第69話 砦を越えて

 土曜早朝。まだ日も昇らぬうちに異世界へとやって来た俺は、バヨネッタさんたちと合流。チェックアウトを済ませて、外の馬車に乗り込む。


 初めミデンは俺やアンリさんのいる御者台によじ登り、俺の横で馬車に揺られて旅をするつもりだったようだけど、バヨネッタさんがひょいと御者台からミデンを持ち上げ、馬車の中へ連れて行ってしまった。


 黒犬の寝床亭では、宿の主人を始め、使用人や食堂の料理人など、宿勤めの人間総出でのお見送りであった。これは俺たちがポンコ砦の番犬を退治(解決)した事で、この黒犬の寝床亭の名誉も回復されたからだろう。俺たちが泊まり始めた頃と比べて、宿泊客も増えてきていたしね。



 馬車はロッコ市の北門を抜けて左の街道に入る。ここからは西の山岳ルートだ。さほど大きくない道が、山肌に沿ってジグザグに作られている。


 これでは馬車がすれ違う時にとても大変なのでは? と思われるかも知れないが、実はこの山岳ルート、二本ある。


 北と南のルートがあり、北はオルドランドからこちらへ来る一方通行の道で、南がロッコ市からオルドランドへ入る道だ。なので俺たちはパカパカと南の道を通ってポンコ砦を目指していた。



 俺たちと同じように西に向かう、徒歩の旅人なんかと話しながら進んでいると、バカラッバカラッバカラッと後方から馬の駆けてくる音がする。しかも数が多い。大型の馬車だろう。何事か知らないが、ゆっくり並足なみあしで移動している俺たちとでは、速度が違い過ぎる。いずれ衝突する前に、俺たちは山側に車体をずらし、この迫ってくる蹄の持ち主たちが過ぎ去るのを待つ。


 すると少しして、前後に護衛の騎士たちを配した四頭立ての馬車が、俺たちの馬車ギリギリのところを駆け抜けて行った。馬車の側面に紋章が描かれていたので、どこぞの貴族が乗っているのだろうが、馬車に対して無茶な走り方をさせる。


「ベフメ伯爵だな」


 俺たちとともに端に避難していた旅人の一人が、そう口にした。


「ベフメ伯爵、ですか?」


「ああ。オルドランドの嫌な貴族様さ。砂糖で莫大な資産を築いてね。その金で放蕩三昧。栄誉ある評議員の地位も金で買ったともっぱらの噂さ」


 嫌な貴族って本当にいるんだなあ。関わらないようにしよう。



 昼少し前にはポンコ砦に到着。ここで休憩を入れて昼食を摂る事にした。


 昼食は硬い黒パンを皿代わりに、燻製肉と野菜の酢漬けを載せたものだ。俺たちは道中、魔物や野生動物を倒しながらやって来ているので、硬いだの不味いだの臭いだの、わがままを言わなければ肉に困る事はない。


 とは言え人間向けの濃い味の食事は、犬の健康を考えると良くないらしい。まあ、ミデンは魔犬だから関係ないだろうけど。


 ガサガサガサッと俺が『空間庫』からドライのドッグフード取り出し、受け皿に出していると、バヨネッタさんの横に座って控えていたミデンが、嬉しそうに尻尾を振ってこっちにやって来た。


「はいはい。おすわり」


 急いでやって来たミデンは、俺の命令に従ってドッグフードの前で急停止しておすわりする。


「まだだぞ。まだ『待て』だからな」


 俺はミデンにそう言い聞かせながら、残ったドッグフードを『空間庫』に仕舞う。その後振り返るとミデンは、よだれを垂らしながら俺の次の指示をまだかまだかと待っていた。


「良し。食べて良いぞ」


 俺からのお許しを得たミデンは急いでドッグフードを食べ始める。ドッグフードなんて、ミデン以外食べないと言うのに必死だ。まあ、そんなミデンもかわいらしいが。



 食事も終わりひと休み。食器類を浄化水魔法で洗いながら、気になった事を口にする。


「そう言えば、やっぱりポンコ砦への道中、魔物に遭いませんでしたね」


 いつもなら魔物や野生動物と何度か会敵するのに、俺はポンコ砦ではミデン以外とは戦った事がない。と言うかミデン以外の生き物と遭遇していない。


「ここら辺一帯がミデンの縄張りだからでしょうね」


 とバヨネッタさんが横に座るミデンを撫でながら、そう話してくれた。


「縄張りですか?」


「ミデンは強い上に分身を何体も作れるから、それらをここら一帯に放って、縄張りを拡大させたり、狩りなんかをしていたんでしょうね。ここにミデンがいるから、ポンコ砦周りの魔物や野生動物は近寄ってこないんでしょう」


 成程。俺の外敵を引き寄せるギフトよりも、ミデンの縄張りの力の方が強いようだ。でもミデンがポンコ砦を離れたら、また魔物や野生動物が蔓延はびこる事になるのだろうか?



 昼食も終わりポンコ砦を越えて山を下っていくと、何やら先が騒がしい。


「何かあったの?」


 バヨネッタさんが馬車の小窓を開いて俺に聞いてくる。そう言われても俺に分かる訳がない。


「ハルアキくん。バヨネッタ様は様子を見てきて、とおっしゃっているのよ」


 とアンリさんがバヨネッタさんの言葉を意訳してくれた。成程、そう言う事か。


「見に行ってきます」


 俺はアニンを翼に変化させて空から偵察に向かった。



 空から見てすぐに理解出来た。どうやら俺たちが向かう先で馬車が襲われているらしい。あの馬車はベフメ伯爵の馬車だ。襲っているのは魔物や野生動物ではない。あれは金目当ての野盗だろうか? それともベフメ伯爵に恨みを持った反乱分子か。何にせよ助けに行った方が良いのかな?


 ここで戻ってバヨネッタさんに報告すれば、「やめときなさい」と止められるだろう。しかしここで手助けに入らず、向かった先で死体がゴロゴロしていては、何とも嫌な気分になるのも確かだ。俺はベフメ伯爵配下の騎士たちが戦っている場所へ急行した。



「オラァ!!」


「くっ、ゼアッ!!」


 騎士たちが馬車を守るようにして、賊と交戦している。剣を打ち合い、矢を射掛けられ、魔法を撃ち合い。数の上では賊が勝っているが、騎士たちは歴戦の戦士なのだろう。防戦でありながらも賊を寄せ付けていない。と言うかどちらもどこか遠慮がある気がする。


 何であれ、これ以上の援軍を期待出来ずに賊と戦い続けるのは限界があるだろう。


 ドンッ


「誰だ貴様は!?」


 馬車の上に降り立った俺に、騎士も賊も注目する。それはそうだろう、いきなり黒いローブで頭から足先まで全身を覆った怪しいやつが現れたのだから。ちなみにこの黒いローブはアニンが変化したものである。


「答えろ! 貴様は何者だ!」


 騎士の質問には答えず、俺は馬車から地上に飛び降りると、直ぐ様アニンを棒に変化させて、賊の一人を突きで倒す。もちろん黒いローブを着たままだ。


「てめえ!!」


 それに怒る賊たちが、俺に向かって続々と攻撃を仕掛けてくる。それを躱し、いなし、避け、隙を突いて棒で攻撃していく。


「何を呆けている。さっさと行け」


 俺の言葉にハッとした騎士が馬車に指示を出し、ベフメ伯爵一行は直ぐ様この場を離れて行ったのだった。


「てめえ!! 絶好の機会だったってのに、台無しにしてくれやがって!」


 近くで見れば野盗然とした男女が二十人以上。俺を囲っている。それにしても、絶好の機会を台無しか。どうやら獲物は誰でも良かった訳じゃなく、ベフメ伯爵が最初から狙いだったようだ。


「ブッ殺す!!」


 野盗たちが一斉に俺に襲い掛かってくる。構える俺。


 ダァンッ!


 とそこに、上空から銃弾が撃ち込まれて、その場の全員の動きが止まった。見上げればバヨネッタさんがバヨネットに乗っていた。

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