだ?



 そうして野盗たちと話をしていると、オルさんとアンリさん、そしてミデンが、テヤンとジールが牽く馬車でやって来た。


 時を同じくして、ブークサレの街からも騎士たちが派遣され、この場に到着したのだった。


「お前たち、馬鹿な事をしてくれたな……!」


 野盗たちにそう声を掛けた騎士は、辛そうな顔をしていた。きっとこの騎士も野盗たちと知り合いなのだろう。


 するとやって来た騎士たちは、うろうろと何かを探しているように辺りを見回している。


「どうかしたんですか?」


 たまらず俺は尋ねていた。


「いや、馬車を助けてくれたと言う黒いローブの男の姿が見受けられないのでね」


 ああ、そう言えば俺、面倒臭い事になるかと思って、正体隠して黒いローブで戦ってたんだっけ。どうしよう、ここで正体バラしたら、更に厄介事に巻き込まれる気しかしない。


「そいつなら、私が来るのと行き違いでブークサレに向かって去っていったわよ」


 とバヨネッタさんが助け舟を出してくれた。


「そうなのですか?」


 と騎士がバヨネッタさんに尋ねる。


「そうよね? あなたたち?」


「はい! その通りです!」


 バヨネッタさんに意見を求められた野盗たちは、声を揃えて返事をしていた。何故か俺までも。


「な、成程。分かりました」


 一応納得はしたが、困ったように騎士たちは話し合いを始めた。う〜ん、また面倒な事になりそうな予感。


「とりあえず、今日はもう日も暮れる。こいつらはこちらで預かるので、明日、騎士団の詰め所に来て貰って良いでしょうか?」


 騎士は丁寧な口調だが、拒否はさせない。と言った感じだ。はあ。やっぱり厄介事からは逃れなさそうだ。



 ブークサレの街に着いたのは、とっぷり日が暮れてからの事だった。


 アルーヴたちが予約してくれた宿に到着すると、旅疲れが出たのだろうか、俺は夕食を軽めに済ませ、先に休ませて貰った。



「どうなっているんだ! ここの騎士団は!」


 翌日、騎士団の詰め所に俺一人でやって来ると、山高帽にかっちりした服装、貴族と言うよりその脇に控える執事と言った格好の男が、ヒステリックに騎士たちに詰め寄っていた。


「たまたま助けが入ったから良かったものの、もう少しで我らがお嬢様が暗殺されるところだったのですよ! カージッド子爵はこの問題をどうお考えか!」


 キャンキャン吠える人だが、剣呑な話題だ。他にも詰め所には人がいるのに、暗殺されそうだったなんて、人前でバラして良かったのだろうか?


 あまりに騒ぎ過ぎたからだろうか、男は別室に連れられて行く。その時帽子が落ちて髪が露わになった。オレンジ髪だった。


「ああ昨日の! 来てくれたんだね?」


 とそこで爽やか好青年に話しかけられた。恐らく昨日の騎士の一人だろう。


「あの、今の人、何だったんですか?」


「ああ……」


 青年騎士はバツが悪そうな顔をしてから耳打ちしてくれた。


「ベフメ伯爵の家令だよ。昨日野盗に襲われたのは、伯爵ではなく、そのご令嬢であるサーミア嬢でね、その事に文句を言いにきたんだ」


 成程ね。ベフメ伯爵の側近の人か。


「死刑だ! 即刻死刑にするべきだ!」


 別室に行ったと言うのに、家令の声は良く響いた。

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