第182話 惨敗

 あの戦いから一週間が経った。俺は、その間異世界へは行かず、ずっと家のベッドでふて寝していた。


 合わせる顔がなかった。あれだけ気合い入れて、準備もして臨んだ戦いだったのに、蓋を開けてみれば俺の不殺の誓いの為に、五千人全員が犠牲となってこの世から消えたのだ。


 彼らは巨人の養分としてジョーエルに吸収融合され、原型など残っていない。俺が気絶から目を覚ました時、巨人だったものは、バヨネッタさんの砲撃によって俺が抱えられる程度の肉片群へと変えられ、オラコラさんの轟雷によって炭化していた。人間だった頃の面影など、見る影もなくなっていたのだ。


 バヨネッタさんもオラコラさんも気にするなと言っていた。この巨人を殺したのは自分たちだと。魔女が巨人を退治しただけの話なのだと。


 バヨネッタさんとオラコラさんが俺を救出にくるのが遅れたのにも理由があった。オラコラさんはアニンが化神族であると見抜き、俺とアニンが上位状態である『闇命の鎧』を装備出来ない事も見抜いていたのだ。なのでこの戦いを通して、上手く『闇命の鎧』状態まで持っていけるように誘導したかったらしい。


「バヨネッタなんて、ハルアキくんが巨人に殴り倒されたところで、真っ先に飛び出して行こうとしていたのよ」


「そんな事ある訳ないでしょう!」


 バヨネッタさんはオラコラさんの発言に顔を真っ赤にして反論していた。二人して俺を励まそうとしてくれているのは分かったが、俺の心の闇は晴れなかった。


 辺りを見渡せば、吸収されたのが肉体だけだったからだろう、衣服や鎧はその場に残っており、それだけが俺が五千人と戦った事の名残りを残す。


 俺は呆然となりながらもそれらの遺品をかき集めて『空間庫』に洩れなく収めていく。風によって飛ばされたものもあったが、共感覚で視野を広げて,全部収めた。


 次に大きな大きな穴を掘った。そこに炭化した肉片を納め、埋めていく。五千人に飛竜、馬まで融合した、良く分からない生き物の肉片は焦げ、炭の匂いがしてむせながら、口の周りを布で覆っての作業となり、終わった頃には日が沈んでいた。


 宿場町に戻ると、オルドランドの役人や軍人が待っていた。その人たち相手に今回の経緯を話し、五千人の遺品を渡し終えると、控え要員として同行して貰っていたクドウ商会の一人に、この町と日本との転移門の維持をお願いして、俺は日本の自宅へと帰っていったのだ。



 なんだかんだ、俺はこの一年以上毎日異世界に行っていた。それを一週間も拒否したのは初めてだ。なんだか、心にわだかまりと言うか、もやもやがまとわりついていて、気力が奪われていく。そんな感じだ。


 バヨネッタさんとオラコラさんは、俺は出来る限りの事はした。と言っていた。だが結果はとして俺の中には、五千人を生きたまま捕縛する。と言う目標が達成出来なかった思いだけが残った。それどころか最悪の結果だ。五千人誰一人生き残っていないのだから。その後悔が身体を重く、動きを鈍らせ、前向きな気持ちを減退させる。



 あれ以来、暗い気持ちに支配されている気がする。この気持ちに触れると何もかもがどうでも良くなり、外部に対して暴れたい衝動に駆られるのだ。恐らくこれがアニンが言っていた、普通の人間が化神族を手にした事で陥る闇落ち現象なのだろう。このままでは俺は俺でなくなり、アニンに支配される傀儡となるか、あるいは狂人となって殺されるだけになってしまう。


 そんなのは嫌だ。が、嫌だ嫌だと想像する程に俺の思考は闇に落ちていき、アニンと溶け合い、悪衝動に駆られそうになる。このままでは駄目だ。



 宿場町の広場では、ここ連日、バンジョーさんがデルートへと変化したオルガンで弾き語りをしていたそうだ。それは連日大反響だったらしい。バンジョーさんは歌を歌っているだけで、宿場町の復興作業は何一つ手伝っていないが、それに対して文句を言う者は一人としていなかった。


 それはバンジョーさんの歌が精神的な支えになっていたからだ。愛する人を亡くした町人たちの心を癒やし、復興作業に疲れた自衛隊員たちの心を回復させる。肉体労働をしないバンジョーさんだったが、バンジョーさんはバンジョーさんで、精神面から宿場町を支えてくれていた。


 曲が終わり、拍手が鳴り響く。結構な曲を歌ったからだろう。ここで少し休憩と言う事になり、集まっていた人々が解散していく。その中で、俺はバンジョーさんに声を掛けた。


「ハルアキか。どうしたんだ? 最近顔を見せないから、皆心配していたぞ」


「はは、すみません。ちょっと色々思うところがありまして」


「思うところ、ねえ。で? ボクに何を聞きたいんだ? 相談事があるんだろ?」


「分かっちゃいます?」


「ハルアキは顔に出やすいからなあ。どうする? ここで話をするか?」


「ああ、出来れば、あまり人のいないところが良いんですよねえ」



 俺の提案に乗ってくれたバンジョーさんは、町外れに築かれた土塁まで一緒に来てくれた。


「ここなら人目も気にならないだろ? で、ボクに相談ってなんだい? ハルアキがボクに相談なんて珍しい」


 バンジョーさんは土塁に背中を預けながら尋ねてきた。そんなバンジョーさんを信用して、俺は『闇命の鎧』姿へと変身する。


「ほう。『闇命の鎧』かあ。そこまでアニンとの絆を深めたんだな」


「はあ。絆が深まったのかは分かりませんけど、段階ステージが上がったのだそうです」


「そうだな。そのクラスになると、魔力、身体能力ともに、今までとは比べ物にならないくらい跳ね上がるからな。戦闘であれ、索敵であれ、様々な場面で役立つ事も多くなるだろう」


 バンジョーさんは腕を組み、目を伏せ、どうやら今までの自身の冒険を振り返っているようだった。


「それは、ありがたいんですけど、問題はこうなった事で身体の奥から湧き上がる悪衝動を抑える事なんですよ」


「ああ、それかあ。確かに化神族は己を扱える者を見定める為に、契約者に悪衝動を流し込んでくるからな。それによって発狂する者もいると聞くし」


「発狂、ですか?」


 首肯するバンジョーさん。


「ああ。オルガンも、ボクと出会うまでに結構な人間の人生を狂わせてきたらしい」


「なんでそんな事するんですかねえ?」


「化神族はデウサリウス教が立ち上がる前から存在していてね、多神教の神話時代では、神の怒りの代行者だとか、神を討つ者などと呼ばれていたからねえ。恐らく、怒りとか、戦闘衝動のようなものとは切っても切り離せないんじゃないかなあ」


 神の怒りの代行者とか言う話は、クーヨンの頃に聞いた気がする。なんとなく「凄いなあ」くらいで受け流していたけど、神の怒りの代行って、とんでもない事だろう。そんな存在と俺は契約していたのか。逆に今まで狂人にならずにこれた事が奇跡みたいなものだな。


「それで、ボクへの相談と言うのは、その悪衝動をどうやって抑制するかだね?」


 俺は首肯する。


「そんなのは簡単だよ」


「簡単、ですか?」


 俺に向かってニカッと笑うバンジョーさん。なんだろう、あまり良い予感がしない。


「デウサリウス教に帰依すれば良いのさ!」


 はあ。聞く相手を間違えたかなあ。


「デウサリウス教では善行を積み、徳を磨くを良しとしていて、富む者は貧しき者へと施し、強き者は弱き者を守り、賢き者は愚か者を導き、貧しき者は不徳を行わず、弱き者は己を練磨し、愚か者は正道を行くのを心掛ける。こうやって皆が善行を心掛ける事で、デウサリウス教では世界は良い方へ向かうと言われている」


「はあ」


「信用してないな!? 言っておくが、ムチーノや今回の賊どもは例外中の例外だからな! 大多数のデウサリウス教徒は清く正しく生きる事を日々心掛けて生活しているんだ!」


 清く正しくねえ。


「バンジョーさんの前のオルガンの契約者ってどんな人か知っています?」


「ん? ああ、まあな」


「どうして、契約者がその人からバンジョーさんに変わったんですか?」


「それは…………、前の者が発狂したからだが……」


 やっぱり。


「その前の人もデウサリウス教徒だったんですよね」


「…………はい。いや! 彼は信仰心が足りなかったのだ! 現にボクはオルガンと契約しても何も変になっていない!」


『バンジョーは我と契約した最初から変だったからな』


 と冷静にツッコミを入れてくるオルガンだった。


「オルガン!?」


 バンジョーさんがデルート状態のオルガンを揺さぶっている。まあ、何にせよ。アニンと向き合って行くには、今後は自分の心との向き合い方も大切になってくる。って事だな。簡単にその場の空気に流されたりせず、自分で一つ一つ考えて進むのが肝要と言う訳だ。…………はあ。それが簡単に出来るのなら苦労はないんだよなあ。

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