第183話 進退

 十二月になった。俺は日本と宿場町を往復するだけの日々で、先に進めていない。日本の土木力と言うか、自衛隊の力と言うものは凄いもので、宿場町は既に以前かそれ以上の復興を遂げ、この町はいつの間にやら日本にとって重要な駐屯地となっていた。


 町を歩けば自衛隊員と普通にすれ違い、また、店先で現地人たちとつたないオルドランド語で会話をしている自衛隊員などを良く見かける。


 気付けば吐く息は白く変わっていた。ここら辺は雪は降っても然程積もらないそうだが、道は悪路へ変わり、モーハルドへの進行は遅くなるだろう。出来るなら年内にエルルランドには入国しておきたい。と言うか、そもそも俺はなんでモーハルドへ行こうとしていたのだっけ?


 モーハルドに行けば桂木翔真がいる。だがそれだけだ。異世界と言ういわば外国で、同じ日本人に逢えると言うのは、確かにドラマチックだが、周りを見渡せば既に日本人がかなりいる状況だ。こんな状況で桂木にモーハルドで逢ったところで、感動なんて然程沸かないだろう。そう考えると、更に足が重く感じてモーハルド行きのモチベーションが保てない。


 最悪、モーハルド前の小国家群ビチューレまで行ったら、別の目的地を探そうかと思ってしまう。バヨネッタさんの目的地がビチューレのダンジョンだし。でもそれだと祖父江兄が怒るかも知れない。いや、間違いなく怒るだろう。はあ、何もかもが面倒臭い。



「それで、ハルアキは今後どうするつもりなの? この町に居着くの? それとも先に進むの?」


 バヨネッタさんたちはゲル生活から、既に町一番の宿へと居を移していた。その一室、バヨネッタさんの部屋。オルさん、オラコラさん、アンリさんが見守る中で、バヨネッタさんに進退の決断を求められた。バヨネッタさんもこれ以上はこの町で長居は出来ないとの判断だろう。雪が降り始めれば、空を飛べるバヨネッタさんやオラコラさんはともかく、オルさんとアンリさんはこの町で冬越しをしなければならなくなる。それは出来ないだろう。


「行きます」


「そう」


 即答した俺への反応は、素っ気ないものだった。もう既に、バヨネッタさんは俺に見切りを付けているのかも知れない。俺が凡人で、これ以上先の段階へ進めないと思われてるのかも知れない。自分でもそう思う。今俺は、戦う事を恐れていた。



 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ…………!!!!


 銃声が林の中で鳴り響く。オルドランドからエルルランドへの道は、西へ行く程木が増えていき、日に日に景色が林へと変わっていった。


 そんな林で遭遇するのは虎だ。虎の狩りは待ち伏せであり、俺たちの馬車が虎の縄張りに入ると、虎は臨戦態勢を取り始め、目の前を横切る瞬間に、最大瞬発力で襲い掛かってくるのだ。


 しかしそれは、共感覚を獲得している俺からしたら、一から十まで丸見えで、俺は虎が襲い掛かってくる瞬間に合わせて、銃の引き金を引くだけで良かった。それだけだ。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ…………!!!!


 何故俺は、無駄にフルオートで改造ガバメントを撃ちまくっているのだろう? 何故俺は、虎が蜂の巣になる様に興奮しているのだろう? 何故俺は、むごたらしく命を絶たれた虎に、まるで動揺していないのだろう? 何故俺は、もっと虎よ出てこいと願っているのだろう? 何故俺は……、何故俺は……、何故……、ナゼ……?


 暗い感情が心を支配していくのが分かる。そしてそれに逆らえないのではなく、逆らわない自分がいるのが分かる。この暗い感情の沼に沈み、飲み込まれてしまえば、俺は人さえ殺せる気がする。そう、俺は眼前の敵を殺す機械なのだ。


 そう思って感覚を研ぎ澄ませると、今まで以上に色々なものが見えてくる。共感覚の範囲が広がる。俺はいつの間にか『闇命の鎧』を身にまとい、襲い来る虎も、逃げ惑う鹿や馬も、空を飛ぶ鳥も、俺の共感覚の領域に入ってくる全ての生命体を撃ち殺していた。


 何かが北から飛んでくるのを感じた。鳥よりももっと大きな生き物だ。翼を広げ、足の火袋から炎を出して飛んでいる。飛竜だ。そう感覚が捉えた瞬間、俺はアニンの翼を広げ、空へと翔けだしていた。



 暗緑色の飛竜には、銀の鎧を身にまとった騎士が乗っていた。そいつが誰かなんて関係ない。俺の領域に入った事を死んで後悔して貰おう。お前が、俺が最初に殺す人間だ。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ…………!!!!


 銀騎士目掛け、俺は何の躊躇いもなく引き金を引いていた。しかしこの相手は中々の手練れであった。俺が引き金を引いた瞬間、飛竜は火袋の炎を更に熱くし、瞬間的に加速すると、俺の銃撃を華麗に避けたのだ。


 成程面白い。狩りはこうでなくては。先程まで冷えていた、俺の中の暗い炎が揺らいで燃え上がるのを感じた。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ…………!!!!


 俺は『時間操作』タイプBで加速しながら飛竜の後を付け狙い、銃弾を撃ちまくる。


 しかし当たらない。銀騎士は巧みに飛竜を操縦し、飛竜は華麗に俺の銃弾を避けてみせる。その様はまるでダンスを踊っているかの様に美しく華やかで綺羅びやかで、その眩しさに、俺の中の暗い心が揺れる。


 これ以上そんなものを見せるんじゃない!


 俺は更に加速して加速して飛竜を追い抜くと、反転して銀騎士目掛け引き金を引いた。


 ダ・ダ・ダ……


 銃弾さえ遅く感じる加速世界で、俺は飛竜の姿を見失った。眼前から銀騎士を乗せた飛竜が消えたのだ。


 どこに行った!? と視線と感覚と思考を辺り一面に巡らせた次の瞬間、俺は腹を蹴られていた。飛竜に。


 飛竜は火袋の付いた足で俺の腹を蹴ると、そこから豪炎を迸らせる。とてつもなく熱く、そして膨大な重さのその一撃は、まるで太陽に蹴られたかのようで、俺は林の生える地面へと叩き付けられた。


『闇命の鎧』を装着していなければ、俺は地面に叩き付けられる前に燃え尽きていただろう。それほどの衝撃に『闇命の鎧』は砕け散り、俺は生身で地面に出来たクレーターで仰向けになっていた。


 ぼやける視界の中、空から暗緑色の飛竜が舞い降りてくる。俺の側に舞い降りた飛竜は、不思議な事に俺を心配していた。そして銀騎士が飛竜を降りると、慌ててこちらへやって来て、俺の顔を覗き見る。


「大丈夫かハルアキ!? 生きているか!?」


 その朗らか顔と声には見覚えがあった。


「リットー……さん……」


「おお!! 良かった!! 生きていたか!!」


 そう言ってリットーさんは俺にポーションを飲ませると、抱きしめてくれた。銀の鎧越しにも感じるリットーさんの温かさ。


「リットーさん……、リットーさん……、リットーさん!!」


 気付けば俺は、リットーさんに抱きつき、まるで幼子の様に泣きじゃくっていた。

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