第390話 世界を魅了した男

『お前らだけで、勝手に戦っていれば良いんだよ! ヴァーカッ!!』


 病室のテレビを点ければ、タカシが闇の中でこちらに向かって叫んでいる。思わずにやりとした俺を、誰が責められようか。


「おい」


 辱めを受けている本人タカシからのツッコミは織り込み済みだ。


 さて、彼がこんな言葉を画面に向かって、いや、地球全土に向かって叫んだ経緯を語ろう。



 時は愛知へ出発する前にさかのぼる。俺は憂慮していた。愛知は小太郎くんたち忍者軍団の本拠地であり、間違いなく罠が張り巡らされているだろう。東京にはリットーさんやシンヤたち勇者パーティを配置して、俺たちに何かあっても大丈夫なように盤石にしておいたが、それでも不安は消えなかった。なので万全に万全を期して、もう一つの案を実行しておいたのだ。結果としてそれが奏功した形だ。


 案と言ってもそんな大それたものではない。リットーさんとシンヤたちが動けなくなった時の為に、タカシに動いて貰う。もちろん辻原議員などのバックアップあっての事だが。


 タカシにやって貰ったのはセンドウだ。先導であり、扇動であり、船頭。


 忍者軍団にやられて一番嫌だと思い描いたのは、アンゲルスタの時のような、人々がバラバラになってしまう事だった。


 これから魔王軍と戦おうと言うのに、地球側の舵取りをしなければならない日本がバラバラにされては、今後の戦いに関わってくる。そうなれば間違いなく魔王軍との戦いには負ける。


 その為タカシには先導役をして貰う必要があった。これはタカシにしか出来ない大役だったのだ。何故なら『魅了』持ちで俺が信用出来る人物がタカシしかいなかったからだ。


 つまり俺の作戦は、タカシの『魅了』で日本中を魅了して、この難局を乗り切ろうぜ! と言う、馬鹿が描いた絵空事だったのだが、瓢箪から駒と言うべきか、事態は予想を大きく超えてとんでもない方向に向かった。


 この作戦は出来れば使いたくない手だった。だって後々、遺恨禍根が残るだろう事は目に見えていたからだ。なので出来るだけリットーさんやシンヤたちに頑張って欲しかったのだが、実際に日本の為に頑張ったのはタカシだった訳だ。


 タカシの『魅了』は、天使ネオトロンから貰った特殊なものだ。何せ女性にしかその効果を発揮しないのだから。しかもさほど強力なものでもない。桂木翔真もそうだったが、『魅了』と言うスキルは、自身の魅力を『更に』良く魅せるものであるらしく、一のものを十倍や百倍に魅せるものであって、ゼロを一にする事は出来ないそうだ。


 だが今回はタカシに日本人全員を魅了して貰う必要があった。ではどうするか。予想通りで申し訳ないが、シンヤに頑張って貰った。シンヤの新ギフト『覚醒』だ。日夜戦闘訓練を行い、レベルアップした事で、なんとか短時間であれば他者に『覚醒』を施す事が可能になったのだ。本当にギリギリだった。


 これによってタカシの『魅了』は『魅了(覚醒)』となり、その魅力は、いくらタカシが覚醒したって、言うて俺たちには効かないだろう。と高を括っていた俺とシンヤが土下座して、前日にどのくらい効果があるか軽く賭けをしていた事を謝罪したくらいに強力なものとなっていた。


 更にタカシには『影移動』も『影移動(覚醒)』に強化して貰い、有事の際には国会議事堂をその影の中に隠して貰う算段をしていた。



 かくして当日。リットーさんはオルドランドに呼び戻され、シンヤたちもパジャン天国へ。そんな非常事態に非常事態が重なったが為に、早々にタカシの出番となった。


 まず辻原議員の誘導で国会の壇上に登ったタカシは、国会議員全員に『魅了』をかけ、反論する者を封じると、国会議事堂を影で包み込み、忍者軍団の攻撃を防ぐ事に成功した。


 ここまでくれば、作戦は八割方成功したと言っても良かっただろう。後はこの事態を想定して国会内に待機して頂いていた、『超空間通信』の使える自衛隊員の方に手伝って貰い、辻原議員が作成したカンペを、タカシがモニターの向こうにいる日本国民へ話すだけだったのだ。


 そこでテンパってタカシが口にしたのが、冒頭の一言である。流石に魅了されていた辻原議員たちも固まったそうだ。


 そしてタカシのスピーチは止まらなかった。


『何で俺たち一般人ばかりが割りを食わねばならないのか! 戦争? そんなものしたい奴らだけ集まって、勝手にやって勝手に死んでくれ! 俺たちはただ平穏で幸福な日々を過ごしたいだけなんだ! 平穏で幸福な暮らしが約束されるのなら、為政者が魔王であろうと俺は構わない! きっと大多数の人間がそうだろう!』


 そうだろうか? テレビモニターの向こうのタカシの言葉は、既に『魅了』の効果が切れてしまっているので俺には全く響かないが、これをリアルタイムで視聴していた人々は、とんでもなく大熱狂していたそうだ。


『だが、今回の魔王側のアプローチは悪手であったと言わざるを得ない! 会談が控えている段階で、それらを有利に進める為に、配下を使っての小癪な工作で、日本を危急へと突き落とす狡猾な行為は、魔王が自らが信用ならざる人物であると白状したのに等しいと俺は思う!』


 まあ、確かに、会談が控えているのに? とは俺も思ったけど、ほとんどの戦争において、会談で解決するなら、戦争にはなっていないんだよねえ。そこでは自分たちに有利な条件を引き出す為の、暗躍や裏工作は当たり前なんだよなあ。


『であるならば! これは日本だけの問題ではない! 世界の危機であり、我々人類が正しく一致団結し、魔王と言う巨大な脅威に立ち向かう、乾坤一擲の戦いなのだ! 日本人よ! 世界と団結し、魔王と戦う時が来た! 相手は邪智暴虐の魔王である! 時も場所も人物も選ばず、明日には知人が! 友人が! 家族が! そして自分自身が! この世界から退場させられているかも知れない! 俺たちは既にこの背中に魔王の剣の如く鋭い爪を、突き付けられているのだ! 立ち止まればその心臓を! 振り返ればその首を! 魔王は今も俺たちを殺そうとしている! 立ち止まるな! 振り返るな! 前だけ見て進め! 我々人類一丸となって、魔王の脅威を打倒してやるのだ!』


「はあああああああ」


「何だよ、その反応は!」


 ちらりと横目で見るタカシの顔は真っ赤である。まあ、そうなるよな。しかもこれが、日本全国だけでなく、全世界に流されたと言うのだから、想像しただけで胃が痛くなる。何でも『魅了』に当てられた『超空間通信』持ちの自衛隊員が、タカシの魅力を全世界に発信したい! と勝手にやっちゃったのだとか。おおう。


「まあ、結果としては全世界が一致団結したんだから、オッケーでしょ? ねえ、世界大統領さん」


「ハ〜ル〜ア〜キ〜!!」


 凄い目で睨まれてしまった。いやあ、しかしどうしたもんかねえ。俺も事態に付いていけてないよ。ちなみに世界大統領はこのスピーチの後に世界中の人々から寄せられたタカシのニックネームである。『魅了(覚醒)』恐るべし!

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