第181話 命の炎は何色か
「狂っていやがる……!」
恐らくジョーエルはもう元の人間には戻れないだろう。どうせ国に始末されるのならば、一人でも多く道連れにしよう、全てを破壊してやろうと言う魂胆か。
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ…………!!!!
非殺傷系の魔弾を何百発と撃ち込んだところで、巨人に通用するはずもない。相手は飛竜さえも吸収し融合した化け物だ。その皮膚は飛竜の鱗で覆われており、俺の魔弾ではかすり傷一つ付ける事が出来ない。それにもう魔力が尽きそうだ。
ならば! と改造ガバメントを『空間庫』に仕舞うと、背中で翼となっているアニンを右手へ伸ばし黒剣を掴む。これならばどうだ!
と巨人に向かおうとしたところで、俺の視界が塞がれた。巨人の拳が眼前に迫っていたからだ。
ペキャ
『聖結界』を即座に張ったと言うのに、何かが脆く折れる音が聞こえた。魔力が少なくなり、『聖結界』が薄くなっていたのだ。そしてそのまま地面に叩き付けられる俺。
「がはっ!?」
強烈に地面に叩き付けられた事で、息が詰まり、意識が吹き飛びそうになる。口から吐き出されたものは、息ではなく血。赤いものが宙を舞うのが見えた。
「ふっはっはっはっはっはっ……」
上空で巨人が笑っているのは分かったが、耳鳴りがして遠くに聞こえる。鼓膜がやられたようだ。身体は激痛も痺れもなく、ただ泥のように重く動かなかった。
「ふっはっはっはっはっはっ……」
巨人が空から降ってきた。足の裏が迫ってくるが、動けないので『聖結界』を張って耐えるしかない。
バンッ
しかし『聖結界』は脆く破れ、俺は巨人の足に踏み潰された。
「ふっはっはっはっはっはっ……」
何度踏み潰された事だろうか。意識は痛みから切断され、『回復』のスキルのせいか、気絶する事を許さない思考だけが頭の中を巡る。
何故こんな事になったのだろう?
俺が賊軍を殺さなかったのがいけなかったのだろうか?
バヨネッタさんには、そんな甘い考えだからしっぺ返しを受けたのだ。と責められそうだ。
しょうがないじゃないか。これが俺なのだから。人殺しになんてなりたくない。俺は、甘い人間でありワガママな人間なのだ。その報いを受けているのか?
…………待てよ。なんで人を殺さなかった事で報いを受けなきゃいけないんだよ。報いを受けるべきは向こうだろ?
自分たちがやりたいようにやる為に、あいつらがどれ程の人間を殺してきた? どれだけの人間が不幸になってきたと思っているんだ!
嗚呼、腹立たしい……!!
何かが心の奥底で噛み合う音が聞こえた。
『ついにこの
アニン? 暗い闇の中からアニンが語り掛けてきた。
『ハルアキよ、お主もここまで来てしまったか』
ここまで?
『我ら化神族も『神』の名を冠する者。心弱き人間であれば化神族との契約によって、我らの強過ぎる魔性に冒され、徐々に正気を失い狂人となるか、我ら化神族の傀儡となる道をたどるのだ』
え? 今更そんな後出しジャンケンみたいな事言う?
『これは化神族の特性でな、我にもどうにも出来んのだよ』
でも俺、狂人にもなってなければ、支配もされてないけど?
『相性が良かったのだろう。最近では逆に、こちらが発言権を失う程に支配下に置かれていたくらいよ』
そう、なんだ。
『うむ。さてハルアキよ。先程お主は何かが噛み合ったのを感じたな?』
ああ。
『あれはお主と我の意識が、深い領域で結び付いた感触だ。これによって、我とハルアキは生命を一つとする新たな段階へと昇華した』
新たな段階へ昇華?
『うむ。今までの我とハルアキとの結び付きは魔法的契約によるもので、それは魔力を介してのやり取りであった』
確かに。使える魔力に限界があったから、やれる事にも限界があって、だから地道にレベルアップしてきて、やれる事を増やしてきた訳だし。
『それが新たな段階に上がった事で、結び付きがより緊密となり、魔力以外の力でも我を行使する事が可能となったのだ』
嫌な予感しかしないんだけど?
『当たりだ。お主はその生命力によって我を行使する事が可能となった。おめでとう』
いや、全くおめでたくなくない!?
『ほう? そんな事を言っていて良いのか? このままでは、あの巨人に踏みつけにされて殺されるだけだぞ?』
アニンにそう言われて、俺の肚の奥で暗い炎が燃え上がるのを感じた。
『ふふっ。お主の闇が我の闇と呼応して、ともに外界に出たがっておる』
それ、昇華って言うか堕落してないか?
『さあ、その闇の炎を燃え上がらせるのだ』
俺の言葉は無視かよ。まあいいや。あの巨人には、一発仕返ししてやりたいと思っていたところだ。このまま殺されるくらいなら、俺のなけなしの生命力、使ってやろうじゃないか!
「ぐぎゃあああッ!?」
巨人が悲鳴を上げた。そうだろうさ、奴は今、大きなイガ栗を踏みつけたようなものだからな。俺はアニンを刃に変化させて放射状に展開し、巨人の足の裏を貫いてやったのだ。
俺はゆっくりと立ち上がった。意識だけが残り、立てない程にダメージを受けていた身体なのに、今、当然のように立てている。その上、オルガンをまとったバンジョーさんのように身体を黒い鎧が覆っていた。
『それは新たな段階に昇華した証である『
『闇命の鎧』……。これがバンジョーさんとオルガンの無敵装甲と同様のものなら、相当な防御力だろう。…………『聖結界』で良くない?
『『闇命の鎧』は本人にしか効果をもたらさないが、その防御力はもちろん、魔力、身体能力も向上させる。今後も役立つだろう』
成程。これも凄いのだろうが、ダメージが回復しているのはどうしてだ? そう言う効果もあるのか?
『我と混ざり、また魔力と生命力が合わさった事で、ハルアキの『回復』スキルが強化されたのだろう』
いや、『回復』を生命力で強化するのって、どうなんだ? いや、本来そういうものか。いやいや、どうなんだ? いやいやいや、今は後回しだ。
「貴様あ!!」
すぐ下にいる俺を
俺を射殺さんと睨んでくる巨人。足の裏を怪我したくらいでそれかよ? 巨人のくせに肝っ玉が小せえなあ。こっちこそ、お前に何度も踏みつけにされて
俺が睨み返したところで、巨人がその大口を開けた。そして口腔の奥に見える炎。竜の火炎だ。天空を全て焼き尽くさんと火炎が放射される。
「ふっはっはっはっはっはっ!! どうだ!! これだけの大火炎、焼き尽くされて骨の一片も残って……!?」
巨人は瞠目していた。あれだけの火炎を放射したと言うのに、俺が当然のようにその場に浮かんでいたからだ。凄いな、この『闇命の鎧』は。あれだけの火炎を食らってもびくともしなかった。ちょっと熱かった程度である。成程、バンジョーさんが戦闘の時にこの姿になる訳だ。
「さてと」
俺は右手に黒剣を握ると、巨人へと一振りする。巨人も俺の攻撃を防御しようと手を交差させるが、それは意味をなさなかった。アニンの黒剣がその両腕を斬り落としたからだ。
「ぎゃあああああッ!?」
巨人の斬れた腕から盛大に血飛沫が飛ぶ。
「ふっふっふっ、あっはっはっはっはっ!! ああ、気持ち良い!! 気分爽快だ!! もっと斬り刻みたい!!」
いや、何言ってるんだ俺は!?
『ハルアキの心の闇が増大しているからだろう。うむ。今ならお主を我が支配下に置けそうだ』
御免こうむる。大体これ以上は、俺の、生命力が、持たない……。
俺は黒剣も翼も出し続ける事が出来ず、地面に墜落した。『闇命の鎧』はなんとか維持出来ていたので、死ぬ事はなかったが、いや、生命力がゴリゴリ削られて今にも死にそうだ。もう『闇命の鎧』を解除したいけど、解除したら巨人に殺されそう。こっち睨んでいるし。どうしよう。
巨人が顔を憎しみに歪めながら片足を振り上げた。『闇命の鎧』や『回復』で持ちこたえる事は出来そうだが、俺の生命力がどこまで続くか、だなあ。などと天を仰いでいたら、空が黒雲に覆われていた。これは……!
直後、世界が明滅し、轟音が鳴り響く。そして頭上の巨人は、皮膚が焼けただれ、煙を噴き出していた。轟雷。オラコラさんの魔法だ。これによって焼けたのだろう。俺が近場で死んでいないのは、『闇命の鎧』のお陰か。
などと安堵していると、巨人の周囲を大砲が取り囲んでいく。金銀魔石で装飾された大砲。バヨネッタさんの大砲だ。その大砲が、四方八方から巨人へ向けて砲弾を撃ち込んでいった。
幾度となく振り続ける大砲に轟雷、世界が明滅と轟音に包まれる中、俺はこの戦いで自分に課した不殺の誓いを、貫き通す事が出来なかった不甲斐なさに涙で顔が濡れるのを感じながら、生命力の枯渇で気絶した。
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